屋上タイム 5
航
あの人の紙芝居を最初に観たのはヤスコに連れられて劇団の稽古場に遊びに行った時。
それ以前にも紙芝居は観たことがあって、まあ面白いのもあればつまらないのもある、それ位に認識だったけど、あれを観た瞬間衝撃を受けた。
ヤスコたちのは読み聞かせのようなスタイル。幼稚園の先生なんかと同じ演り方。それがあの人だけは台座の横で一緒に芝居を、演技をしている、それに声も変わる。台座の横に立って人間は同一のはずなのに、絶えずキャラが変わっていく。
こんなすごいのは今まで観たことがない。
まあ、これは当時の幼い俺の感想というよりも、記憶を反芻しているものだけど。
それでもあの時すごく驚いたのは事実。
しかしそれで自分も紙芝居をしようとは思わなかった。
あんな風には絶対にできない、他のしている人もいないし、唯一無二だと思っていた。
だから、よく劇団の稽古場に遊びに行ったけど紙芝居をしようなんていうことは思わなかった。
観ているだけで満足だった。
その代わりというのか、よくあの人の後ろについて回っていた。
だから気に入ってもらったのか、よく遊びに連れていってもらった。
あの人からは色んな影響を受けた。
面白いと教えてもらった本を背伸びして読んでよく判らなかったり、音楽も同年代の聴かないようなものを沢山聴かせてくれた、それから落語の聴き方も教わった。
一応勉強も教わったな。
歴史というものをとくに。
自転車もそうだ。
今乗っているフラットバーロードはあの人のお古。クロモリロードのフレームを貰ってフラットバー化したもの。
それでよく一緒に走りに行った。
センチュリーライドをしたり、県境の峠を越えたりした。まあそれで何度か死にそうな目にもあったけど、長距離過ぎてきつかったり、ブレーキが思った以上に効かずにカーブで崖下に転落しそうになったりとか、けどそれも良い思い出。
それがずっと続くと、そのままだと思っていた。
なのに去年の春前、ちょっと入院してくると言ってそのまま帰ってこなかった。
突然の別れだった。
その後のことは実をいうと、あんまり記憶がない。
悲しいというのか、喪失感というのか、よく判らない感情がずっと俺の中に。
そんな時にヤスコから紙芝居の話があった。
あのショッピングセンターでの紙芝居は、あの人が大事にしていたこと。
劇団の貴重な収入源というのもあるが、それ以上に大事なことがあると言っていた。
そんな大事なものが人手不足で終わるかもしれない。
このままなくしてしては駄目なような気がした。
なくすのは簡単だけど、それを復活させるのは大変、だから続けてることが大事、そんなことを教えてもらっていた。
だから、続けないと。
そう思ってヤスコの申し出を承諾した。
そのことを思い出した。
そんな考えで紙芝居を始めたのに、それをもしかしたら辞めてしまっていたかもしれない。
もしかしたらあの人の大事にしていたものを終わらせてしまっていたかもしれない。
あの時の藤堂さんの言葉がなければそうなっていた公算は大だ。
そうなれば後で絶対に後悔していたはず。
悔やんでも悔やみきれないようなことになっていたかもしれない。
「……ごめんなさい」
藤堂さんの声が。
「ううん……いいよ、別に。忘れかけていたけど思い出すことができたから……」
そう聞かれなかったら多分そのまま記憶の底に仕舞ったままだったはず。
思い出す良いきっかっけを与えてくれた。
そう思った瞬間、勝手に涙が溢れてきた。
湊
結城くんが突然泣き出した、それをなんとか止めようとしているけど嗚咽はなかなか止まらない。
最初はちょっと驚いたというか戸惑った。
こんな風に同い年の男の子が目の前で泣いているのを見たはほぼ初めてだから。信くんが泣く光景は日常的によく見るけど。
でも、それをおかしいとは思わない。
それと恥ずかしい行為だとも思わない。
それだけのその人とのことは結城くんにとって大切な思い出なんだ。
好きなだけ泣いていいよ。
泣き止むまで傍にいて、待っているから。
泣いている結城くんを見ながら、ちょっと不謹慎で申し訳ないけど、なんかかわいい、と思ってしまう。
そしてそのままチャイムの音が。
航
あんな醜態をさらしてしまったんだ。きっと軽蔑をされてしまったに違いない。
だからもう藤堂さんは屋上には来ないんじゃないかと思っていた。
それなのに藤堂さんは屋上にやって来た。
そしていつものように俺の横に腰を下ろす。
湊
屋上に来ていつものように結城くんの傍に座るけど、何を話していいのか。
昨日の涙の理由を尋ねるのもなんだか。
会話がない。
静かな空間。
まるでここに来始めた時のよう。
けど、あの時とは違う。話しかけることができるはず。
でも、どう話しかけたらいいのか分からない。
航
藤堂さんは俺の横で黙ったまま。
沈黙が。
ちょっと気まずいような気が。
あんなことがあったから、からかわれるとか馬鹿にされるかもとは一瞬思ったけど、藤堂さんがそんなことするような人間でないことは、短い時間での会話しかないけど、何となく思える。
黙ったままでの藤堂さんを横目で見ながら昨日のことを反芻、というか反省する。
自分でもよく判らなかったけど、どうしてだか嗚咽が止まらなかった。止めよう必死に努力はしたけど、それは完全に徒労の終わり、勝手に涙が落ち続けた。
止めることができたらこんな変な雰囲気にはならかったはずなのに。
まあ、でも悪いことばかりじゃない。藤堂さんの言葉が無ければ忘れてしまっていたかもしれない思い出が一瞬で脳裏に蘇ってきた。
ああ、そうだ。
「……ありがとう……」
良いきっかけをくれたお礼を言わないと。




