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拍手と握手 5


   (こう)


 ヤスコの紙芝居が終わって、再び俺の番に。

 選んだ紙芝居は『チェロ引きのゴーシュ』。 

 宮沢賢治の作品の紙芝居はまだあったが、これを選択にしたのはまあちょっと言い方が悪いけど消去法だった。

『風の又三郎』『どんぐりと山猫』これはあるにはあるのだが『注文の多い料理店』同様に季節が外れてしまう。代表的な作品としていの一番に挙がる『銀河鉄道の夜』はそもそも劇団制作の紙芝居自体がない。以前創ろうかという話があったらしいのだが、その時キャラを人間にするか猫にするか、ひねって犬にするかで大もめにもめて中止にしたという過去があったらしい。

 他にも『よだかの星』、『貝の火』もあるが後味が悪いので藤堂さんに観てもらうのは。『グスコーブドリの伝記』は長いので復帰直後するのには。

 後は『やまなし』が今日持ってきた紙芝居の中にあったが、この話はよく判らない。だからどう演っていいのか判らず除外。

 そういえばこの『チェロ引きのゴーシュ』も創る時にひと悶着あったらしい。

 なんでも原作ではチェロと表記ではなくセロ。なら、どうせ自作なんだから別に楽器にしても面白いんじゃないのかとことになり、チェロからコントラバスになり、だったらもう少し変化を付けてウッドベースにして、そこからオーケストラからジャズバンドにしよう、人数が多いからいっそのことピアノ、ドラム、そしてウッドベースのトリオバンドにしようかとなったところで、流石にこれは逸脱しすぎているな、もう少し原作に敬意を払おうということで今の形になった、という話を昔あの人から聞いたことが。

 兎に角、この『チェロ引きのゴーシュ』を上演することに。高校生が観てもまあ十分鑑賞にはたえるだろう。

 出だしは楽器の音。

 それを意識するけどハッキリ言って俺は音楽の素養があまりない、端的に言って音痴に部類に属する。

 だからトランペットのパリっと響く音、クラリネットの優しい音、バイオリンの風のような音色は、全部ドの音に。といってもこれは良く回りから指摘されていることで今出している声の音が本当にドなのかどうか判らないけど。

 まあでも正確な音を出せたからといってそれで紙芝居が面白くなるというわけでもないし。内心でそんな言い訳のようなことをしながら進めていく。

 ここで指揮者が登場。この指揮者は主人公のゴーシュに叱責を。

 指揮者というから威厳のあるような演技をするのがまあ妥当なのかもしれないけど、俺の声ではその威厳には物足りないし、それにあの人の()り方をリスペクトしてそれに倣うというか真似をするというか、まあ全然及ばないけど、ということで大泉晃風に。大泉洋ではない、大泉晃。昭和のコメディー役者。俺も良くは知らないし、当然芝居を観たこともないので、正確には大泉晃風のちょっと惚けた芝居をするあの人の真似。

 紙芝居をしながら藤堂さんの様子をちょっと確認。

 まあ、上演している時は観客の反応を見ながらするが常ではあるが、今回は藤堂さんに観てもらうための紙芝居。彼女つまらなそうにしていたら周りがどんなに盛り上がっていても失敗になってしまう。

 良かった、笑っているな。流石に大口を開けながらじゃないけど、それでも笑っているのに目の悪い俺でも分かるくらいに。



   湊(みなと)


 このお話も知っている話。

 以前、『注文の多い料理店』を読んだときに一緒に読んだ。

 結城くんが楽器の音を。

 その後台座の下の台を叩いて大きな音。

 これは指揮者が譜面台を叩いた音。

 指揮者の声。

 想像していたのと全然違って変なお芝居。思わず吹き出しそうになってしまったけど何とか堪える。

 周りに座っている小さな子たちは声を出して笑っているから噴き出したとしてもとくに支障はなかったか もしれないけど、それでも我慢。

 それにしてもこんな声でお芝居するなんて。

 この指揮者は威厳のあるような感じで来ると思っていたのに。

 不意を突かれてしまった。

 主人公のゴーシュが下手だと怒られるシーンなのに、ちょっと変な声のお芝居だからそんなに悲壮感のようなものはない。

 落ち込みながら家へと帰っていくゴーシュ。

 そんな彼のもとに一匹の猫が。

 そこから始まるいろんな動物たちとの稽古。

 本当にすごいな、結城くんは。

 色んな声を出しながら動物たちを演じ分けている。

 


   航


 本来なら観てくれる人全員に、それはすごい難しいことだけど、届けるように上演するのだが、この紙芝居は藤堂さんに向けて。

 彼女の反応が悪ければ失敗ということになるのだが、そんな様子は今のところ感じられず楽しんでもらっているようだ。

 懸案であった事態も藤堂さんが観てくれるようになったからは起きていない。

 足の裏の感覚は依然ちゃんと感じ取れているし、呼吸も変なことになっていない。

 最初の紙芝居では遠くに見えていたベンチも今では近くに、本来の距離よりも、見える。眼鏡を外していて藤堂さんの表情はハッキリと確認できるくらいに。

 紙芝居は佳境に。

 いろんな動物たちが夜ごとに押し寄せてきた、毎晩ゴーシュはチェロの稽古。

 その甲斐があって第六交響楽の演奏会は大成功を。

 そして演奏会が終わった夜、ゴーシュは動物たちに感謝の言葉を。

 クライマックスのこの場面、シチュエーションも状況も環境も、それから稽古量も全然違うけど、なんとくだけど主人公のゴーシュを自分の心情が重なったような気が。

 動物たちへの感謝の気持ちは、藤堂さんへと。

 あの時俺のする紙芝居を好きだと言ってくれなかったら、またここで紙芝居をするなんてことはなかったはず、あのまま未来永劫ずっと辞めたまま。二度と上演なんかしなかっただろう。

 そうなったら、あの人の残したものが……。

「本当にありがとう」

 ゴーシュの台詞だけど、俺の言葉でもある。



   湊


「本当にありがとう」

 主人公のこのセリフを聞いた瞬間、どきっとした。

 なんだか結城くんにそう言われているような気がして。

 紙芝居が終わってしまう。

 大きな拍手を。

 もうちょっと観ていたい気もするけど多分これで終わりのはず。

 さて、どうしようか?

 結城くんはわたしの願いを受け入れて紙芝居を再開することを決断して、そして上演してくれたのだからやはりお礼の言葉「ありがとう」を伝えるべきなのだろうか。

 でも、ここでした方がいいのかな? それとも学校で、というかあの屋上でしたほうがいいのか?

 迷ってしまう。

 迷っているうちに隣に座っていたはず信くんが走り出して、結城くんの所へと。

 え? なんで? 何しに行くの?

 突然のことで頭がパニックに。

 混乱してしまっているけど、とにかく追いかけないと。

 わたしも急いで立ち上がって結城くんの所に。

 でも、幼い弟はもうすでに結城くんの後へと。

「握手してください」

 結城くんの背中にそんな言葉を。

 なんでそんなこと突然言い出したんだろう?

 あ、そうか。信くんがいきなりそんなことを結城くんに言った理由に思いつく。

 結城くんの顔を見る。

 離れていても分かるくらいに固まっていた。



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