拍手と握手
湊
待ち望んでいた言葉が結城くんの口から。
うれしいことなのはずなのに、何故だか少し心苦しいような気が、胸が痛んでしまう。
その理由は結城くんの顔。
青白いように映るし、それに目の下には隈ができているような。
ものすごく考えて、悩んでいたんだ。
もしかしたらこんな状態に追い込んでしまったのはわたしが原因かもしれない。
ずっと屋上に来ていた、そして何も言わずにいた。
それが結城くんに無言の圧力、プレッシャーになってしまっていたんじゃ。
だったら、しなくてもかまわない。
無理してする紙芝居を上演する必要なんかない。
わたしが観たいのは結城くんのする楽しい紙芝居だから。
そのことを言おうとしたわたしの口よりも先に結城くんの声が。
「……するけど、それが何時になるか判らない。……だから、できるまで待っていてほしい」
うん。
待っているから。
だから、また上演するときには教えて。
航
するとは藤堂さんに言ったものの、何時するのか明言をしなかったのは、酷いできの紙芝居を観せたくなかったからだった。
あの日からずっと酷いできの上演ばかり行っていた。だからこそ、戦力外通告を受けた。
おそらくだけど、いや絶対にあの時よりもかなり下手になっているはず。
そんな紙芝居を藤堂さんには観せたくない、少しでもマシな上演を披露したい。
それで彼女の願いに報いたい。
それに多分、これが俺の人生最後の紙芝居になるはず。
酷いままでは終わるのは忍びないというか、悔しいというか。有終の美とまではいかないまでも、少しくらい美しい思い出として。
それには稽古しないと。
幸いと言っていいのかどうか判らないけど、首になった日以降全てを捨て去ってしまったわけではなかった。
長年の習慣というか、一日の始まりのルーティンワ―クというか、しないと気持ち悪いというか、滑舌のための外郎売は欠かさなかったし、それと柔軟も継続して行っていた。
だが、それでは足りない。
それでも紙芝居をすることは可能だけど、俺のしてきた紙芝居には全然。
まずはできなくなったことを、またできるようにしないと。
呼吸。
あの時からずっと呼吸が浅い、というか身体の中の隅々、全身にまで空気が送り込めなくなっていた。だからこそ、おかしな声に。
あの人から教えてもらったことを頭の中で反芻。
それを身体で実践。
できない。
前よりも少しマシにはなったけど、まだまだ浅い。
これではまだまだ当分先かな、そんなことを考え、それから心の中で藤堂さんに謝罪。
もう一度、練習。
……。
……できた。
これまで全然できなかったのに、なんかアッサリと。それに一度だけの偶然ではなく、その後はこれまでのように、当たり前に、できる。
これは藤堂さんのおかげなのだろうか。
その後は紙芝居の練習を。
といっても、台座を横に実演なんていうことはできないから、部屋の中で、あるいは移動中、フラットバーロードの乗っている時とか、登校中に小さな声で暗記している作品を、小さな声で反芻。昔の名人のようなことを。
その甲斐もあったのか、それとも一年間していたからこの身に染み込んでいたのか、自分のことながらよく判らないけど、想像していた以上にできるような気が。
これなら藤堂さんの前で上演を行うことも可能かもしれない、あんなひどいのを披露せずに済みそうだ。
が、しかしこれで即座に上演というわけにはいかない。
もう一つ、というか最大の問題があった。
湊
結城くんの様子がちょっと明るくなったかなと感じていたら、またなんだか暗くなっている。
航
最大の問題。
それは俺が紙芝居を首になっているということ。おいそれと戻ることなんかできないし、ましてや勝手に行って上演するなんていうことはできない。
では、どうすればいいのか?
その答えは判っている。
それは、頭を下げること。ヤスコに詫びを入れて、そしてもう一度だけ上演させてくれとお願いすること。
この難関を突破しなければ藤堂さんの願いを叶えることは不可能。
なかなか踏ん切りがつかなかった。
アイツに電話をして、もう一度紙芝居をしたと言ったら、なんと言われることか。
きっと受話器の向こうから罵詈雑言の銃弾の雨が俺に襲い掛かってくるのだろう。
……しかしこれを行わずにはできない。
一時の我慢のはず、耐え忍んでいればなんとかやり過ごすことができるはず。
そうは思うものの、なかなか電話を掛けられなかった。
かけるという覚悟を決めてから一日経過して、ようやく俺はヤスコに連絡を。
案ずるより産むが易しというのだろうか、俺の想像した様なことはなく、今までの通りの対応だったヤスコは俺の言葉を聞き、それを承諾した。
ただし、一つだけ条件を付けて。
その条件は言葉や文字にすれば至極簡単である。
だが、それを行うのは実に難しい。
では、どんな条件を課されたのかというと、それは三人に前で紙芝居を一本すること。
復帰するのに相応しいかどうか試験、テストをするというのだ。
もう一度言う、難しい、それも非常に。
ゆにさん一人だったら、大目に見てくれて多少下手でもOKを出してくれるはず。舞華さんは多少厳しいダメ出しは出るだろうがそれでもまあ演ってみろ、失敗したとしても、それは自己責任とちょっと冷たいかもしれないけど、それでもまあ承諾してくれるはず。
しかしながら問題はヤスコ。普段はちゃらんぽらんで自堕落なくせに、こと演技芝居のことになるとそれが一変。非常に厳しくなる。
そんなヤスコにつられるように他の二人も見る目が厳しくなるはず。
そんな三人の前での紙芝居を。
正直、怖い。
以前まであった紙芝居を上演する時に感じていた怖さとは別のものが。
それでも、しないと。
じゃないと、藤堂さんに紙芝居を観せることができない。
なんとか、御情けでも構わないから合格点をもらえるようにしないと。
一人稽古を重ねる。
そんな中でちょっと邪な嗜好が。
もしかしたらこんなことをする必要なんかないんじゃないのか。
紙芝居は別にショッピングセンターで上演しなければいけないということはない。何処でだってすることは可能。
ならば、ヤスコに許しを請うことなんかないはず。
あの屋上ですればいい。
ああ、無理だな。
道具はないし、それに紙芝居も劇団の持ち物だ。
仮に借りることが可能だったとしても、あんな大荷物をどうやって学校に運ぶのか?
それから人目に着かないように屋上へと運ぶのか? そんなことは不可能とは断定できないけど、かなりの大仕事になることだけは容易に想像できる。
だったらまだ三人の前でテストを受ける方がはるかに楽である。
湊
結城くんの様子がやはり日に日に沈んでいっているような気が。




