秘密の場所 8
湊
二回目の上演?
あの時、結城くんは紙芝居をたしか四作上演したはず。
面白かったし、楽しかったからちゃんと憶えている。
二作目の上演したのは……、ああ。そうじゃない。あの後もう一回あの場所で紙芝居の上演が行われたんだ。
知らなかった。
もう一回あったんだ。
そしてそこで何かが起きたんだ。
そしてその何かが原因で結城くんは二度と紙芝居をしないことに。
航
あの日の苦い記憶、感情、思い出したくないような色んなことが一気に俺の中に蘇ってくる。フラッシュバックが。
ヒーローショーからのバトンを受け継いでの紙芝居の上演は上々、最上の出来だった。
それで終わっていれば何の問題もない、むしろ成功体験として俺の中に刻まれ、今後の活動の大きな自信につながっていたはず。でも、そうはならなかった。いつも以上の観客の拍手、それから周囲の人の賞賛の声、それにちょっと興奮状態にいた俺は、前田さんか追加の上演の話を快く、特に何も考えずに承諾してしまった。あの時、もう少し考え、もしくはヤスコたちに判断を仰いでいたらあんなことにはならなかったかもしれないけど、それをせずに目の前の報酬に釣られて。二度目の上演は最悪であった。ヒーローショーが終わり、俺の紙芝居を上演するときにはもうブルーシートの上には誰もいない。それでも開始の時間になれば人が集まってくると思っていた。だが、誰も来ない。只ブルーシートの青色が広がっているばかり。ショッピングセンターの中から買い物客全員が忽然といなくなったわけではない、広場の周囲の通路にはそれなりの人が。しかしその人たちは皆俺という存在には全く意に介さずにいた、素通りしていく。そんな中で二回目の上演開始時間に。まだ誰もいない。誰もいない状態で紙芝居をしても。紙芝居は観る人がいて成立するもの。そう教わってきた。まだ撤収されていない馬台の前、台座の横で一人ポツンと。マイクを使って呼び込みの声を。でもそれに反応をしてくれない、依然目の前は青のまま。それでも声を出して続ける、人が来てほしいと願いながら。そんな想いが通じたのか、それとも気まぐれなのか判らないけど、ようやく待望の観客が。未就学児の女の子とその祖母と思わしき二人組。上演を開始。この時上時間を過ぎていたけど、焦ることなく上演に臨んでいれば、客の少なさなんか関係なくできていたと思う。けど、経験不足からなのか、それとも追加の上演の依頼にしっかり応えないといけないという義務感からなのか、空回りを。それによっていつもはすることをしなかった。足の裏の感覚をちゃんと感じ取れているかという確認を怠った。その結果、まさに地に足が着かないという状態に陥り、それによってマイクを使用しているにもかかわらず不安定な音を、さらにそれに加えていつもはちゃんとできている呼吸が上手くできない。これでは観ている側も面白くない、どころかつまらない、不快に感じられるかもしれない、そんな紙芝居を幼い子が最後まで観てくれるはずもない。当然のごとく途中で帰ってしまう。それでもまだ他に観てくれる人が存在していたならば続行できたが、俺の前には誰もない、情けない音が虚しくマイクを通してスピーカーから響くだけ。感じられない足の裏の感覚が突如感じられるように、但し硬いリノリウムの床の上に立っているというものではなく、足元が不安定でグラつくような。立っていられないような感覚に。それでも紙芝居を。誰も観ていないのに。目の前の青色が海のように、大きな波が俺を不安へと、どん底へと押し流そうとしているような気に。それでも声を出す、虚しく響く。とうとう紙芝居の途中で前田さんからストップの声が。紙芝居は一度始めたら最後まで上演すること、そう教わり、実践してきたけど……。悔しさなのか、期待に応えられなかった恥ずかしさなのか、泣きそうになってしまうのを我慢する。そんな俺に前田さんは責めるどころか、「いや、俺が悪かった。もう少し時間を考えればよかった。この時間は買い物客の脚が早いからな」。確かに前田さんの言うよう通りかもしれない。紙芝居の上演なんかに目もくれずに行ってしまう人の姿は多かった。だけど、実力があればそんな人の脚も止めることができたはず。あんなに多くの人の前で上演できた、その人たちを自分の力で集めたと思ったのは妄想だった。あれはヒーローショーの後だったから人がまだ残ってくれてからだ。それなのに過信してしまった。結果、こんなことに。無様な上演をしたことへの謝罪とあいさつをして、ショッピングセンターを後に。行きは軽かったフラットバーロードは追い風の中を走っているのにすごく重たかった。
「誰もいない、観てくれないような上演をした……」
湊
そんなことがあったんだ。
知らなかった。
あの時感じたというか、見えた、結城くんの背中が小さく映ったのはわたしの勘違いなんかじゃなく、失敗をして落ち込んでいたからだったんだ。
航
でも、それだけだったらまだマシだったかもしれない。
大きな舞台で下手な上演をしたのは紛れもない事実であるが、それですべてを失ってしまったわけではない。挽回のチャンスはいくらでもあるはずだった。だけどあの日からずっとおかしかった。誰もそんなことなんかしていないはずなのに、聞こえてくる音全てが俺を嘲笑しているかのように聞こえた。これは誰もいない状態で上演している時からあった、遠くの買い物客が時折俺のことを見ながら笑っているように感じられた。それがずっと俺の中に残り続けた。だから、しばらく休んでいた高校にまた登校するようになって教室内で聞こえる音全てが馬鹿にしている、笑っているような、幻聴のように。そんな心理状態から回復できなかった。その不調は日曜日の紙芝居にも悪い影響を。始める前から幻聴のようなものが。そしていつものように紙芝居ができ勝った。それだけならばまだ調子が悪いからという言い訳ができたかもしれないけど、また観ている人が途中で席を離れてしまうような不甲斐ない上演を。
「……それでそれを引きずったままで、日曜日の紙芝居も酷い出来で……」
それでも復活すれば。
そう思っていたけど相変わらず幻聴というか妄想のようなものは俺の中にずっと存在し続けていて、そんなものが見えるような兆しは全くなかった。そんな状況でまた日曜日を迎える。そこでこれまでの人生で一番最悪のできの紙芝居をしてしまう。そんな上演であるから、観てくれる人は誰もない。いや、一人。それは一緒に上演するヤスコ。あまりにもひどい芝居にヤスコに「やる気あるの?」と、問われる。正直そんな気持ちはない、受けてるというか反応があるというか、観ている人がいるからこそ上演をしている、けど誰も観ないような状況で、これは俺の責任だけど、やる気なんか湧いてくるはずもない。「ない」と答える。それにヤスコは「だったら、航もうアンタは紙芝居をしなくていいから」と、戦力外通告を、首を宣告された。
だからもう二度と紙芝居はしない。
「ヤスコにいらないと言われたから。……だから、もう紙芝居はしない……」
湊
結城くんはその後ずっと黙ったままだった。
わたしも何も言えなかった。




