秘密の場所 5
航
あれからずっと藤堂さんは、連日連夜、屋上へと。まあこの言葉は少しというか大分と大袈裟であるが。連夜ということは流石にないし、それに雨の降った日なんかは俺も屋上に行く気になれず我慢しながら教室で過ごしていたので当然鍵を開けることができずに藤堂さんも教室にいることに。
毎休み時間全て屋上に来ることはなかったが、それでも昼休みの途中から姿を見せ、俺の横の、距離は開いたまま、黙って座っている。
本当に何をしにここに来ているんだ?
最初に思った景色を見に来ているとのはもうこの段階で違うことは判っていた。
藤堂さんが屋上に訪れた日以降、彼女はフェンスのほうへと近寄っていない。
ならば、やはり俺に用事があるのだろうか?
しかしながら、こうして何日もここに来ているのに俺に話しかけてくるような様子は皆無。
単にこの場所が気に入っただけなのだろうか。
まあ、それならそれで別にいい。
一人でいることは阻害されたけど、藤堂さんはこの屋上で何か騒ぐわけでもないし、他の人間を連れてくるわけでもない。
謎だけど、静かにしてくれている。
気にはなるけど、俺の心を波立たせたり、いらだたせたりしない。
しかし、本当に藤堂さんはどういう目的があってここに来るのだろうか?
昼休みが終わりそうな時間に来たこともあったし。
湊
絶対に結城くんはわたしのことを変な人間と思っているはず。
連日のように屋上に押し寄せてきて、そして何もしゃべらずにただ横に、真横じゃなくて距離があるけど、座っているだけ。
不気味と思われても仕方がないような行動をほぼ毎日のように。
ちゃんと目的はある。
結城くんに話しかける、謝罪してお礼を言って、紙芝居の感想を伝え、それからもう二度と紙芝居をしないというのは本当なのか訊く。
なのに、それができない。
全部どころか一つも行えていない。
毎回毎回、恵美ちゃんたちに何処に行くのか尋ねられるのを何とか誤魔化しながら、この屋上に来ることで力と勇気を全部使い果たしてしまうみたいで、来ると何もできなくってしまう。
これではいけない、頭の中では分かっているのに。
どうすればいいのかも分かっているのに。
それなのに。
わたしはただ黙ったままで座っているだけ。時折文庫本を読んでいる結城くんの横顔を盗み見するだけ。
結城くんのほうから話しかけてくれないかな。
そんな都合の良いことを考えてしまう。
そうすればそれをきっかけにして、これまでできなかったことができるのに。
でも、結城くんはそんなわたしの気持ちには気付いてくれない。
ずっと、本を読んだまま。
わたしがここにいることなんか全然意に介さないで。
勇気を出せば、一言言えたなら、後はそのまま言えそうな気がなんとなくするけれど、でもそれを行うための勇気は、ここに来るためだけに使い果たしてしまっているみたいだった。
持ってきているクマのマスコットを握りしめても、もう全然出てこない。
航
文庫本に目を落としているが、正直内容は全然頭の中に入ってこない。
これまでも屋上では読書ははかどらなかったけど、それまでとは違う理由で。
藤堂さんにことが気にかかってしまう。
人前で紙芝居の上演なんてものをしていたからなのだろうか、それともこの前の苦い経験がそうさせているのか、その辺は自分のことだけどよく判らないけど、兎に角視線というものにやや敏感に。
見てはいないけど、藤堂さんがチラチラとコッチを見ていることがなんとなく判る。
周波、ああこれは違うな。宗派、これはもっと違う、秋波のようなもの、そんな色っぽいものじゃないけど、を時折感じる。
やはり俺に用事があったのだろうか。
でもそれならば、もっと早くに何かしらのアクションがあったはず。
文庫本に目を落としているふりをしながら藤堂さんをちょっと観察。
何か言いたそうな感じは……するような。
どうしようか?
俺から話しかけてみるか。
恥の旅はかき捨て。これは全然違うな、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥、こんな諺もあるくらいだ。
もし俺の勘違いならば、それはそれで。
恥ずかしい思いをするのは俺だ。
そんなことよりも藤堂さんが連日屋上に来る理由のほうが気になる。
よし、決めた。
「……あ、……あの、と……藤堂さん……」
決断し、行動に映したものの、変な緊張感から声が上ずってしまう。
それと、声をかけてみたけどなんて話せばいいんだ。
湊
「うへぇええへぇぇー」
わたしの願望通りの結城くんがせっかく声をかけてくれたのに、予想外だったので、不意を突かれたというか、驚いたというか、変な、情けない音が出てしまう。
今の結城くんに聞かれちゃったかな。
小さな音だったから、結城くんの座っているところまでは届いてはいないはずだけれど。でも、聞こえていたら恥ずかしいな。
ああ、それよりもわたしの心の声が結城くんに伝わったのかどうか分からないけど、向こうから声をかけてくれた。
よし、これを切欠にして。
そう、意気込んでみたのはいいけど、変な音に続く言葉がわたしの口から出てこない。
航
俺が話しかけるなんて想像していなかったのか、藤堂さんの口から変な音が。
変な音であるけど、ちょっとかわいかった。
まあそれは兎も角、依然なんと話かければいいのか言葉が浮かんでこない。
湊
もう一度クマのマスコットを握りしめる、今度は勇気が湧いて出てきた。
とにかく、話をするんだ。
そう思って声を出そうとした瞬間、チャイムの音が。
航
ここから出る合図の音が。
藤堂さんが何か俺に言おうとしているような気はするけど、それよりも屋上から出ないと。
早く出ないと、五時限目の開始前に教室に戻れない。
「出て」
いつものように言うのではなく、その前に何か言いたいことあるの? と訊けばよかったのだが、簡潔な言葉しか言えなかった。
藤堂さんは伏し目がちに、いつもよりもやや猫背で屋上を後に。俺もそれに続き校舎の中へと。
施錠をする。閉まっているかどうか確認。
いつものように、どうしてだか判らないけど、俺が前で、その後ろに藤堂さん。
うん? 今日はやけに離れて歩く、というか階段を下りているな。俺の背中に聞こえてくる藤堂さんの足音がすごく小さく聞こえた。
湊
階段を力なく下りていく。
その先のいる結城くんの背中が遠くに見えるような気が。
気じゃなくて事実だった。
いつもは結城くんのすぐ後ろを歩いているけど、今日は……。
やっと言えると思ったのに。
でも、切欠をつかめたんだ。
明日こそは絶対に言えるはず……。
……本当にできるのだろうか?
明日もまだ黙ったままでいるかもしれない、さっきのことが恥ずかしくてもっと酷いことになっているかもしれない。
だったら今、言わないと。
じゃないと、ずっと同じことを繰り返してしまいそうな気がする。
三度目の勇気を注入。
階段を下りる足が止まる。
結城くんの背中がもっと遠くへ、小さくなっていく。
その背中に、
「……あ、あの……結城くん……」




