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秘密の場所 3


   (みなと)


 月曜日のお昼休み、わたしはお弁当を急いで食べて教室から一人抜け出す。

 そのさい、一緒に食べていた子から、何処に行くのか? と訊かれたけど、はぐらかして。

 そう、わたしが今から向かうのは昨日紙芝居のお姉さんから教えてもらった場所。

 結城くんがいるかもしれない場所。

 そんなところに行くのだから他の人が一緒に来るのは。

 でも、本当にそこにいるのだろうか?

 お姉さんたちも多分そこだろうと言っていたけれど、絶対にいるという確証はない。

 渡り廊下を歩いて、普段勉強している校舎とは違う建物に。

 以前は生徒数が多くてこちらの校舎も使用されていたらしいけれど、これは昨日聞いた話、今はあまり使用されていないらしい。

 その証拠と言っていいのだろうか、渡り廊下を超えると、さっきまであったお昼休み特有の賑やかさが消えて、静かに。

 こんなところに本当に結城くんはいるのだろうか?

 落ち込んでいるみたいだから、静かな場所で一人でいたい、そんな心境にはピッタリなのかもしれないけれど、本当に人がいない、誰もいない。

 不安になってくる。

 足取りが突然重たくなってくる。

 お昼休みの時間はもうあと少しだから早く行かないといけないのに、わたしの脚はなかなか前へと進んでくれない。

 もしかしたら昨日のお姉さんたちの言葉は、わたしをからかって遊んでいただけ、そんな可能性もあるんじゃないだろうか。

 そんな考えが頭をよぎると、余計脚が重たくなってくる。

 歩く速度がもっと遅くなっていく。

 引き返そうかなと思ってしまう。

 けど、ここまで来たんだし。渡り廊下を超えるだけじゃなくて、階段も上った。

 あと少しで結城くんがいるかもと教えてもらったところ。

 そこまではとにかく行ってみよう。

 そうは思うけど、不安で重たくなった脚をなんとか動かしながら暗い階段を。

 階段がなくなる。

 一番上まで来た証拠。

 わたしの先に見えるのは屋上へと繋がるドア。

 入学して早々の説明では、生徒の屋上への立ち入りは固く禁止されていた。

 普通に考えれば、そんな屋上に生徒がいるわけはない。

 ものすごく暗いし。

 けれど、紙芝居のお姉さんたちの話では、この先の屋上に出るためのドアの鍵を持っているらしい。

 数歩歩く。

 目の前にはドア。

 これが開けば、結城くんがいるという証拠に。

 でも、もしかしたらドアは開かないかもしれない。

 それを確かめるためにはドアを回さないと。

 せっかくここまで来たけど、急に帰りたくなってきた。

 回れ右をして教室に走って戻りたいような心境に。

 それでも何とか思いとどまり、ドアノブに手を伸ばす。

 伸ばした手が小刻みに震えてしまって、なかなか触れない。

 いったん、手を遠ざける。

 スカートの中に忍ばせてきた、クマのマスコットを握りしめる。

 このクマのマスコットは小さい頃からの大事なお守り。これを握りしめると勇気が出てくる。

 震えている手がちょっとだけ治まる。

 もう一度ドアノブに。

 今度はちゃんと掴めた。

 手首を軽くひねってみる、それに連動するようにドアノブが回る。

 いるんだ。

 どうしようか?

 いるということが分かったのだから、今日はここまでにして教室に戻ろうかな。来るので精一杯で、結城くんにどうやって話しかけようか全然考えていなかった。 

 自然に話しかけることができるのならそれでいいんだけれど、それができるくらいならもっと以前に結城くんと話ができたはず。

 事前のシミュレーションをしておかないと。

 そんなことを考えていたら、ドアが開いていく。

 屋上へのドアは外開きになっていて、わたしの体重で望んでいたのに音もなく勝手に開いていく。

 あっ、と思っている間にドアは全開に。

 日の光が差し込んでくる。

 そしてその向こう側には空の青さと新緑の美しさが。

「うわああぁぁー」

 想像もしていないような綺麗な景色が目に飛び込んできて、思わず声が出てしまう。

 もっとよく見たい。

 わたしのそんな気持ちに応えるように、体が自然と前へと。 

 立ち入り禁止のはずの屋上へと踏み入る。

 もっとよく見ようとフェンスの所まで歩く。

「そこ、下から見えるから」

 突然背後からよく通る声が。

 

 

   (こう)


 あの日、こどもの日以降ずっと調子が悪かった。

 調子が悪いだけならば、寝て回復に努めていればいいのかもしれないけど、そうはいかず、扶養されている身であるから二三日高校をサボっていたら、親から学校に行けと言われ部屋という名の安住の知から追い出されてしまい、それでもまあ教室で授業を受けているふりをしながら大人しくしていればいいと安易に考えていたのだが、調子が悪いだけではなく厄介なことがこの身に起きていた。

 うるさい。

 それまでは教室内の喧騒なんか全然気にはならなかった。むしろ、丁度良いBGMくらいに感じていた。なのにあの日からずっとクラスメイトの声がやけにうざったく、大きく聞こえた、うるさく感じた。

 誰も俺の話なんかしていない、悪口や陰口なんか言っていない、嘲笑なんかしていない、それは判っているのに何故だか笑われているように感じ、癇に障るというか、妙にイラついてしまう、耐えがたい。

 なるべく聞こえないように努力はしてみたが、物理的に耳を塞ぐことはやや困難であり、そして努力しようが何しようが、勝手に耳に入ってくる音を遮断するような術もない。

 このままでは気が触れてしまいそうだった。

 静かな音のない空間を欲した。

 そんな時にふと、ヤスコから貰った入学祝、鍵、のことを思い出した。

 これは別館校舎の屋上の鍵だと言っていた。

 なんでもヤスコたちがここの生徒だった時代、演劇部の練習でよく屋上で発声練習をしており、その時いちいち職員室にまで鍵を借りに行くのは面倒だということでコッソリと複製を作っていたらしい。

 それがあの鍵。

 十年以上前、干支を一回りしているのに今でもこの鍵は使用できるのか、と最初は疑心暗鬼であったが、それでもまあ開かなくとも別館ならば人も少なくて最低でもうるさい音からは逃れられるはずだと考えていた、だがそんな考えは意味がなかった、鍵はスムーズに鍵穴に挿入できた。

 ドアノブも回る。が、如何せん古い建築物故に若干重く、軋んだ、ギーという擬音がピッタリであり、そして人気(ひとけ)がないこともあり少し響いた。

 屋上へと侵入。

 そこはさっきまでの音とは対照的にすごく静かであった。そして高い空、開放感があった。

 ここならば調子の悪さからも回復できるかもしれない。

 そう思って連日、いや休み時間ごとにここへと通った。

 開けるたびに音が響くので、それが原因で屋上に侵入していることが教師連中に知られてしまうと不味いので、ドアのクランプ、蝶番に、潤滑スプレーを噴射。

 これによって完全に無音とまでは流石にいかないけど、それでも幾分大人しく。

 そんな静かな開放的な場所だったのに、全然調子は戻らなかった。

 何度も読んだ文庫本を広げてみたけど、全然頭に入ってこないくらい。

 それでもうるさい教室よりはマシであった。

 そんな俺だけの場所に突然侵入者が。

 いきなり屋上のドアが開いた。

 最初は教師にバレたのかと思ったが違った。

 闖入してきたのはよくは知らないけど、それで多少は知っている人物。

 藤堂湊。

 何で彼女がここに来るんだ。

 疑問に思っている俺をよそに彼女はツカツカと屋上へのフェンス間際まで。

 そこは危険だ。

 無視をしようとも思ったが、思わず声をかけてしまう。



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