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こどもの日 5


   (みなと)


「お菊の皿」

 結城くんがアンコールで上演する紙芝居の題名を告げる。

 なんだか、さっきまでとは違ってちょっとだけ怖そうな言い方。

 もしかしたらこの紙芝居は、あの怪談で有名なお菊さんのお話なのだろうか。

 だとしたらちょっと嫌だな、怖いのはあんまり好きじゃない。

 アンコールを要求したくせにこんなこと言うのはなんだけどちょっと嫌かも。怖い話はあまり好きじゃない。

 結城くんが紙芝居の台座の扉を開ける。

 あれ、怖い話だとばかり思っていたけどなんだか可愛らしい絵だ。

 結城くんが紙芝居を始める。

 どうしよう観るのを止めようかな。

 可愛い絵だけど、怖いのは嫌だし。

 けど、結城くんがどんな風にこの紙芝居をするのか興味あるし。

 結果、防火シャッターの後ろに体を隠して、多分周りから見たら変な人間と思われてしまうかもしれないけど、頭だけを出して観ることに。

 怖くなったらすぐに見ないようにするために。

 大切なお皿をお菊さんに預ける屋敷の主人。でも、これは主人の罠。お皿を預かって大切に自分の部屋に仕舞っておいたお菊さんが買い物に出かけた隙に、主人は部屋に忍び込み皿を一枚抜き取ってしまう。そんなことを知らないお菊さんに、主人は皿はちゃんとあるのかと問う、そこでお菊さんが皿を数えると一枚足りない。そこで主人はお菊さんと問い詰める。それに加えて皿が見つからなかったら自分と結婚しろという身勝手な要求を。これに対してお菊さんは最後まで「知りません」と言い続けて、最後はこの主人に切り殺されて、井戸の中へと捨てられてしまう。

 何となく知っていたけど、始まりはこんな感じだったんだ。

 結城くんの声はこの紙芝居でも色んな声を、

 お菊さんの声は可愛くてちょっと凛としたところが。屋敷の主人は、冷徹な、冷たい感じの声。

 切り殺されたお菊さんは無念を晴らすべく、井戸の中から化けて出てくる。屋敷の主人の枕元に立つお菊さん。それに気が付き、反対にもう一度切り殺そうとする屋敷の主人。しかし、お菊さんは枕元だけじゃなくて、隣の部屋にも、廊下にも、天井にも、床下にも、トイレにも、押し入れにも現れる。至る所にお菊さんが出現する。

 訳が分からくなってしまう屋敷の主人。

 自責の念に苛まれたからなのか、それともお菊さんの恨み、呪いなのか、屋敷の主人はとうとう自分の刀で喉を突いて死んでしまう。

 ちょっと怖かったけど、最後まで観てしまった。

 ああ、でも残念だなこれで結城くんの紙芝居は終わってしまう。

 最後は、楽しいお話のほうが良かったなと思っていたら、紙芝居はまだ続いていた。

 


   (こう)


 アンコールの声に応えて選んだのは三大怪談の内の一つ「番町皿屋敷」を基にしてある「お菊の皿」。

 これを上演することにしたのは、子どもだけではなく一緒に観覧してくれていた保護者の方々にも楽しんでもらうために、選択した。

 怪談で楽しめるのか? 人を選ぶのではと思われるかもしれないが、この作品は前半と後半でガラリと様相が変わる。

 前半はよく知られているお菊さんの話。

 しかし後半、これこそがこの紙芝居を選んだ理由。

 本懐を遂げた後も、お菊さんの幽霊は屋敷の井戸から毎晩のように出てきて皿の数を数える。

 それこそ何十年も経っても。

 そんな中、その噂を聞いた街の若い衆が五人程、噂のお菊さんを見に行こうと話し合う。するとそのうちの一人がお菊さんの呪いを話す。「なんでも、最後の九枚を聞くと死ぬらしい」。それを受けて、「どうゆうことや」「九枚という言葉に呪いがかかっていて、それを聞くとみんな死ぬらしい」「怖いな」「行くのは止めよか」。一行は中止を決意しよう落とした瞬間、それまで黙っていた一人が、「なら、九枚聞く前の耳を押さえて逃げたら平気なんじゃ」、と。それを聞き、全員暗くなっている外へと、お菊さんの出る屋敷へと。井戸の周り取り囲みお菊さんの数える皿の数字が七になった時に一斉に逃げだし、スリルを楽しむ。

 そう、前半部分はあの有名な怪談だけど、その先はこれまた知っている人は知っている落語の演目。それを紙芝居にしたもの。

 今時のお父さんお母さんが、落語を楽しめるのかどうかは全然判らないけど、それでも大人が楽しめるんじゃないのかと思ってこれを。

 前半部分はあまりできていないけど、母音の押し出しを意識して少しおどろおどろしいような雰囲気を。後半部分、落語パートは一転して軽妙な感じで男たちのやり取りをテンポよくすることを意識しながら。

 思った以上に受けている。

 大人はもちろんだけど、落語パートになった後半部分はチビッ子たちも笑いながら観ている。

 これを選択して正解だった。



   湊


 これ怪談じゃなくて落語なんだ。

 すごい、結城くんは落語もできるんだ。

 最初はちょっと怖かったような気もするけど、今はそんなこと全然なくてすごく面白い。

 どれくらいの面白いかというと、防火シャッターの後ろに隠していたわたしの体が完全に外に出てしまい、そして買い物のお客さんの目も気にしないで笑ってしまうくらいに。

 そして笑っているのはわたしだけじゃない。

 後姿しか見えないけど、お父さんもお母さんも、それから観ている大人の人たち。

 それに釣られてかどうか分からないけど、小さい子もみんな結城くんのしている紙芝居で笑っている。

 本当にすごいな。

 こんなにも多くの人を楽しい気持ちに、笑顔にすることができるなんて。

 それになんだか輝いて見えるし、教室で見る後ろ姿よりも大きく映る。



   航


 最後のオチ、下げへと。

 それから多くの人がお菊さんを見に行くことに。

 色々と出店も出るように。

 毎日多くの人が。

 落語では、ある日風邪をひいているお菊さんが皿の数を十八枚まで数えてしまい、見物客から非難ごうごう。なぜ、そんな枚数まで数えたのかを問われ、お菊さんが「最初に風邪をひいてしまったと言いましたでしょ。ですから、今日は二日分数えて明日はお休みさせてもらいます」、と言って締める。

 けど、この紙芝居のオチはちょっと違う。



   湊


 いつもはお皿を九枚までしか数えないけど、九十九枚で数える。

 その理由は生きている時に好きだった人があの世に来て、そこで結ばれて、晴れて新婚旅行に行くので十日ほどお休みします、というもの。

 これは一応ハッピーエンドになるのかな。

 まあ、そんな疑問はともかく、結城くんの紙芝居は最後まで凄く面白くて、楽しめた。

体が筋肉痛だということを忘れてしまうくらいに。

 これまでで一番大きな拍手が起きる。

 わたしも手が痛くなるくらいに叩く。


「それにしても凄かったな、紙芝居」

「もっと子ども向けの上演かと思ってたけど」

「おもしろかったー」

 最前列、結城くんの目の前で紙芝居の上演を楽しんでいた信くんと両親がわたしのいる所に。

「しかし年配の人がするもんだとばかり思ってたけど、あんな若い子がするなんてな。それも無茶苦茶上手いし」

「湊ちゃんと同じくらい、もしかしたら中学生かも」

 お母さん、結城くんはわたしと一緒にクラスの同級生です。

「プロなのかな、彼は?」

「まさか……でもあり得るかも」

 どうなんだろう?

「ぼくも大きくなったらかみしばいするー」

 信くんが元気な声で。

「いいな、彼に弟子入りさせてもらったら。ああ、そうだ。湊は昔、声優になりたいと言って時期あったよな。彼に弟子入りしてもう一度目指してみたらどうだ」

 お父さんが笑いながら言う。

 確かに昔、小学生の時にそんな職業があることを知り、それから周りの子も何人かそんなことを言っていたのでちょっとだけ意識したことがあった。けど、前にも言ったことがあるけど養成所に通う子に実力の差のようなものを見せつけられて、わたしにはそんなものには絶対になれないと諦めた。

「……無理だよ」

 結城くんのようには絶対になれないよ。

 彼は特別だ。

 あんなにも大勢の人を一人で楽しませることができるなんて。

「じゃあ、そろそろ飯行くか」

 お父さんと、お母さん、それから信くんが歩き出す。

 わたしはその場に立ったまま。

 というのも、まだ舞台の横に結城くんの背中が見えているから。

 どうしよう?

 せっかくの機会だから、勇気を出して結城くんに話しかけてみようか。

 同じクラスになって早ひと月も経ってしまったけど未だに話しかけることができないでいる。

 今日の紙芝居の感想を言って、本当にすごかった、それからずっと言えないでいた謝罪とお礼を。

 でも、そんなことをするんだったら一緒に前で観ていればよかったかもしれない。

 どうしよう?

「湊ちゃん、行くわよ」

 お母さんが呼んでいる。

 うん、明日教室で話そう。

 誰かと話しているみたいだから邪魔をしちゃったら悪いし。

 それにお腹も限界に近いし。

 ちょっとだけ後ろ髪を引かれるような気もするけど、わたしは家族の後を追いかけた。

 


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