こどもの日 3
湊
わたしのいる場所からは結城くんの話しあいの声が聞こえてくるはずないのに、その背中を見ているとなんだか不安になってくる。
スーツの人は多分ショッピングセンターの人で、もしかしたらヒーローショーの時間が押していて紙芝居の上演が中止になってしまったんじゃないのかという変な妄想みたいなことが頭の中を駆け巡ってしまう。
信くんに以前付き合ってヒーローショーを観たことがある。その時の記憶ではたしかショーが終わった後握手会があって、長蛇の列ができ、その列に並んだ信くんとお父さんがなかなか帰ってこなかった。
今回のショーも結構な人が集まっている。こんな中で握手会をしたりしたら。
もしかしたら予想外に多くの人が並んでその結果、紙芝居の時間が無くなってしまうかもしれない。
そんな悪い妄想が頭の中に。
ショーが終わり、握手会が始まる。
長い列があっという間に形成される。その後方にはもちろん信くんとお父さんの姿も。
ええー、そんなに並ばないでよ、と少しばかり自分勝手なことを考えてしまう。
けど、わたしの不安というか杞憂なものはすぐに解消された。
想像以上の早さで列の並びは小さくなっていく。
そして結城くんが紙芝居の台座を乗せた何か? 布のようなものが掛かっていてよく見えないから、を押して舞台の上に。
良かった。紙芝居は中止にならずに、ちゃんと上演するんだ。
そう思っていたら、結城くんはすぐにその台座を押して反転。
舞台の上から姿を消してしまった。
航
眼鏡を外し、台座を押して舞台に登壇。
立ってみて判ることもある。
この舞台は馬台をいくつも並べて急遽設置したもの。そして観客席はその前のブルーシートを敷いただけのもの。
いつもの上演よりも台の分だけ1メートル、それに加えてベンチに座ってではないのでその分目線が50センチほど下がる、都合1・5メートル程観客の視線が低くなることに。
高ければ遠くの人のも見やすくなるけど、その分反対に近くの人が観難くなってしまうことに。
舞台上から舞台下で行われている握手会の列に並ぶチビッ子たちを見ていると、どう考えてもこの場所で紙芝居をするには高すぎる。
観辛いことこのうえないはず。
ということで一度舞台上から一時退去。
|湊
信くんとお父さんが握手会から戻ってきた頃、結城くんの姿が再び。
でも、今度は舞台の上じゃなくて、舞台の前に。
どうしてそんな場所にいるのだろうか? これからする紙芝居は舞台の上でするんじゃないのだろうか? 後、教室での結城くんと違って今回の紙芝居でも眼鏡を外している。
そんな疑問を抱いていたわたしの耳に、
「いやー並んだら並んだ」
というお父さんの声が。
信くんが戦隊との握手を終えてわたしとお母さんのいる場所に戻ってきた。
「あくしゅした」
満面の笑みでさっき握ってもらった小さな手を自慢げに見せてくる。
良かったね。
「それじゃ握手もしたし、グッズも買ったし、昼飯を食べに行くか」
「そうね、もういい時間だし」
待って。今ここを離れてお昼ご飯を食べに行ったら結城くんのする紙芝居が観られない。それじゃ筋肉痛に耐えながらここまで来た意味がなくなってしまう。
お父さんとお母さん、それから信くんがここから離れようとしている。
紙芝居を観るためにここに来たんだから、もうちょっとだけ待っていて。離れて行く背中にそう伝えようとしたけど、言葉がわたしの口から出てこない。
出てこない理由は何となくだけど恥ずかしいという気持ちがわたしの中にあるから。高校生なのに興味があるというのがちょっと恥ずかしいことのように思えたから。
このまま観ずに、何もせずに帰ってしまうのかと落胆しかけた時、
「ここでお友だちに大事なお知らせがあります」
と、再度壇上に現れた司会のお姉さんが。そして続けて、
「今から、紙芝居の上演があります。良い子のみんな集まってくださーい」
という本当にうれしい告知が。
その声にわたしよりも先に反応したのは信くんだった。
「みたい」
言うが早いか、駆け出して準備をしている結城くんの前へと一目散。
「ああ、これじゃ紙芝居終わるまでは動かないな」
「湊ちゃん、お腹大丈夫?」
うん、平気。
結城くんの紙芝居を観るためにここに来たんだから、少しくらいお昼ご飯を食べる時間が遅くなっても問題ない。
「うん、大丈夫」
そう、返事をした瞬間わたしのお腹が鳴りそうになったけど、必死でこらえた。
航
前田さんとの協議の結果、紙芝居は舞台の前での上演に。
ヒーローショーの司会のお姉さんがこれから紙芝居の上演があるという宣伝を。
その声につられるように、俺の前に敷かれているブルーシートにわらわらと子どもとその親御さんの姿が。
さっきまで開催されていたヒーローショーに比べれば、見える青色の比率はかなり大きいけど、それでもいつもの上演の時よりもはるかに多くの観客が。
ざっと見た感じだけど三桁に届きそうなくらい。
これだったらアッチの紙芝居のほうが良かったかも。
今から変更するか。いや、あれは二作目の上演に持ってこよう。
司会のお姉さんからマイクを受け取る。
受けっとったのはいいけど、マイクは右手左手どちらの手で持てばいいのか判らない。
カラオケでたまに歌う時は右で持つけど、紙芝居の上演では右は紙を台座から抜くのに必要だし。
とりあえず左で持ってみる。
これでしばらく行ってみて、変と感じたら変更すればいい。
「えっと……」
まあ、これで問題はないかな。じゃあ、このままで。
「……一時より紙芝居の上演を行います」
さっきお姉さんが紙芝居の告知をしてくれたけど、自分でも再度。
これは宣伝以外にもとある目的があった。
マイクを使って自分の声がどうなるのか、それを紙芝居の上演前に試してみたかった。
ああ、こんな風にスピーカーから流れるんだ。
あまり客観的に自分の声を聴いたことがないのでちょっと新鮮かも。
しかしまあこの文明の利器は本当にすごいな。さっきのテストの声はそれほど大きな声を出したつもりはないけど、遠くの人の耳にまで届いている。
視力が低いからはハッキリ見えるわけじゃないけど、それでも中央広場の向こうの買い物客も振り向いているのが何となく視認できる。それだけじゃなく、二階、三階のいる人も何が始まるんだといった様子で俺のことを見ている。
これならあの紙芝居を試すこともできるかも。
俺の声では高すぎてあまり怖くならない作品。
あの人が得意としていた紙芝居のうちの一本。
けど、その前にまずは上演したことがある紙芝居を。
せっかく決意したのに、それを上演する前にお客さんは帰ってしまっては元も子のもないから。




