事後
航
終わった。
フィニッシュだ。
全部出しききった。
性も根も尽きたというのはまさにこのことという実感が。
最後はもうどんな声で紙芝居をしていたのか判らない。それでも藤堂さんにはちゃんと届いてはず、聴こえてはず。
まあ、兎も角なんとか上演を最後まで演り遂げた。
安心感と同時に疲労感が。
声と喉がボロボロなのは上演中から判っていたけど、全身が。特に腰回りに重たくなっているし、いつの間のかいたのか判らないけど、すごい汗。
立っているのもやっとという疲労困憊。
長いこと、といっても二年弱くらいの紙芝居経験だけど。こんなことになるなんて初めてだ。
ああ、そういえばあの人が昔酔った時に教えてくれたよな。セックスの後は異様の腰が疲れるって。本当のセックスじゃないけど、それと同じようなことが自分の身に起きたことがなんかちょっと誇らしいような気が。
拍手の音が耳に。
小さいけど、心地良い。充実感、充足感を感じる。
喜びが大きくなる。
理想通りに、思い描いたとおりに、稽古でしたように、とはいかなかったけど、それでも気持ち良かったことには変わりはない。
またしたいと思うくらいに。
拍手の音を聞きながらお辞儀。本日最後の挨拶を。
顔を上げる。藤堂さんの顔が映る。上演中よりもクリアに見える。
泣いてる。
気持ち良くさせたはずなのに。どうして涙なんか流しているんだ。
俺は自分一人だけが気持ち良いセックスをしていたのか。藤堂さんを傷付けてしまうレイプをしてしまったのか。
判らない?
セックスだったのか、レイプだったのか。
判らない。
その後のことは、あまり憶えていない。記憶が曖昧だった。
楽しませ、悦ばせるつもりだったのに、それができていたとおもっていたのに、終わった後、藤堂さんは泣いていた。
気持ち良かったのは俺一人だけ、単なるオナニーになってしまった。
泣いていたんだ。だったら、ヤスコが危惧したようにレイプになってしまったんだ。
涙を見た瞬間の記憶は曖昧だった。かろうじて覚えているのは、涙藤堂さんが何も言わずに、ベンチから立ち上がり、一度もこっちを振り返ることなく背中を向けて足早に去っていたこと。
セックスのつもりがレイプになってしまった。
藤堂さんを傷付けることになってしまった。
後悔を。
あの紙芝居を上演したことを。
いや、創ったことがそもそもの間違いだったんだ。
「航っ。ちょっと聞いているの」
右耳にヤスコの声。
ああ、俺は今車に乗ってるのか。いつ乗ったのか全然憶えていない。
けど、そんなことはどうでもいい。
今は反省をしないと。
どうしよう?
明日、学校でいの一番に謝罪すべきだろうか。いな、時間を置いた方がいいのだろうか。
判らない?
……けど、どうして?
藤堂さんは楽しんでくれていたように映ったのに。
上手くいっていたように見えたのは俺の錯覚。眼鏡をかけていないから、脳内で都合の良い幻覚のようなものが見えていたのだろうか。
判らない。
「そんなに深刻に考える必要なんかないから。心配しなくても平気よ」
また、ヤスコの声が。
そんな風に思えればどんなに楽だろう。けど、深刻に、心配になってくる。
「だから、そんなに不安にならなくてもいいって。どうせアンタのことだからレイプになってしまったんじゃないのかって考えているんでしょ」
正解。返事の代わりに小さく肯く。
「横であの子の表情を観察してたけど、ちゃんとアンタの紙芝居を楽しんでいたわよ」
見えていたのは俺の厳格ではないという証明をヤスコが。
そのはずだったのに、藤堂さんは最後泣いていた。そして何も言わずに去って行った。
これは傷付けてしまった証拠なんじゃ。
「泣くという行為は必ずしも傷付いたからとか、嫌な目にあったからとかじゃないから。……女子はね、感動して泣くことだってあるの。アンタのした紙芝居はあの子を、藤堂さんを泣かせるほど感動させたのよ。そんなに落ち込んでいないで、もっと胸を張りなさい」
それは知ってるし、したこともある。
けど、俺自身がそれをできたという自負は全然ない。
「気持ち良かったんでしょ?」
この言葉にも肯く。
最初はきつかったけど、最後はすごく気持ち良かった。
この気持ち良さはセックスと同じかどうかは判らないけど、気持ち良かったのは紛れもない事実。
……けど、気持ち良かったのは俺だけみたいだ。
「なら、アンタの思惑通りにセックスは成功したのよ。女はね、嬉しくても、感じても泣く生き物なんだから」
そうは言われてもな。
俺が知りたいのはヤスコの考えなんかじゃなく、藤堂さんの気持ち。
「まあ、これでアンタも見事童貞卒業ね」
運転しながら下品な発言を。
痛い、止めろ、運転に集中しろ、前みたいに衝突しそうになるぞ。
背中の痛みを感じながら考える。案外、ヤスコの言う通りかも、と。
男である、そして、せいこう、の経験のない俺がアレコレと考えても。
考え過ぎ、ちゃんと藤堂さんは楽しませることができていた。
そう信じ込みたいけど、やはりあの涙を見てしまうと。
けど、俺の頭の中にはまだ藤堂さんの泣いている顔が鮮明に残っている。
そして思い出さなくてもいい、余計なことを思い出す。
紙芝居の最中はずっと俺の目を見てくれていた。それなのに泣いた後は、顔を一度も見ることなく一目散に去って行った。
その背中を思い出す。小さく震えていたように見えた。
前にも見たことがあるような。ああ、たしか落ち込んでいたときの背中だ。
ということは……。
揺れる車内で、心と気持ちも揺れ続ける。
ヤスコの言葉を信じようと思うけど、それでもさっきの光景がフラッシュバックして。
そして、いつの間にか家の前へ。




