こどもの日 2
湊
あ、いた。
舞台の左側に結城くんの背中を発見。顔はまだ見えていないけど、それでも教室でいつもの見ている背中。だから間違いない。
良かった。ここに来たことが無駄にならなくて。
さっきよりも大きく胸をなでおろす。
と、同時にちょっとした自己嫌悪のようなものが生じる。わたしの我儘で危うくヒーローショーが観られなくなってしまったかもしれない、それが何とか間に合ったことよりも、自分のうかつさで無駄足にならなかったほうが良かったと思えるなんて。ちょっと酷い姉だな、わたしは。
さあ、どうしよう?
結城くんを確認できたんだ。
ここは思い切って結城くんに話しかけに行ってみようかな。
ああ、でも何か大人の人、スーツを着ている人と話をしているみたい。
もしかしたらこれからする紙芝居の打ち合わせもしているのかもしれない。
そんなところにノコノコと近付いていって邪魔なんかしたら。迷惑になってしまう。
それにしてもすごいな。
わたしは部活の先輩と話すのでさえすごく緊張して、しどろもどろになってしまうのに、結城くんはあんなにも堂々とスーツの人と話をしている。それだけじゃなくて後から来た大人の人とも。
ここにいる大半の人が今結城くんの横に設置されている舞台上で繰り広げられている戦隊もののヒーローショーに視線を向けているのに、わたしはクラスメイトの小さな、でもなんだか大きな背中を見ている。
彼の姿を見ていると、これから行われる紙芝居が面白くて、楽しくて、仕方がない。
今日は一体どんな紙芝居をするのだろうか?
前回はちょっとしたトラブルで最後まで楽しんで観ることができなかった。
でも、今日は。
舞台袖に設置してあるスピーカーの音量が気のせいかさっきまでもよりも若干大きく聞こえる。
この流れている曲は知っている。この番組の主題歌だ、いつも信くんが音程なんか気にせずに歌っている。
もしかしたらクライマックスが近いのだろうか。
となると、結城くんの紙芝居が後少しで始まるということだ。
楽しみだ。
あれ?
でも、ちょっと待った。
これから結城くんがこの場所で紙芝居をするのはほぼ確定だと思う。
けど、こんなにも広い場所で、しかもこんなにも騒がしい場所で、ちゃんと紙芝居を上演できるのだろうか。
前に観た時には機械なんか何も使用していなかった。
生の音。
あの音は店内でもよく通っていて、離れた場所で隠れるように観ていたわたしの耳にも明瞭に届いていた。
教室でだって、良い声が隅々にまで広がっていた。
だけど、今日のここは前の所よりも広いし、それに屋上まで吹き抜けになっている。
そんな場所で後ろにまで紙芝居の声を届けることができるのだろうか?
楽しみが反転、自分のことじゃないけどすごく心配になってきた。
航
前田さんに挨拶をし、そこに顔なじみの寺山さんが合流した流れで、準備を始める前にそのままちょっとした打ち合わせを。
事前にヤスコから今回の進行のようなものは聞いていたけど、そのおさらいを。
何時もの上演する場所と違い、今回の会場は中央広場と呼ばれるスペース。ここはまあそこそこ広い。イベントを行うには十分なスペース。
そして、屋上まで吹き抜けになっている。
こんな場所でいつものように紙芝居の上演なんかしたら後ろや二階、三階で観ている人に声を届けることはできない。仮に可能であったとしても開始早々に喉を潰してしまう自信がある、あの人やヤスコならもしかしたら音響機器なしでも十分に声を響かせて演れるかもしれないけど、今の俺の力量では到底不可能。
だが、今回の上演ではマイクを使用して紙芝居を演る手筈に。
これまでの紙芝居上演ではすべて生の音で行ってきた。今回初めて文明の危機もとい機器、つまりマイクを使用しての上演ではあるが、そこはまあなんとなかなるはずとヤスコに言われて、それを鵜吞みにしていた。
しかしながら聞いた話と、実際に現場に来て見る話、イメージ通りじゃないというか、若干の齟齬のようなものが。
「あの……マイクってハンドマイクなんですか……」
使用する機材の説明を聞いて、見て、俺は驚くというかビックリしてしまう。
手で持つようなマイクではなく、インカムタイプ、ピンマイクのようなマイクを使用しての上演だとばかり思っていた。
「うん、そうだけど」
「……ああ、そうか。航くんはアイツの演り方に憧れて踏襲しているもんな」
と、寺山さんが。
「あ、そうか。そうだった、すっかり忘れてた」
俺の紙芝居の演り方はとある人の影響を大きく受けている。
読む、捲るだけじゃなくて台座の横で芝居をする。
片手がふさがってしまうハンドマイクではいつもの演り方ができない。
「どうする?」
「まあ、でもなんとかなるでしょ。あ、そうだ昔の全員集合みたいにすれば」
昭和の時代にあった伝説的なお笑いグループ、本当はバンド、の番組。そこで繰り広げられていた生のコントでは、開始当初まだピンマイクがない時代だったので、マイクを胸元に仕込んで行われていた。
それと同じように胸の所にハンドマイクを差し込んで上演すれば。
「航くん世代でもないのによくドリフなんか知っているな」
「昔のビデオで観ました」
劇団の稽古場にあるビデオデッキで何回か視聴した。
「ああ、ゴメン。航くんがせっかく提案してくれたんだけどウチの機材古いから有線なんだよな」
無線タイプのマイクならば俺の案でいけただろうが、有線では。
「そっか、有線じゃどの道の動きに制限がかかっちゃうな」
コードで動ける範囲が。まるでエヴァみたい。
「ゴメンね航くん、これだったらリハをしておけばよかった。前に上演しているから必要ないと考えてしまったのが」
普通の舞台の上演なんかではゲネプロ、リハーサルを行うのが当たり前だけど、紙芝居ではそんなことを行ったことがない。それが今回は裏目に。
「いえ、悪いのはヤスコですから」
ヤスコがもっとちゃんとしておけばこんなことにならなかった。
全部アイツが悪い。
「しかしまあ、どうする?」
本当にどうしよう。
ショーはもうすぐ終わる。
終わってすぐに上演ではないけど、それでもアレコレと悩んでいるような時間はない。
「うーん。マイクなしでこじんまりと上演してもらおうか」
前田さんの提案はある意味有りだと思う。広い場所での上演だけど、紙芝居の大きさが変わったわけではなない。あんまり後ろから、もしくは二階三階からだと紙芝居の画が見えない。
「大丈夫ですよ、あのマイクでなんとかしますから」
「でも、いつもみたいにできないよ」
前田さんが心配そうに聞いてくる。
「ちょっと不本意ですけど、ヤスコみたいな上演方法でやりますから」
いつもの紙芝居の演り方で上演できないのは正直残念だけど、こんなにも広い場所で、そしてこれだけの大勢の観客、まあこの人たちの十分の一くらいが残って観てくれれば御の字だけど、の前でする機会なんて滅多にない。だからできるだけ多くの人の楽しんでいってもらいたい。
そのためにはいつものスタイルに固執していては。
というわけで、いつもとは違う場所で、いつもとは違う演り方での紙芝居の上演を行うことが決定。




