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開演


   (みなと)


 あれ……。

 こんなのだったかな。

 最後に観たのは多分幼稚園の頃のはずだから、もう十年近くも前のことだからおぼろげな記憶しかないけれど、その時観たのとは全然違うような気が。

 微かな記憶では面白かったような、楽しかったような思い出はあるけど、今観ているのはその時よりも遥かに楽しくて面白い。

 全然知らないお話だけど、面白くて、そして先が気になってしまう。

 しかもそれをしているのが多分わたしと同じくらいの年齢の男の子。

 その男の子がこんなにも多くの人の前で。

 わたしには絶対できないようなことをしている。

 それだけでもすごいのに、もっとすごいことをしている。

 声が変わる。

 紙芝居の登場人物に合わせて声を変えているんだ。

 本当に面白い。

 正直に告白すると、最初はそんなに興味はなかった。年の離れた弟の付き添いで偶々いるだけ、観るつもりなんてそんなになかったのにどんどんと惹きこまれていく。

 声を聴いているだけでも十分に楽しめるけど、目でも楽しみたい。

 観るのが恥ずかしかったから、ちょっと離れた場所で無駄に大きな体を隠すように観ていたけど、その体が内なる欲求に応えるかのように勝手に前へと、隠れていた場所から押し出してしまう。

 本当にすごい。

 それにしてもこんなにも面白かったんだ、紙芝居って。

 全然知らなかった。

 来週から高校生になるわたしが観ても、紙芝居って楽しめるんだ。



   (こう)


 ショッピングセンターの柱の向こうの大きな身体がちょっとだけ気になった。

 上演に集中しないといけないのに。

 じゃないと後でヤスコから何を言わるか。

 しかし気になってしまう。

 大きな柱の陰に隠れて観ていたかもと思っていたら、その身体が少しずつ柱の外へと。

 目が悪くよく見えないから、ぼやけた視界だから絶対という確証はないが、多分俺と同年代の女子のはず。

 そんな人間が俺のしている紙芝居を観ているなんて。

 本当は後ろの観客よりも、目の前にいる、座っている子たちを楽しませるような上演をすることを意識しないといけないのに、その意識がついつい後ろへと、つまり柱の陰から半身を出している少女へと向いてしまう。

 珍しい。

 紙芝居なんかに興味を持つことなんかないはずの年齢なのに。小学生ならばもしかしたら高学年でも楽しんで観てくれるような子もいるかもしれないけど、あの子の身長から判断するにどう考えても中学生以上のはず。

 観てるな。

 時折いる冷やかし目当ての連中みたいじゃなくて、ちゃんと観てくれているようだ。

 視力が低いから、上演中は眼鏡をはずしているから、よく見えないけど、そんな気がする。

 だったらもっと楽しませよう。

 そう思った矢先、目が合ったような気がした。



   湊

 

 紙芝居をしている男の子と目が合った。

 瞬間、わたしは大きな体を慌てて柱の後ろへと隠す。

 観ているのを見られちゃった。

 恥ずかしい。

 こんなにも大きなのが観ていると思われてしまう。

 観たいけど、観ようとしたらまた見られちゃうかもしれない。

 我慢して声だけを聴く。

 声だけでも十分に面白さは伝わってくるけど、でも正直なところ観たい。

 どうしよう。ちょっと顔を出して観るだけなら見られないかもしれない。

 ほんのちょっとだけ頭を出して観てみる。

 男の子の視線がわたしの方に向けられているのがこの距離でもハッキリ分かる。

 大急ぎでまた頭を隠した。



    航


 柱の向こうで見え隠れしている頭がどうしても気になってしまう。

 一体あの子は、多分子……だよなよく見えないから推量だけど、何をしているんだ。

 観るのならそんな遠い場所からじゃなくて紙芝居の台座の前に設置したベンチに座ってくれればいいのに。それか興味が無いのならここから離れてくれてもいいのに。それなのに柱の裏側から何度も頭を出したり引っ込めたり。

 気になってしまう。

 結果、紙芝居の上演に集中できずに最後がちょっとグダグで終了。

 後で駄目だしされるんだろうなと考えながらヤスコと交代。



   湊


 何回も頭を出したり引っ込めたりしている間に男の子の紙芝居は終了を。

 今度は女の人。二十代後半から三十代くらいのちょっとふくよかな人。

 この人の紙芝居は今まで観てきたような紙芝居の上演方法。

 でも、すごく読み方が上手。さっきの男の子よりも。

 けど、わたしはさっきの男の子の紙芝居のほうが好きかも。

 柱の陰から体を出す。

 この人なら観ているのを見られても恥ずかしくないような気が。

 それにしてもすごいな。さっきの男の子もそうだったけど、この人の声もすごくよく通る。日曜日のショッピングセンターの中での上演。買い物客もいるし、店内のアナウンスも流れている。するのにはあまり相応しくないような場所なのに、離れた場所から観ているわたしのところまで明瞭な声が聞こえてくる。それもマイクなんか使わず、生の音で。

 女の人の紙芝居が終わる。

 拍手を。

 さっきは目が合って急いで隠れてしまったから拍手をするのを忘れてしまったけど。

 見たところ、この二人での上演みたいだからこれでもう終了だろうか。なら、弟を連れてお母さんと合流しないと。

 紙芝居の台座に真正面、しかも一番前に陣取っている信くんの所に行こうと思ったら、さっきの男の子がまた紙芝居の台座のほうへと。

 まだ上演があるんだ。

 もう一回あの男の子の紙芝居が観られるんだ。

 うれしいと思う気持ちがわたしの中に生まれたと同時に、わたしの体は柱の陰へと。

 観られるのはうれしいけど、見られるのは恥ずかしい。



   航


 ヤスコと交代で俺は紙芝居の台座の横からはける。

 ヤスコの紙芝居を様子を見ずに、後ろ、つまり柱のほうへと。

 眼鏡をかけたからよく見える。

 同年代だろうか。ハッキリと視認できたけど、正確な年齢までは流石に判らない。まあ近付いたとしてもこれは訊かないと不可能だろうが。なんとか見える顔から判断すると同世代のような気もするけど、背が高いからもしかしたら年上、いや女子は成長が早いからその反対で年下ということも。

 しばし観察を。

 ヤスコの上演では柱の後ろに隠れないな。

 見ている分には楽しんで観ているような気が。 

 ということは俺の紙芝居の出来が拙かったということだろうか。

 なら次の上演では、あの子がずっと観てくれるよう、隠れてしまわないような上演をしよう。

 そんな意気込みみたいなものが生まれる。

 ならば、紙芝居の選択が重要だ。

 同年代の人間が観ていることを前提とするのに、年少向けの紙芝居を上演してしまったら身も蓋もない。

 持ってきている紙芝居の中から適当な作品を考える。

 落語ネタの紙芝居をまずは第一候補にしたが、同年代、つまりあの子が女子高生だったと仮定した場合、落語なんかを楽しんで観てくれるのだろうか。もしかしたらそういう奇特な趣味を持っているかもしれないが、俺の中の同年代女子のイメージとしてはそんなものには全然興味がないはず。だとしたらこれは選択から外そう。

 なら、何がいいのだろうか?

 考えている間にヤスコが紙芝居を終わらせた。

 アイツ、短いのを上演しやがった。

 紙芝居の上演の仕事はあくまでお前がメインだろ。俺は単なる人数合わせの助っ人だろ。

 心の中で文句を言うが、直接言ったら屁理屈を言われ丸め込まれてしまう。いや、今はそんなことをしている場合ではない。

 次に上演する紙芝居を決めないと。

 間を空けてしまうと上演が終了したと勘違いされてしまい、結果ベンチから人の姿が消え去ってしまうことに。

 紙芝居を掴む。

 偶然手にした作品だけど、これならばもしかしたら同年代の女子でも楽しんでくれるかもしれない、今度は隠れないで観てくれるかもしれない。

 ヤスコと交代で俺は紙芝居の台座の横へと。



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