第1話 やってきました異世界
目が覚めると、薄暗く、水で満たされている、丸いボールくらいの大きさのところにいた。
水で満たされているのに息ができていることと、体が丸まっていることから、おそらく今、私は胎児なんだと思う。
あれからどれくらい時間が経ったのだろう。
もしかしたら、一週間しか経ってないかもしれないし、三ヶ月ほど経ったのかもしれない。
「私の愛しい子」
ときどき、誰かが喋っている声が聞こえてくる。
言葉が分かることから、転生の特典は機能しているんだと思う。
優しい音色の声が心地よく聞こえる。
私も、早く声の持ち主であるお母さんに会ってみたいなと思った。
次に目が覚めると、いつも私を覆っている水がなくなっていて、いよいよ生まれるのかとわくわくした気持ちになった。
「オギャ~ー。オギャ~ーー。」
こうして私は異世界に生を受けたのである。はじめまして異世界!!
私が生まれてから、五日程経過した。
まず、どうやら私はヨボじいが言っていたとおりに、レズポンド王国のケリアン領のマソタという町のスラム街に生まれたらしい。
私の家は二つの部屋から出来ており、ところどころひびがあるがとてもいい家である。
家なし生活に比べれば本当にありがたい。
そして衝撃だったのは、この世界がサムシリア王国物語の舞台の世界だということが、分かったことだ。
なぜ分かったのかというと、ゲームではサムシリア王国の隣にある国が、レズポンド王国となっていたからだ。
ただ今は、勇者サイオンのことは全く噂として流れていない。おそらくまだ活躍はしていないのだと思う。
異世界の時間の流れは、日本とほとんど同じのようで、とても暮らしやすい。
一年が十二ヶ月で分けられていて、一ヶ月が三十日ほどになっているからだ。
一つの月に一柱ずつ、神様が割り振られていて、一ヶ月の始めには、必ず感謝祭という、新しい月を祝う祭りが行われるという。
また、転生の特典でもらったこの世界の知識によると、この世界には五つの大陸があり、いちばん大きいのが今、私の住んでいる中央に位置するマスタンヤ大陸。
東西にある大陸は同じくらいの大きさで、二番目に大きいのが北にあるタリタリア大陸で、魔王城がある。
そして五大陸のなかで一番小さいのが、南にある大陸。名前をヤハトン大陸と言うそうだ。
また、貨幣は世界で最も多く信仰されている、この世界を創造したとされる創造神マハントを第一の神とする、マハント教会が定めたモカと呼ばれる貨幣で統一されている。
1モカが日本でいう10円の価値だという。
貨幣にはいくつかの種類があり、桁が小さい順に小銅貨一枚が1モカ、銅貨一枚が10モカ、大銅貨一枚が100モカ、小銀貨一枚が1000モカ、銀貨一枚が10000モカ、大銀貨一枚が100000モカとなっている。
大銀貨の次に小金貨、金貨、大金貨があり、日本円で、小金貨が1000万円、金貨が1億、大金貨が10億の価値となっている。
まぁ、私たち、一般庶民が使う貨幣は最大で銀貨が限界額で、金貨を見ることはほぼない。
あ、そろそろうんちが漏れそうだから、お母さんを呼ばないと。
「オギャ~ーー!。オギャー。オギャ~ーー!!」
「はいはい。今、行きますからね」
トタトタと足音が近づいてきて、お母さんが顔を出した。
私のお母さんはとても美人だ。くりっとした赤いルビーのような瞳に、柔和な顔だち。そして肩まで伸びている薄灰色のきれいな髪。名前をユヒィナという。
なにより驚いたのは、お母さんが元人間の吸血鬼ということだった。
そう、私は人間ではなく、半吸血鬼として生まれていたのだ。名前をリニナ。
前世からちょっとだけ転生したら、人外になってみたいという願望があったから、とても嬉しかった。生まれて早々に一つ夢が叶いました。やったぜ!
勿論私のお父さんも当然のごとく吸血鬼だ。
でも今は、仕事が忙しいらしく、一ヶ月に一回しか帰ってこれないそうだ。私もまだ会ってはいない。
ちなみに、早く愛しの娘に会いたいやユヒィナ、体の調子は大丈夫か、何か欲しいものはないか等々帰ってくる度にいつも言っているそうだ。
家族バカの匂いがぷんぷんするのは気のせいだろうか。まぁ嬉しいけど。
ただ、この世界では吸血鬼は人間たちから、敵として見られていると転生の特典のひとつである、アシスタント機能さんが言っていた。長いからアシストさんと呼ぼう。
また、吸血鬼を見分けるポイントとして、瞳が赤い点、吸血鬼が長時間日光を浴びるのが苦手という理由から外に出てないなどの見分けるポイントがあるという。他にも吸血鬼の特徴に定期的に血を摂取する必要があるというものがある。
必ずしも人の血が必要なわけではなく、動物や魔物の血でも良いため、ほとんどの吸血鬼たちは人里離れた場所にいることが多い。
まぁ、人の血の方が美味しいらしいが。ただ、吸血鬼の中には、人の血だけを求め、人里を襲う奴らもいるとの事。
なにより恐ろしいのは、吸血鬼狩りという職業があり、それを生業とする人がいること。そいつらは、特殊なスキルで吸血鬼を見つけることができるため、要注意だそうだ。
では、人の住む町で暮らしている吸血鬼たちは、どうして人間たちを欺くことができているのか。
それは吸血鬼の固有スキルの一つである、【干渉魔法】を使っているから。
この魔法の特徴は、ものに干渉することができる点だ。
この魔法のレベルを高くすることができれば、吸血鬼の赤い瞳や発達した犬歯などの身体的特徴を、魔法を行使している間は、自分以外の人に違う色の瞳や普通の歯に魅せることができる。
このスキルが有るからこそ、吸血鬼は現在まで絶滅せずにすんでいるともいえると、私は思う。
ただ、干渉魔法は対象者よりもレベルの高い相手、【洗脳耐性】もしくは【状態異常無効】スキルのレベルが使用者の【干渉魔法】のレベルより高い所持者には効かないので注意が必要だ。
「はい。オムツ交換、無事できましたよー。リニナ、ミルク飲みましょうね。」
あーお母さんのミルクおいしい。口の中に優しい甘さが広がっていく。私はお腹が膨れて安心したのか、お母さんに抱っこされたままなのに眠くなってきた。
「寝てしまったのね。ゆっくり休んでね。リニナおやすみ。」
お母さんの優しい声をぼんやりと聴きながら私は眠りについた。
それからお母さんと時々お父さんとの楽しい毎日を過ごした。
転生してから、一年と半年で歩けるようになった。四年くらい経つと言葉もしっかりと話すことができるようにもなった。
最近の私の楽しみは、寝る前にお母さんの話してくれるお話を聞くことだ。
「お母さん、お母さん。お話聞かせて。」
「良いわよ。じゃあお母さんとあなたのお父さんとの出会いから話しましょうか。あれはそう、私が成人してすぐのことだったわ........」
お母さんの話を要約するとこんな話だった。
お母さんはある辺境にある、小さな生まれ育った村で、薬剤師として働いていたそうだ。
その日も薬の材料である薬草を採りに、森を歩いていたんだそう。
森の奥に足を踏み入れ出したときに、視界の端に倒れている男を見つけた。
この男こそ、後の私のお父さんにして、お母さんの夫である。名前をマハトという。
マハトをなんとか家のベットまで運んだユヒィナは、マハトが起きるまでの三時間、付きっきりで看病したんだそう。
お母さん、あんたお人好しすぎるだろう。
そのときは、看病している男が吸血鬼だとは思わなかったと、お母さんは笑いながら言っていた。
その後、起きたマハトから、最初に真剣な顔で好きだと言われたんだそう。
マハトが言うには、一目惚れらしい。
告白は丁寧に断り、看病を続け、三日後に普通の生活は問題なくできるようにまで回復した。普通の人なら、1ヶ月以上は回復に時間がかかる怪我をしていたのに。この時、ようやくお母さんは、マハトが持つ異常さに気がついたそう。
その後、マハトが四六時中、好意をユヒィナに伝え続け、ユヒィナが先に折れたことでお付き合いをすることになったそうだ。
私は思い切ってお母さんに前から思っていたことを聞いてみることにした。
「お母さん、なんでお母さんは吸血鬼になったの?」
「それはね、お母さんがあるとき致命傷の怪我を負ってしまったの。そのときに彼が、私に聞いてきたの。「俺はユヒィナとこれからも一緒にいたい。だから、ユヒィナが良ければ今から、吸血鬼になってもらおうと思う。この怪我は吸血鬼にならないと治せないと思うから。」
私は残った力を振り絞ってこう言ったわ。私もマハトと一緒にいたい。だから、私を吸血鬼にしてと。そういう経緯があって吸血鬼になったけど、後悔はしていないわ。あの時、吸血鬼にならなければ、マハトと一緒に過ごせなかっただろうし、リニナにも会えなかっただろうから。愛しているわリニナ。さて、今日はここまでにしてもう寝ましょう。おやすみなさい。」
「うん、おやすみお母さん。わたしもお母さんのこと愛してるよ。」
お母さんは、ニッコリと微笑みながら、私の頭を撫でた。そして電気を消して部屋を出ていった。
「わたしも寝よっと」
私はお母さんとの幸せな夜の一時を思い出しながら眠りについた。