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2-4 契約と願い 

またしても説明回です

説明回ももう少しで終わります

「まあいいわ。彼奴の処遇についてはこちらで処理しておくとして、レンカには説明しなければならない事柄がまだまだあるんだった。例えば、契約のことについてもね。話が逸れてしまったわ」

「他にもあるんですか? 私とご主人さまとの契約は遂行しているんですよね?」


 レンカは不安そうな顔になり、すぐさま訊ねる。人間だった頃、魔女や術師同士の密やかな市場で購入したあの人間の魂2個は無駄になったのか否か、これまで召喚にかけてきた準備はどうだったのか気になって仕方ないのだ。

ただの少女でしかないレンカが召喚術式を発動させるのは並大抵の努力では成し得ないのである。それこそ、召喚術式を発動させることすらできず生涯を終える術師もいるというくらいだ。

 

「心配しなくても私とレンカの間にある契約は無事に遂行されたわ。人間や魔女、術師によって召喚される悪魔はいつもより何倍もの魔力になり、それを行使することで願いを叶えやすくしているとかは知らないでしょう?」

「はい、知りませんでした!」

「素直で結構。ちなみにその仕組みを召喚魔術の術式に組み込んだのは当時のべレイクス卿を筆頭とした者達だから。べレイクス卿は魔術研究の最先端を往く者で、初代から続く学会長でもある。召喚術式は、主人が従者や眷属お呼び出す時に行使する術が人間でも扱えるように編纂されたものでもある。それから魔女や術師に召喚される悪魔は、召喚術式が発動されるとすぐさま自分が呼ばれたと伝わるわ。そして願いの内容すら感じ取れてしまうから、自分の意志で自由に召喚を拒否することも可能になる。それでも召喚術式に使う魔力は膨大。召喚術式は最初から、悪魔にとって都合の良い術式だわ。特に何にも考えず召喚するから獣になるというのも実に皮肉が効いているのかも知れないわね、ふふふ」

「そうだね。ある程度仕組みを事あるごとに主上の命令で改変したとはいえ、すぐに浸透したのは幸先がよかったとしか思えない。僕にそれだけの才能があるって見抜いてくれた主上には感謝せねば、という奴だ。それにしてもレンカ、君の契約時の願いの内容は少しばかり珍しすぎる。いいや、魔女が『自分を悪魔にしてください』なんて願いを叶えてもらうために召喚術式を使うなんて話、これまでそれなりに長く生きてきたけど一件も聞いたことがない。益してや君はたった十数年しか生きていない魔女だったというではないか。一体どこでそんな入れ知恵をした者がいるというのだ?」

「――へ? いえちょっと待ってくださいべレイクス様。これは個人的に願ったというかそんな感じです!そんな威圧を放たれても困ります!ですからどうか落ち着いてください~!!」


 自分の願いについて問われたレンカは思わず席から立ち上がりどうかこの場が収まるようにと宥めるというよりは懇願するようにべレイクスへと向き合うが、表情はレンカに対する凄まじい剣幕で尋問のようなものとなり、穏やかな少年といった風体の彼は欠片すら感じ取れない。易々と近づいてはいけない圧力さえ感じ取れる。

 それだけではなく口調も声音も老獪な当主のそれである。おまけにベレイクスの放つ魔力のせいだろうか、3つのカップに入った紅茶は波風が立ち、和やかな茶会を兼ねた説明会といった雰囲気はほぼ完全に消え去っていた。

 リーザベルは口論こそしてしまうものの互いに傷つけ合うことはないであろうと静観し、静かに紅茶を啜る。レンカはまだ少女、多少は年上との口論の経験が必要だという考えからである。

 それからしばらく互いに向き合うものの、やがて黙り込んでしまった。立ち上がっていたレンカは頭を下げて席に座り直す。

 

「レンカ、貴女に非は全くないしべレイクス師匠、大人げないわ。それでは年長者の威厳が少しばかり台無しよ? まだ成年にもなっていないのにそんなに睨まなくともいいじゃない。将来のある、目の付け所がいい魔女というか悪魔がいるとは考えないとはね。ちなみに私が追記した内容をレンカが読んだからかも知れないじゃない。ほらレンカ、例の備忘録を提出して頂戴」


 リーザベルは半分呆れた口調で師匠にして遠い昔の元名門当主を見遣る。弟子に指摘されたのが切っ掛けだったのかベレイクスはそれで緊張が解けたらしく、鼻を鳴らし一瞬だけそっぽを向く。

 しかし備忘録という単語には目ざとく反応し、レンカとリーザベルを睨む。尤も、リーザベルは涼やかな顔でそれをものともしない。

 

「備忘録だと? まさかとは思うが、我が弟子よ——」

「あら、何のことかしら?」

「は、はい! すぐに出しますから落ち着いてくださいベレイクス様!」


 レンカは反射的に返答すると大急ぎで荷物に向かい、その中に混ざっている魔術絡みの知識が記されている備忘録を差し出し、テーブルに載せる。

 改めて眺めてみると年季が入っている備忘録であるが、どこも破れていないし一点の汚れすら見当たらない。魔術の基礎となる魔力の制御方法、飛行の仕方、術式の構築方法だけではなく召喚術式の発動方法も記されており、いつかは役立つだろうと考えずっと手放せずにいた。保管しているからリーザベルを召喚できたのだが。

 ベレイクスは備忘録を手に取り、ぱらぱらと1ページずつ丁重にめくっていく。そして記述のある最後のページを眺めて読み、テーブルに戻す。それからクッキーのひとかけらを口に放る。


「我が弟子、それに追記しろとは一言も伝えていないが? 追記するなとも言ってはいないがな。成程、獣についての記述か。『契約が完了した後、魔女や術師はやがて人間としての寿命を迎える前に獣となり冥界に送られる。回避するべし』か。随分と具体的にヒントを書いたんだな。入れ知恵にしても親切すぎる。まるでこれを読み解き、実行に移す魔女や術師がいるという前提で記した文章ではないか」

「最初からそのつもりで追記したわ。貴方から貰ったものだし、ある程度は自由にしてもいいと判断したまで。本当に追記させたくないのなら余白のある、上書きすらできない備忘録を誰にも渡さないことね」

「よく言う。本日の元弟子は口がよく回っている。それでこそわが弟子として見そめた甲斐があると言うものだが、リーザベル卿?レンカ、言っておくがその備忘録の大半は私がその都度書いたものだ。間違いない。だが、確かに余白を残しておいたのは落ち度かもしれなかった。弟子に一本取られるとは守破離ももういいか?」

「それほどでもないわ。えぇ、それくらい読み取れないとやっていけないわよ、レンカ? そしてレンカは見事私の追記したヒントを読み取りこの場にいる。そうそう、獣になったらかなりの僻地に飛ばされるわ。僻地と言っても、各領土の領主や商人達が土地を買い取る。そして主人や通りすがりの誰かが魔力を与えてやれば獣から私達と変わらない悪魔になるのよ」

「獣になってからを追記せず、守破離で離れる段階に至ったご主人さまも素敵です!」

「——そうかしら、まあいいわ」

「レンカ、その願いの内容は時が来るまで秘めておくと忠言しておこう。禁忌とまでは言わずとも、それは長い歴史の中で幾つも契約が為されてきた中で、誰も考えず、実行できなかった禁術に近い。まさに前代未聞の異常事態だ。時期は未定だが、この術例を次回以降の学会にて提言する義務がここで生じた。リーザベル卿、レンカの出自について次のパーティーで明かすつもりでいるか?」

「いいえ、次々回のパーティーに明かす予定よ。しばらくは秘匿するつもりよ。説明することもしたし後は実践が残っているけど、休憩して料理でも食べない? ベレイクス卿、厨房借りるわよ」

「それは構わないが……君って料理できたクチだったか? 少なくとも初耳だ。ここで修行したときも、最初から身の回りの世話はメイド達に任せっきりだと記憶していたが?」

「出来るわよ。鍋料理くらいしか作れないけど。レンカ、期待してもいいのよ?」

「ご主人さまがそう言うなら期待します!」


 そう言い残し、紅茶の最後の一口を飲み干したリーザベルは立ち上がり、厨房へと去る。

 後にはベレイクスとレンカが残された。

 


ここまでお読みいただきありがとうございます!

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