10-4 憩いを求めて海へ(最終話)
最終話です
お楽しみください
「この世界、海もあったんですね」
「その程度あるわよ。魚もいるし、貴女も食べたことあるでしょう?……ああそう言えばレンカはこうして海に来たことないんだったわね」
レンカは頷く。矮小な村の小娘では海へ遊びに行く機会などなかったのだから仕方ないのだが。
……ところで、冥界の食卓に出される魚はそのほとんどが海魚だとのこと。川魚は主流ではないそうだ。
「ひゃっほー、ナルキアス領の海は噂通り最高だぜ!! イレーユ、ナルキアス邸に泊まらせて貰えるんだよな?」
「リオク、宿泊までイレーユに決めさせるな。あと、プライベートビーチだからといって度の超えた好き勝手をしないように」
「仕方のない、奔放な方ですわね。リオク、貴方も宿泊を父上に成り変わり許可いたしますわ」
「よっしゃー!……じゃなくて此度は招待いただきありがとうございます、ナルキアス=イレーユ嬢」
「挨拶ができるようですし、まあ良いでしょう。ところでレンカ、我が家の誇るプライベートビーチはいかがですか?」
「想像以上に透き通った水面、寄せては返す波、白い砂浜、どれもこれも素敵です!」
レンカは目につく限りの光景に目を光らせ、素直な感情を言葉に変換して表現する。それを聞いたイレーユはというと。
「えぇそうともそうでしょう! レンカ、アナタは見どころがありますわね!」
……と満足げだ。そのイレーユ曰く、このプライベートビーチは貴族市民の関係なく好評なのではあるが、観光なんて所詮は虚業、他に何か名産を目立たせたいとナルキアス家の当主夫妻は日々嘆いているとのこと。
……何故揃いも揃ってこう、海に来ているのかと言うと端的に言えば収穫祭の打ち上げである。地理的には東部のナルキアス領、つまりは将来的にイレーユが統治することになる予定の地でもある。
海に行くだけなら西部のヴェルクローデン領でも構わないのだが、ナルキアス領の海岸は特別景観が素晴らしくてオススメ、という運びだった。
海で過ごすにはそれ相応の服があるとのことで、
『はいはい、水着ですね!』……といつものごとく例によってシェフィに上質なものを一式仕立てて貰った。
初めてその水着を目にしたレンカは『何ですか水着って! これじゃほぼほぼ下着と変わんないですよね? え、材質とかだいぶ違う? 海岸で遊ぶ時だけのものだから特別?? それは私が無知です! すみませんでした!』
『まぁまぁ。レンカって海見たことないんだっけー ? じゃあ仕方ないわね 』『東部の海なら楽しめますよー。レンカ様、後程感想を聞かせてください」
すかさずルーナディアナとシェフィがフォローを入れる……なんて一悶着というかちょっとした異文化に触れた際の衝撃を体験したりもした。
水着というものはドレスなどより素肌の露出が普段着より多めなわけで。身体的の様相、つまりは外見というか容姿の良さは不変であり。
水着を着用しても、リーザベルを始めとした女性陣の面々は眩しいほどの輝きを放っている。
パッと見て豊かな胸部が印象的なのはルーノディアナ、リーザベル、次いでイレーユだろうか。
ある程度とはいえ自由に外見を操作できるのならば結果的にそうなるのもやむなし。
改めて資産の余裕があれば自然と服飾にも豊富さが生まれるのではとやんわり理解した。
水着なんて、撥水の術がかけられているものを標準化された商品が広く流通しているし。
撥水加工? まだまだ知らない術があるのだと知識を深めていった。
ところで海も文句なしの素晴らしさだが、レンカはずっと疑問を持ち続けていた。
「ご主人様、どうして冥界の空には月がないのですか?」
「月、ねぇ」
ふとした問いかけ。今までどうして口にしなかったのだろう。リーザベルはニヤリと薄紅の口元を緩ませ、明白な笑みがそこにあった。
遂にその真実を知るときが来たかと実感し、レンカは寒さからではなく身震いがした。
「ようやく月について怪しむときが来たのね、良いわ。この冥界からは月を目にすることは決して出来ない。それは遠くにあるからでもなければ、近くにあるからでもない。しかし、月は確かに存在している。遠い昔から今までも、これからも」
「それじゃあ、この冥界って――」
「人界が月と呼んでいるものがあるでしょう? あれは冥界への一部なのよ」
「!!?」
「人間共が永遠に届かなくて辿り着けない距離がここ。世界を隔てた壁があり、冥界に人間は人間でいる限り生きられず数分で絶命する法則よ。夜に空を見上げればただそこにあるだけ」
そう考えると案外、人界を観察するのは楽な部類に入るのでは。
しかし、壁があるのだから決して楽ではないのか。
…
……
………
海岸を離れ着替え直し、ナルキアス本邸での晩餐会に招待された。
フルコースの中には海産物を調理したソテーや丸焼きなどが輝き、テーブルに並んでいる。これならば、海産物を名物にしていけばいいのではないのだろうか。
「レンカ、そろそろ良いかしら?」
「何がです?」
「まだ魔力が足りない貴女が、私を召喚出来た理由」
かつて、召喚時に魔力が増幅するとベレイクス卿は説明してくれた。まだ他に理由があるというのだろうか。
「実はあの夜、人界にいたのよ。他でもなく、レンカに召喚されたくて」
「な、何ですかそれはーー!」
重要なこと、聞いていない。リーザベルはレンカにまだまだ隠し事があるではないか。
召喚されたかった……それだけの為に人界に滞在していた?
なるほど、そうならば得心がいく。召喚術のキモは距離だ。人界と冥界では絶対的な壁がある。
――しかし、召喚する側もされる側も同じ世界にいたならば?
それは魔力が少なかったレンカへの、リーザベルなりの気遣いということになるのでは?
「ご主人様って、私に特別配慮してくれますよね。召喚時の気遣いといい、事あるごとに綺麗な服を下さったりするだけではなく、メイドであるシトニにも気配りしてくれる。それは、ご主人様が貴族だからですか?」
「シトニに限らず、仕えてくれるメイドには報酬を出すのが冥界の貴族にとって当然だからよ。人界の貴族連中くらいよ、暖冷房の効かない部屋に乱雑に寝かせたり無給無休で働かせたりするの。それにずっと疑問があるのだけれど、どうして重い荷物を自身の子に持たせたらして働かせるのかしら?」
「それは、分かりません。強いて言うなら、人間の文化の程度が低いからそうなっているのかも知れません」
リーザベル曰く、貴族でなくともある程度の資産がある商家ならばメイドを雇うことが珍しくないそうで。
貧しい家庭が無理にでも子を作りその子に無償で強制労働させる制度が因習にしか見えないという。
「人間なんてそんなものよ」とイレーユが。
「だから最大限利用し尽くしてやるのよ」とリーザベルが。
「美味な魂を提供してくれる狩人に感謝を」とアルヴィベリトが。
「魂は美味しいおやつなんだから、たくさん味わいなさいよ!」とルーナディアナが。
「俺も美味しい魂食べるぜ!」とリオクが。
食後のデザートはラズベリー、ブルーベリー、ストロベリーを用いておりアイスの乗ったケーキ。
酒の飲める者はワインに、飲めない者はジュースに魂を浮かべたドリンクが用意された。
「「乾杯!!」」
「それでは、明日からレンカは魔術の修行よ。忘れていないでしょうね?」
「はい、もちろん忘れていません! 今後ともよろしくお願いします、ご主人様!」
…
……
………
リオクはゼブタイト卿より、正式にバスティカ家の後継者と認められた。
時を同じくしてイレーユも同様にナルキアス家の後継者として。
"深遠なる眠り"に関する苦悩から完全に解き放たれたリーザベルは100年後に改めて誕生パーティーを開き、そこでアルヴィベリトとの婚姻を正式に発表するという。
……レンカが転化し、冥界に来てからはや2ヶ月あまり。
「こんな感じでいいでしょうか?」
「えぇ、良いわその調子」
眷属の契約は永続だ。
故にリーザベルとの関係も永遠に続く。ずっと一緒にいてくれる。無論、シトニとも。
本日の魔術講座を終え、いつものティータイムである。
「シトニさん、このハンカチはどうかなぁ? 新作なんだけど」
「わぁ、マノンさんまた腕を上げましたね! 師匠がいいんですかねぇ」
「師匠からしたらまだまだ及第点だって。それでも良いって言ってくれたよ!」
「わ、マノンのハンカチ! いいデザインだね」
「ほめてもらったし、レンカにも一枚縫ってあげる。あとはお嬢様、いる、ますか?」
「マノンのハンカチなら使うわよ。好きなだけ裁縫に没頭すると良いわ。シトニ、マノンにも紅茶と茶菓子を」
「やったー! お屋敷の紅茶も茶菓子も大好き! お嬢様、シトニさん、ありがとう」
こういった風にマノンはシェフィが直接指導する中で、裁縫一本の日々を過ごしては出来上がったものを見せてくれる。
「お茶会の香りを感じたわー! シトニ、私にも紅茶をー」
「いらっしゃいませ、姫様。お茶ならどうぞ」
「そうそう! これでいいのよこれで」
「ルーノ、来たのね」
「ルーノ様、こんにちは」
「二人とも変わりなさそうねー、もぐもぐ」
お茶会を察知したルーノディアナの突然な来訪にレンカは動じなくなってきた。
エディフィスで開かれる茶会にリーザベルと共に招待されることもある。
……ついでに移住した両親も魔術の研究に勤しんでいる。
この冥界そのものも大きな変化はないが、それでいい。
朝が来ても少々明るくなるだけで、暗いことに変わりない。レンカはこの空が好きだ。 見上げる度、移住して良かったと痛感する。
そして何より、契約する主人にも恵まれた。
この永遠に続く世界で、敬愛する主人達と永遠に生き続けられるのが大好きだ。この上ない幸福である。
「いつもありがとうございます。これからもずっとよろしくお願いしますね、ご主人様!」
「えぇ。レンカは私の眷属として永くいてもらうのだから。私としても魔術の研鑽を怠るつもりはないし、新しい術を発見したいわ」
そう応え、ふんわりと微笑む主人。以前に比べて、リーザベルは笑う頻度が増えた気がする。堅苦しかった。吹っ切れたのだろう。
リーザベルにはこれからアルヴィベリトとの婚姻式、ヴェルクローデン家当主の地位の継承式もその証のパーティーも控えている。準備が楽しくて仕方ないのだという。
――後にレンカは主人にも勝るとも劣らない魔力と腕前を誇る魔女になるのだが、それは少し未来の明るい話――……
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