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2-3 べレイクス卿との邂逅

レンカはべレイクスと会うことになった。

果たしてどのような存在なのか……

 話していくうちに馬車はゆったりと目的地へ降下していく。窓の外を覗くと既に地面に近づいており、所々に市民のものではない高級住宅街が見下ろせた。


「私は契約内容以上にレンカと魔術について学びあいたいわ」

「学びあいたい、ですか?」

「私は多くの術を知っているというだけ。新たな術の開発もしたいから協力よろしくということよ」

「それは重役ですね……でも私なりに頑張ります! 同じ気持ちですから」


 自分より長く生きているであろう主人からそう頼まれては、そう返事する他ない。それに、レンカも学びあうという行動に興味が湧いた。知識の乏しい自分が一方的に伝授してもらう姿勢のつもりでいたのだから。

 手土産を含む手荷物を持ち、完全に地上へ降下した馬車から降りる。 

 すぐ目の前に、やや小ぶりながらも3階建ての庭付き邸が見えた。

 庭には幾つかの種類の植物が植わっており、リーザベルが所有している邸にそっくりだった。きっと似せて建てられたのだろう。

 門番はいない。ノックし、扉を開けると彼はいた。


「おはよう、ベレイクス卿」

「やぁ、おはよう。久し振りだねリーザベル卿。そしてレンカ、君のことは聞いているよ」

「はい、私がレンカです。よろしくお願いします、ベレイクス様!」


 そう出迎えてきたのはリーザベルから聞いていた通り、アルヴィベリトのような青年とは異なり、やや低い背丈をした少年の外見だった。

 ジャケット含む上着はともかく短パンといい、身を包む服装も確かに貴族らしい。髪色がリーザベルに似ている辺りは、血族だからなのか。

 街や郊外の様子を見てきたが、幼子と老人は誰一人として見かけなかったことをレンカは思い出した。勿論というか左右に飛び出した角もある。

 拍子抜けしたものの、確かに感じ取れる魔力は並ではない。隠蔽する気はさらさらないのだろう。

 

「そうそうこれこれ、お気に入りなんだよ。二人ともありがとう」

「気に入ってくれたようで良かったわ」


 手土産のクッキーを渡すと顔を明るくし、喜んで受け取ってくれた。どうやらクッキーが好きだというのは本当のようだ。

 場所を移すことになり、客室へと案内された。

「えーと、ご主人さまもアルヴィ様もベレイクス様も貴族なんですよね? シトニさんだっているから…」

 

 席に着くとメイドに紅茶を出され、レンカはずっと気になっている件について切り出してみることにした。

 上質な服を用意できる財力、気軽に馬車に乗れる、シトニのように一流のメイドがいるとなると、貴族しかありえないと思ったのだ。


「そうよ。ちなみにアルヴィの出であるフォスファ家は私の家と親戚よ。もしかして貴族が怖い?」

「正直に言って怖いです。農村部から人攫いとかしている噂もありましたし。民から搾取することばかり考えているみたいです」

「何よそれ、人間の貴族ってロクでもないの。既に知っていたけど。少なくとも冥界の貴族はそんな下卑た真似しないわよ」

「リーザベルはヴェルクローデン家の次期当主令嬢でもあるんだ」

「ご主人さまは高貴なお方だったんですか! 道理で色々準備をしてくれたのですね」


 人間の貴族と冥界の貴族はまるで別物。そうレンカは理解した。今まで会ってきた冥界の貴族は少なくとも、己より身分の低いレンカへ親切に接してくれている。

 

「それもいいけど、レンカは契約の仕組みを知りたいのでしょう?」

「はい! ご主人さまと契約をした私ですが、実のところよく分かってないのです」

「リーザベル卿、説明を頼んだ。しばらくはお菓子でも摘まむとしよう」

「えぇ、では改めて。長くなるから、茶でも飲みつつ話すわ」


 ーー悪魔との契約。それは魔女或いは術師にとって最上の栄誉とされている。

 更なる魔術を知りたい、寿命を延ばしたい、莫大な富を得たい、はたまた世界の真実が知りたい、復讐したい相手がいる、などの褒章を得ることが可能。

 契約した時点でその人間は他の悪魔から魂を狙われることがなくなり、やがては死を迎えないまま冥界のとある地域に送られる。つまり、契約によってその魂は守護されるのだ。

 送られた人間は獣となるが知性を残し、会話も可能。やがて冥界に満ちている無尽蔵の魔力によって正式な悪魔となり、新たなる生活を送ることとなる。

 ……もしくは契約した主人から魔力を譲渡されるか、とのこと。


「あれ……? 聖なる者の信者が喧伝していた、悪魔と契約した魔女や術師が死後地獄で煮えた油の鍋に放り込まれるというのはウソ、なんですよね? 私が聞いていたのと違いますよ!」

「煮えたぎる油の鍋……そうよ。聖なる者の布教者にとって、契約する人間は処罰の対象でしかない。契約する人間を最初から人として見なしていないのよ。契約させまいとして広めたガセでしかない。そもそも地獄なんて存在しないわ。冥界と人界しかないというのに、聖者というものは実に愚かね」


 この場合の人間として見ていないという表現は、契約した人間を動物以下と見下していることになる。

 尤も、悪魔からすれば人間も他の生物も動物という一括りでしか見ていないが。そこで恐怖を植え付け、そのような目にだけは遭いたくないと思わせることで布教している。


「そうね、そろそろ身内に契約した者がいたと発覚する頃合いでしょうね。ね、べレイクス大おじい様?」

「そうだね。そろそろ冥界から観察している場合ではなくなって来たのかも知れない。契約の話に戻して」

「……では改めて。つまりね、契約の仕組みは数千年前に創られたものであって、人間には無関係だったもの。召喚術は一見人間によって都合よく作られているけれど、実は悪魔側によって都合よく造られた術式だわ。だから人間達は己の都合で応じていると過信しているに過ぎず、欲があるからこそ可能な術なのよ。欲のない人間なんていないでしょう?」

「契約すると、その術師の魂を食べることが不可能になる。そうなっても、誰とも契約していない人間の魂を食べられるからそちらを狙えばいいってだけだよ」

「――ではご主人さま。私の願いである、悪魔になりたいという願いはどうして叶ったのですか?」

「……それは、偶然呼ばれたからよ。私の名前、知らなかったでしょう? 知っていると召喚がしやすくなるだけ」


 容易くなるだけであって、召喚に応じるとは限らない。知り合いを押し付ける傾向が多い。


「私以外にそれを成就できる者は限られているわ。仕組みとしてはそうね……まず貴女の魂が保護された。それからその魂を人間が持つものから悪魔のそれへと変換させた。ここまではいい?」


 リーザベルは優美な仕草で紅茶の入ったカップを傾ける。しかし、自然な流れでレンカにとってどうしても聞き逃せない言葉の数々が連続してきた。


「…魂そのものを、変換させた、いえ、出来るのですか!?」

「可能よ。普通に契約した人間はやがて、死を迎えず獣となって冥界に送られるとあったでしょう? その時点でもう人間の魂ではない。獣の姿をしているだけで、魂だけは悪魔のそれと同等。何も不思議ではないわ」


 そして術式を解析することで魂と魂を変換させ、造り出された魂から身体が再構成される。


「あぁ、言い忘れていたけど人間は冥界に存在することが不可能、即死よ。そして魂だけが残り、誰かが所有して食べたり出来るけど」

「魂を食べなくても悪魔は生存可能、ですよね。そうでなければ、ベレイクス様の時代から生き残れている理由が分からなくなる。食料ではなく、娯楽の為に狩り取られるのが人間の魂」

「そうだね。補足すると人界と呼称が広まっているけど、実は遠い昔に人間なんて一人もいなかったんだ。その頃は名称がなくて、別界とか呼んでいた。そして言うなれば畜生達の楽園、かな。そして調査団が派遣されて初めて、人間というものを我々悪魔達が認識、認知とも言うけどそうした。先に言っておくけど我々が人間という生物を創造したわけではない。あんな出来の悪い生物をそうするなんて考えたくもない。ともかくいつの間にかいた、ただそれだけの話だよ」


 毒の混じった説明の中でも分かることはある。畜生達なりの理屈で生存競争をし、子を残していく。どこもかこもそれこそ自然に存在していた。別界は古の冥界より存在が確認されており、往来していた。


「畜生達の言語は解析が困難だったけど、人間達は普通に解析できた。けど、理屈をこねている割に畜生とさほど変わらない行動をすると判断したんだ」

「弱弱しくて資産もないのに召使いを強請る。不出来な子に召使としての教育を施さなければならないだなんて不便極まりない。素封家でもない限り困難だというのに。そして魂を食べることができるとも判明した瞬間、狩人達といった生業の者が増えたわ。あのときの狩人はきっと偶然レンカを狙ったのよ。魔女相手に狙うなんて無謀もいいところ。尤も、狙うと言っても今の貴女は完全に悪魔だから二度とあんな事態にはならないと思って結構。つくづく不快ねあの男、近いうちに尋問しておくわ」

「ご主人さま、どうかほどほどでお願いします! 私は今無事だし」

「仕方ないわね。レンカがそう言うなら容赦しておく、ある程度は」


 レンカが懇願するとリーザベルはそう優しく告げるものの、声音は後半になるにつれて極寒の地に存在する氷のごとき冷たさを持ち合わせていた。


「ふうん、リーザベル卿を召喚した魔女(レンカ)の魂を狙った無謀な狩人かぁ。狩人にしてはやり口が荒いというか何と言うか。確実なのは独学で狩人になったクチだろうね。少なくとも講習は受けていないだろう。個人で活動する狩人はそれなりに見てきたつもりだけど、それにしてもリーザベル卿のこと知らないのかな?」


 クッキーを一口齧ったのちべレイクスが私見を語るが、リーザベルは黙って首肯する。どうやら見解は一致しているようであった。講習というのは狩人になる為のものだろうとレンカは理解したが、どうやらこのリーザベルは冥界におけるかなりの有名人らしい。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

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