7-7 マノンの目覚めと外出
短くなるつもりの話でした
「お嬢様、招待状の準備が出来ました。いつでも送れます!」
「それなら今すぐ送って頂戴。市民にもばら撒くのよ」
「もちろんです! ところで、マノンさんは?」
「眠っているわ。すぐにも目覚めるでしょう」
「それじゃ私、お湯を用意して――」
「風邪なんかじゃないわ。けれどその気持ちは重要かも知れないわね。貴女はマノンを見守っていなさい、レンカ」
誰かの声がする。聞き覚えがある声と、聴いたことのない声も混じっている。
早く目覚めたい。早く会いたい。
…
……
………
「おはよう、マノン」
「時間帯的にはこんばんは、かしらね。おはようマノン」
「こ、こんばんは。あれ……レンカ? それからお嬢様?」
マノンがぱちりを目を覚まし、見たことのない調度品だらけの部屋を見る。レンカが施した転化の術は無事に成った。レンカの場合のように数日眠ることもなく。
リーザベルが手鏡をマノンに渡し、自身を見るよう勧めてくる。
「なんか角が生えてるー、髪の色は変わってないけど! あと耳も尖ってるしー」
「その角、私達の誇りでもあるからそのままにしているけれど隠してもいいのよ?」
「お、お嬢様! 角くらい別にこのままでもいいかも、うん」
「あとは翼を出してみて。背中に意識を集中させて、空を飛ぶことも考えてみて」
「こうかな? うわ、なんか生えてる!」
そうよ、とリーザベルが短く返す。マノンの背には小規模ながらも暗色の翼があった。面積があるというのにまるで重さを感じない。マノンは慌てて翼を引っ込めた。
「ほらマノン、あなたの造ったコースター取りに行ってきたよ」
「……それ、まだ持っててくれたんだ、ありがと」
……マノンに転化の術を施した直後レンカは空っぽになっていた自宅に寄り、マノンの作品を取りに行っていた。
両親がいなかったのはリーザベルが村人全てを集め、まとめて転化の術式を発動させたからだった。もう両親も人間では、ない。他の私物は既に運んできている。
「初めまして、マノンさん。私はお嬢様付きのメイドでコーセ・シトニと言います。シトニと気軽に呼んでください。どうかよろしくお願いしますね!」
「はい、シトニさん! メイドさんなんて初めて見たなぁ」
シトニが丁寧に挨拶をする。シトニの名字……家名なんてめったに聞かない。大貴族の令嬢付きメイドなのであまり名乗らないだけで本当はそれなりの名家なのだろうとレンカは思った。
「シトニ、例のものは用意できているかしら?」
「もちろんです! こちらですね」
シトニが揃えてきたのはレンカとマノンでは両手に抱えるのがやっとな大きさのカゴだった。その中身は……
「広いタオルケットがこんなにふかふかしてる……いい香りの石けん! 着替えまで用意してある!」
「マノン、貴女は取りあえず入浴してきなさい」
「うん、行ってくる。ところでお嬢様、お風呂ってどっちなの?」
「シトニ、案内して」
「こちら広いですからね。案内しますね、マノンさん!」
シトニの案内でマノンが浴室のある方へと向かう。リーザベルとレンカは既に入浴済みである。今ここの部屋にいるのはリーザベルとレンカだけだ。
先に口を開いたのはリーザベルだった。
「ところで、レンカは両親に会わないのかしら?」
「ご主人様、それは……。二度と会わないつもりでしたし、その、気まずいというか顔を合わせにくいと言いますか……」
茶菓子をかじるのをやめ、レンカが本当に気まずそうに俯く。リーザベルにしてみればレンカの優先順位は少しずれているとしか思えないが、自分に置き換えるとある程度は納得がいった。
――おそらく、レンカは自分と似ているのではないかと。
「……それではまるで決別か喧嘩別れみたいじゃない。貴女が心配せずとも戸籍登録もすべて完了よ。今となってはレンカと同じ、冥界の住人だわ」
「ご主人様がそこまでしてくれるなんて! 両親に代わってお礼を伝えます。えーと、村人全員そうしたんでしたっけ?」
「私の仕事だからやっただけよ。次期当主のやることと言えばそれらしいけれど」
「ご主人様がそういう手続きができるということは、つまり当主代行から信頼されているということではないんですか?」
「それはあるわね。本当だったら母様に頼み込んでおくところだけれど。それでは、レンカはいつ両親と会うことにする? 本邸に住まわせてもいいのよ」
「気持ちの整理をする時間をください、ご主人様。私、まだ人間としての感情が多いからマノンと再会できてうれしいことも含めてです。母さんと父さんと話し合って家を出たので決別ではない、と思います」
「……決まりね。成程、レンカにしてみれば小さくない出来事の連続だったということかしら」
「進言に耳を貸してくださりありがとうございます! それから本邸に住むというのはまずは第二都市に慣れてからの方がいいと思います」
ご主人様からは人間の感情を理解しようと最大限努力してくれているのが感じ取れる。
それは別として、人間の貴族連中が権利ばかり貪っているのは見過ごせないらしい。リーザベル自身が貴族令嬢で次期当主だからだ。どうしてもやり方や考え方の違いに目に付くというもの。
かつて聞いた主人とべレイクス卿の話によれば、貴族制度を教えたのはべレイクス卿?
「ただいまー、いいお湯だった」
「おかえり、マノン」
話している間にもマノンが石鹸のよい香りを漂わせながら、入浴を終えて戻ってきた。
着替えた新しい服は第一都市を歩くに相応しいものだ。
「お風呂、すっごく気持ちよかった! レンカやお嬢様はあんなきれいなお風呂に入れるんだ」
「戻ったわね、マノン。ここにいる間、好きな時に入浴していいのよ。もう汗をかくことのない体だし」
「あっ、そういえばそんな感じがする。お嬢様って、すごいんですね」
「そうだよマノン、ご主人様はとんでもない力の持ち主なんだから!」
マノンへいかに主人が凄まじい存在なのか力説しようとしても、どこからどう話せばいいのか分からない。それでも過ごしているうちに分かってくれるはずだとレンカは思った。
「あらレンカ、私にはそんな風に口を利いてくれないのね。もっと気軽に話しかけてくれてもいいのに」
「それはご主人様相手ですし、そのー、努力します」
「レンカならそう言うと思った。そしてマノン、今から貴女とレンカと私で街まで出るわよ。宴に出席してもらうのだから、それ相応のドレスでなければね」
「わたしにド、ドレス? それに宴って……」
出かけるわよ、とそれだけ告げリーザベルはエントランスホールへと向かっていく。レンカもすぐについてきており、マノンはその一行に加わることとなった。
エントランスホールまでもが広大だった。これが本物の大貴族の邸宅なのか。
レンカは慣れているようだし自分だけ引き離されているかのようだった。
メイドが開けてくれた扉を通り、庭園を通り過ぎ高い柵を超える。空は群青と黒の間の色をしていた。空はいつもこうであってそれでも時刻という概念が存在すると、リーザベルが説明をする。
賑わっている街まで出る。すれ違う住人は誰も角が生えている。即座に人間がいないのだとマノンは理解できた。レンカの腕を軽く引っ張ってマノンが街の風景を眺める。
「わぁ、沢山のお店が空の近くまである! って、これからどこに行くの? ドレスってどう買うの?」
「私の友人であるシェフィが営んでいる仕立て屋よ。そこでマノンに来てもらわないと測定ができないわ」
なるほど、とマノンは頷く。眺めつつ進んでいるうちにその仕立て屋まで着いた。
見事な透明度のガラス越しに飾られているのはきらびやかなドレス、余所行き用の服だった。
「いらっしゃいませー、ってリーザベル卿とレンカさん! 待ってました。それでそちらが……」
「シェフィ悪いわね、追加で発注よ。こちらが……」
「初めまして。わたし、マノン。よ、よろしくお願いします」
会釈し―艶のある黒髪が印象的な若い女性―という印象をシェフィから感じた。
「レンカさんの友人ですかぁ。よろしくお願いしますね、マノンさん」
「マノンのために新しいドレスを頼むわ」
「はい、はい。ほほぅ、マノンさんは綺麗な赤髪ですか。これは悩みどころです。赤髪は基本的に何色でも似合いますからねー。では早速採寸からしますね。こちらへどうぞ」
「はーい」
シェフィが店内にある試着室へ案内する。測定が終わるまで、レンカは店内で見本として飾られている新作を目にしていた。どれもこれも上質な逸品だ。
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