7-1 潜入調査
潜入調査、かよ。そういう任務はそこまで得意ではないというのに。
ゼグは誰の耳に届かないよう細心の注意を払いながらため息をこっそりと吐いた。
……相変わらず人界にいるが、令嬢からの命令で教団への潜入調査を引き受けている。ゼグが今いるのはあののどかで辺鄙な村ではない。
都市部、それもかなり中心にほぼ近い座標に建てられておりどれよりも静謐さしかなく、どこまでも白い色が目立つ建造物の前だった。紛れもなく聖清教団の本部である。
そうは言っても、冥界の発展度合いを知っているゼグにしてみれば村が単に大規模になっただけのような、粗末な場所。人間達が必死に日銭を稼いで糊口をしのいでいるだけの地。建物一つとっても、使用されている建材からしてその差はあまりにも大き過ぎる。
……ゼグは冥界の建築現場を目にしたことがあった。
術で建材を浮かせて動かして組み木のように組み上げていく光景は、術師の端くれだったぜグにとっても衝撃的なものだった記憶がある。
建物の出来はこの際どうでもいい。それよりも重要なのは潜入調査だ。
既に用意した教団の制服に着替えた。髪色も地味ないかにも人間らしいものに染色してある。
人間らしい色、かい。元人間としてそれは複雑な感情を抱いたが、それも気にしている場合ではない。
喜捨、などという全く理解できない人間の文化に則り僅かな募金をして受付を無事に通り過ぎて、教団の本拠地へと足を踏み入れる。
――そう。教団で聖者の姿を目にできるのは直近でこの日である。
何も教団に狩人を引き連れ、魂を奪う必要はない。そもそも令嬢の手にかかれば、人界の都市部など木っ端微塵に跡形もなく、そして一瞬にして吹き飛ばせるのだ。それも、冥界にいるまま。
冥界の三域大魔公は別格だと薄々感じていたが、その中でも西の令嬢は次元が違いすぎた。
何せ条件さえ満たせば市民であっても永世貴族の家格になれるのだから。そうなるとやはり元商家のバスティカ家当主もただの市民ではなかったのだ。
教団の最奥部へと進むにつれて顔合わせする頭数が減っていく。それにつれて、出席者とリストに上がっている顔ぶれが一致していったのだった。人間の貴族が、教団の内通者或いは団員?
……(ならばあの寄付あるいは募金で集まった((市民から巻き上げた))金は教団の運営費に使われている? ただでさえ普段から決して軽くない税金を払わされているというのに?)
内部に潜入しただけでもこれだけの報告できる内容が増えたが、まだまだここにいる必要がある。
何せ教団の主たる聖者の顔をまだ拝んでいないのだ。
感じ取れる魔力は自分のもののみ。よって、術師が聖者をしているなんて落ちはないのだと安堵できた。
扉が開き、幹部を引き連れた聖者がこの場に現れる。
身長など外見から推察される年齢は16,7歳頃だろうか。その身にまとう布までも白が目立つ。
聖者からやや離れて取り囲む幹部の誰もが同じように白い衣をまとっていた。
違いがあるとすれば、聖者のまとっている衣にはあちらこちらに装飾が施されているくらいか。幹部の身を引いた態度からして教祖だ。
(少年、か? 随分と若い教祖なんだなぁ)
「あぁ……我らの聖者様。本日もあなた様のお陰で穏やかなる一日を過ごせました。感謝いたします」
「……私はあなた達に何もしていません。ここにいるのは貴族達でしょう? 私のお陰であなた達が穏やかに過ごせるのはごくごく当たり前のことではありませんか? 無論、感謝の念だけで腹は膨れないのは百も承知です」
この場で語るために生を受けたような口調、だが少女そのものの声音。聖者は――聖女であった。
気づかれないように魂判定の魔術、つまりは狩人にとって基本的なそれを行使する。
結果、種族は人間で性別は女。念には念と二度ほど再使用したが何も変わらない。
簡易に済まそうと使い魔を使わなくて正解だった。魂判定の魔術は当人が近くにいないと行使できないからだ。
「どうかそうお嘆きにならず。ところで、あの村に関してですが……」
「村なんて気にする気概がまだあったのですね。もしかしてアレですか? どんなに小さい村であっても税を取り立てるのが貴族のお役目だからっていうことです? 仕事熱心でよろしい。私も見習いたいですね」
教団の幹部が聖女について話しかけている。受け答えしている聖女の態度は尊大だ。慇懃無礼と言っていい。村についてって、マノンのいるあの村しか思い浮かばない。
「聖者様はいつどこまでも聡明で謙虚でいらっしゃる。それで、例の村はいかがいたしますか? 更なる重税を課します? どうも裁縫しか能のない娘がいるようで……。それから、ここ最近野獣も微小ながら増えております」
「野獣? そんな程度の存在、村が自然と消滅するまで放っておいて構いません。税の払えない村人なんて連中の餌に相応しい。何せここは河の濁流に至るまで私たち人間の所有物であり隅々まで仮初の楽園なのですよ? 秘伝ではありますが、我が家に代々伝わる教えを忘れたとは言わせません」
「も、もちろんそれについて承知しています」
「それならばよろしい。方針について一致していますね」
《……おいおい、聖者って女だったのか? しかも思ったより俗っぽい》
何よりも最優先で報告すべき事態じゃないか!
ゼグは焦燥感が伝わらないよう必死で抑える。普段から息を潜める狩人としての今までの活躍が今役立った。
会談の終わりを感じ取り、ひっそりとその場をあとにした。
<えーお忙しいところとは存じますが調査結果をここに記しますよっと。まず最初に聖者は少女であり、俗っぽい聖女でした。喜捨という人間というか教団特有の文化で市民からという名目で有り金を巻き上げて集めて、それが運営の財源となっています。リストにあった貴族も教団と結託していました。つまり貴族がいる限り教団も相互に存続可能というカラクリです。それから教団に入ったら血族までもが教団に賛同した者と見なされています。成人ならまだしも赤ん坊とかいう知性のないハゲガキまでもそうなっています。これらのことを踏まえ、どうかご一考のほどよろしくお願いします>
ゼグは都市部の端、人目のつかない場に移動し、緊急で令嬢リーザベル卿に伝える手紙を魔術で記していく。
そして一気に飛ばす。程なくして令嬢の手の元に届くだろう。
やや縫製の荒い制服さえ用意できれば潜入可能だったのは幸いだった。
村に戻ると制服を処分しいつもの服装に戻る。着慣れなくて仕方なかった。
森の近くで茶を飲みパンと肉をかじっては簡易な夕食をとる。食事が不要な体になって久しいが、食べたくなるのは仕方のないことだと思う。
いち早くマノンとレンカには再会して欲しいと強く思い、しかしそれは間もない出来事になるだろうと確信しながら一番好きな時間帯である夜中になるのを待った。
——ところで。
「元人間で現使い魔のお前如きがハゲガキですって? とんだお笑い種ね、くすくすくす」
と、報告を受けたリーザベルは片腹痛いとばかりにゼグを冷笑したという——
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