4-1 入浴と着替え
「ねえリーザ、レンカ、イレーユ、時間さえあれば私と一緒に入浴しない? この後着替えするでしょ」
「時間に余裕があるみたいなのでぜひともご一緒したいです! よろしくお願いします」
「……私は僭越ながら退かせていただきます」
「そうね、あとは仕立て屋が来て着替えるくらいだし、一緒に入りましょう。シトニ、準備を」
「湯浴みの準備であればいつでも整っております! 皆様どうぞ大浴場へいらっしゃってください」
……なんとルーノディアナから誘われ、入浴することになった。
険しい表情をしていたイレーユではあったが、今のところリーザベルが優勢にあるらしくリーザベルへ、より丁寧に深々と頭を下げていた。つまり、勢力として正反対にありながら筆頭のリーザベルには逆らえないという構図らしい。
リーザベルもそうだが、大悪魔たるベレイクス卿はまだ理解できる。しかし、それならイレーユが名を耳にしただけで顔を青ざめたルーノディアナとは一体何者なのか。
茶菓子に安価なものを好むというやや奇特な趣味はおいておくとしても、服装の上質さから見るに市民ではなさそうなのは確定できる。それなら、どこかの貴族令嬢?
イレーユも東部の大部分を統治するナルキアス家の令嬢。主人たるリーザベルにしても西部の統治をしている名家の令嬢兼跡取り娘。つまりは、前者に劣らないもしくはそれ以上の権威を誇る家の出身であって……。
「ーーまさか、ね」
「何がまさか? 是非とも知りたいわ、レンカ。貴女、何を考えていたのかしら?」
「レンカー、本当は私達とお風呂入るのイヤだとかそんなんじゃないでしょねっ!?」
「ルーノ様とご主人様と湯浴み出来るのは嬉しいと思っていますよ! これはですね、イレーユ様が私のことをなんとか認めてくれたみたいなのですが、まさか私の自惚れじゃないかなと心配になりまして」
「貴女は微塵も自惚れてなんていないわ。貴女が満足行くまで術の研鑽に付き合うから。それからでも悪くないでしょう?」
「そ、そうですルーノ様。ご理解が早くて助かります」
何について考えていたか誤魔化せたようだ。ルーノディアナの出自については深掘りしない方が現状においては得策だろうとレンカは思索した。主人と親しい朋友という認識のままでいいではないか。
何はともあれ、着替え前の入浴だ。脱衣所で服を脱ぎ、大浴場に足を運ぶ。
そこではメイドが何人か待機していた。
「お嬢様、友人様、レンカさん、此度はよろしくお願いいたします」
「ここに入るの久しぶりね。頼むわ」
「こちらこそよろしくー」
「よろしくお願いしますっ」
メイド達に手伝われ、髪や体を洗っていく。
そんな中。
極めて整った容姿の主人だなとリーザベルに対して感じていたが、ルーノディアナも負けない容姿端麗であった。
顔立ち、体つきからして人間とは容姿の基準が違いすぎる。
肉で出来た身体と魔力の塊で出来ている悪魔では、そもそもの基礎が違うせいだろうか?
綺麗な服を貰った程度で冥界の街中を歩いていた田舎の村娘の自分が恥ずかしく思えてきた。
「あのー、いないとは思いますけど今まで人間と恋愛した個体っているんですか?」
「レンカってば変わったこと考えるのねー。少なくとも私は知らないと答えるしかないわ。絶対にあり得ない」
レンカは気分転換になるかと思い、気になっていた疑問を投げかけることにした。
真っ先に口を開いたルーノからの返答はそうだった。続けてリーザベルが解説を始める。
「混血児がいないって話を前にしたのに。けれどまあ、いいわ。恋愛感情なんて沸く訳ないでしょう。そうね、例えるなら家畜の食餌に恋するようなものよ。でなければ牧場の牧草に恋慕を抱くなんて表現をすることもあるわ。前提からしてあり得ないでしょう? 魂が美味しいから生かしている、ただそれだけよ。たまに人間を無理矢理術で生かして冥界で飼っている貴族もいるけれど」
「そんな事情があったのですね。ちなみにどうして人間が生きられないのですか?」
「太陽がない世界だからだと思うわ。人間は何かと太陽を尊重するじゃない。農耕にしても冥界では気象操作の術で成立しているけれど、人界はそうではない。だと言うのに地域によっては厳しいところもある。人間が生きられる世界は一つしかないというのに、非常に生きづらい環境があるって話よ。それでも太陽が恋しいのか、ない世界はよほど極寒なのか人間は数分で息絶える。そうでなくとも、冥界で人間を見つけたらすぐさま狩人へ連絡が入り、狩られて終わり」
魂のなくなった人間の遺体は人界の僻地で焼いて終わりだと言う。
自分が狩られる側にいなくて良かったと思い浮かぶ辺り体構成や魂だけではなく思考まで人間じゃなくなったんだな、とレンカは思う。待ちわびた状態だと言うのに。
「まあいいわ、それにしてもいいお湯加減ねー」
「私はルーノのドレスが早く見たいわ」
「私はリーザのも良いけど見慣れてるし、レンカのドレス姿が見たいわ!」
「期待してくれてありがとうございます、ルーノ様」
「礼を言うのはまだ早いってー」
リーザベルもルーノディアナも長髪だ。メイドに手伝われながら洗髪し、三人で丁度いい温度の広大な湯船へ存分に浸かった。
風呂上がりに用意された着替えは三人とも仮のワンピースだった。
目立った柄や装飾は見当たらないが、生地は相変わらず上質であった。
談話室で過ごしているうちにシトニが伝言する。
「お嬢様、レンカさん、仕立て屋が来訪しております。ルーノディアナ様は別室でお着換えをお手伝いしますので別個にご案内しますね!」
「あら、そう。ならいつもの部屋に通して。レンカ、行くわ。着替えよ」
「はい! 仕立て屋ってことは、ドレスですか?」
リーザベルが頷く。仕立て屋とは間違いなくシェフィのことだ。シトニが先導で案内し、更衣室へと向かっていく。
今着ている服も上等な品ではあるが、別物であるドレスなんて着た経験がなかった。
どのようなものが来るのだろう。楽しみで仕方なかった。
「リーザベル卿、レンカ様、ご注文いただいたお品です!」
シェフィは満面の笑みで2着のドレスを取り出していく。
一着は暗色のドレス、もう一着はほぼ正反対の明色な色合いをしたドレスであった。明色のこれは橙色で腰に緑のリボンが装飾としてある。
「こちらがリーザベル卿のものです」
「予想以上に素敵な品だわ。ありがとう、シェフィ」
「いえいえこちらこそ!」
リーザベルが鏡台の前に立つと、シトニが更衣室の個室にあるカーテンを閉め、下ろし立ての新たなドレスへと着替させていくのがわかる。
ちらりと視界に入った暗色のドレスは全体像が分からないが、それでも気品溢れるリーザベルに相応しいのだろうとは容易に想像がついた。
出来のいいドレスほど、着替えるのに時間がかかるということはレンカのかすかな知識にもある。重要なパーティーのため冥界の最新技術を駆使したものであれば尚更のこと。それをいかに丁寧にそして素早く手伝えるかがメイドとしての腕の見せ所であったりする。
やがてカーテンが開かれ、ドレスの裾が見え隠れする。
「お嬢様、いかがでしょうか?」
「良いじゃない。素敵な仕上がりよ、シェフィ」
「なら良かったです、リーザベル卿」
「レンカさん、続いてお手伝いしますね」
「は、はい!」
カーテンを閉めて湯上がり用のワンピースを脱ぎ、明色の布地へと袖を通していく。新たなる繊細な生地の感触が肌に伝わり、すぐさま馴染んでいく。
「レンカさん、こちらです」
「わあ、こんな素晴らしいの着たことないです! シェフィさん、ありがとうございます」
「いえいえ、お客様が喜んでくれるならいくらでも仕立てますから」
鏡に映る自分は、別人のようであった。
――ところで。
悪魔は鏡に映らないから人間と容易に見分けがつくと言う噂を知ったのは、怪しい教団の流布していた教典だった気がする。
「映るじゃん」
「え、何々、何の話かしらー?」
青空色のドレスが眩しいルーノディアナが別室から部屋に入ってきた。
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