3-10 当主代行の自慢と
旧年はたくさん読んでいただきありがとうございました
本年も執筆を続けていきたく思います
「それでですね、レンカ。話題は大きく変わるのですがリーザベルについて話したいことが多少あるのですよ。良ければ聞いて行って貰えませんか?」
「あっはい。ぜひ聞きたいです。ご主人様のこと、ほとんど知らないので」
これ、最後まできちんと聞いて内容を把握しないと後々恨まれる場面だ。そうレンカは即座に判断し、同意の返事をすることにした。
それに、主人に関する話をほとんど聞いていない。リーザベルがほとんど自己についてほとんど話さないからというのもあるが。もっと知りたいと単純に好奇心が湧いた。
「リーザベルが生まれてからすぐにシトニという専属メイドを付けました。貴族の子弟はメイドに飛行を教わるのが通例です。すぐ飛べるようになるのは当然でしたが、螺旋飛行まで習得していました。シトニですら困難とする飛行方法をです。そしてべレイクス卿に預けてからわずか数年で魔力量の多い術を多種多様、無限と思えるほどの術を扱えるようになったのです。気象を操作して本邸付近にのみ雨を降らせるだとか、地形を変化させるほどの威力を持った術すらも簡単に。ま、うち領主の家系なんでリーザベルの術の影響で地図を書き換えるくらいなんてことはないのですから。とはいえ初等学院を出ないのは流石にどうかという話になり主席卒業。高等学院も首席で卒業です。同期にも優れた術師の卵が沢山いたのにも関わらず、です」
長い。あまりにも長い自慢話だ。それだけ娘たるリーザベルを誇りに思っている証左でもあるのだが。
「初等学院への入学前に習得した術の中にそれこそ異界創造・異空間構築もありましたね。先程発動させたのはリーザベルだけではなく貴女でしょう、レンカ?」
「――はい。お邸の中で失礼ながら。小規模だけど、ご主人様に教えてもらって発動させたのは私です。立会人というか見届けてくれた方にイレーユ様がいました」
「そうですか。ナルキアス家の令嬢が立会人であればきちんと見届けたのは私が保証します」
同じ邸宅内とは言え階数が異なるというのにどのような術が発動されたのか把握しているあたり、領主代行の肩書は伊達でもないようだ。術師としてかなり優秀ということだろう。
ふと、ずっと黙っていて話に介入していない主人のことが気になり、レンカはそちらの方を向く。
どうやら視線をソレスディアから逸らすことに集中しているようだ。長い前髪で顔の一部分が隠れるほどまでに頭部を下げて。
その頬にはほのかに紅が差していた。
これはつまり、まさかなんて単語を使うまでもなく……そのあれだ。実母に自慢話をされて少し照れているのか? いつも冷静沈着な主人リーザベルが?
契約した主人は思っているより感情豊かのようだ。それを表に出すのが稀というだけで。
「……オホン、少々長かったようですね。聞いていますかリーザベル? ともかく、今宵の披露目パーティーには主催と当主代理を兼ねて挨拶してもらいます。その場で当主代行から代理に移ってもらうということ。そう、近いうち――少なくとも100年以内には承継をし、正式に当主となってもらいます。いいですね?」
「……100年と来たか。案外近いかも知れないわね。えぇ、その任受けさせてもらうわ」
「その意気ですリーザベル。少し見ない間にまた成長しましたね。眷属が出来たからですか?」
「そう受け取って貰っていいわ。不老不死たる我ら種族に成長なんて出来るのね」
眉をぴくりとも動かさず、いつもと態度も何一つ変えず急な依頼にも応じている姿はまさしく令嬢、否、名家の後継者だ。
「レンカが楽しんでくれてシトニも眷属になったというお披露目ができれば上出来なのにね、当主代行は厳しい厳しい。100年なんてあっという間じゃない」
リーザベルがそう漏らすと、ソレスディアが娘の方をわずかに睨む。痛い視線がこちらにまで飛んでこないようにレンカは無意識に頭を下げ、視線を逸らした。
リーザベルの本音として、本当は親しい知人を集めただけの小規模なパーティーでも構わないと思っていたようだが名家というのはそういった道理は通らないというのが貴族社会の掟あるいは矜持というものだという。
「……貴女は私の公務も分担してやっているでしょうに。それはそれとして、司会が私にとっての曾祖父であり貴女にとって高祖父たるべレイクス卿であれば何ら問題もないでしょう。それにしても、彼はどの年齢の外見で出るのでしょうか? まさか、少年の姿で出るのではないですよね?」
「その心配する気持ちはわかる。それは司会を受け持った彼なら流石に成人の姿で出るわよ。仮装大会でもあるまいし。彼も歴とした著名者よ、一応」
「私はリーザベルのその言葉を信じます。お披露目パーティー、沢山来客があるといいですね」
成程、身内だからこそ辛辣な感想が出てくるのか。大悪魔にして曾祖父たるべレイクスに対する敬意は払っているようだがどうも最低限しか感じ取れない。
話が済んだということで当主夫人の執務室から許可が下り、レンカとリーザベルは執務室を退出していた。
レンカは長い、しなくてもいいため息をつく。そこでようやく緊張していたことに気付けた。
しかし同時に安堵した。何せ眷属たる自分に対しても丁寧な応対は敬意を払われているからだ。
転移を用いず、二人で足を使って螺旋階段を下りていく。ただリーザベルに先導されるがまま。
しかしどこに行くというのか。気になって堪らず――
「ご主人様、どこに向かっているのですか? お着替えはまだですよね。お茶会ですか?」
「貴女に見せたいものがあるのよ」
質問が口から飛び出てしまったが、リーザベルはそれだけ返事をすると案内されるがまま再び階段を上り終わり、広い廊下を進んでいくが両開きの扉の前でやがて歩みは止まった。
何の部屋だろう? その疑問はすぐに氷解した。
「ここがお披露目パーティーの本会場よ。開場はもう少し先だけれど準備は完了しているし一足早く覗いてみる? この程度令嬢権限でどうとでもなるわ。主役は遅れてくる? そんなのどうでもいいし今宵の主役はレンカ、貴女よ」
「えっ、いいんですか? わーい! ――静かにします。済みませんでした」
こちら側には何も聞こえてこない重厚な、案外質素なデザインの両開きの扉。そこでリーザベルが丁寧に開くと。
「な――これがパーティー会場ですか……。広いしいい香りが絶え間ないです!」
そこは談話室よりも遥かな広さを誇っている。生まれてこの方見てきたどの家の部屋より広大なのは確か。飛行することも考慮しているのか天井も遥かなる高さだ。シャンデリアがまるで星のように煌めいて輝いている。
準備の整った料理の数々も蓋こそされているが鼻腔をくすぐる様々な調味料の香り。
人界で短期勤務した大都市のパーティーとは比べものにならない豪華さ。人界の貴族と言ってもこちらに比べれば大規模でもなければ華やかさが足りなすぎる。
ここにどれだけの来客が集まるのだと思うと背筋に冷や汗の滴るような感覚を覚えた。今となって冷や汗をもうかくことはないのであるが。
それぞれ話している内容は耳に届かないが、薄い橙色の髪をした一人のメイドが現場で指揮を執っているようだ。シトニと背丈は同じように見えるが、感じる魔力は結構高い。扉がそっと閉められる。
「とまあこんな感じよ。あとはどれだけ実際に集客できるかにかかっている。今回は市民も参加可歓迎にしたから賑やかになるといいわね。市民は主に庭で会食をすることになっているわ」
「でもその庭もすごくキレイなんですよねっ?」
「それは勿論のことよ。庭師が常駐しているから常に手入れがされているわ。この場で見せることも可能よ」
リーザベルがしなやかな指先で空中に長方形を描くと、魔力で構成されたフレームが形どられる。
そこには整えられた芝生、様々な花が咲き、ガーデンオーナメントが丁度良く配置されている立派な庭園が映し出されていた。魔女には不可能な魔術だ。
そこではそれなりに着飾った市民であろう人達が既に集まっていて、談笑をしているであろう光景が見える。
「わわわっ、こういったことも出来るんですね!」
「これは同時進行で自分の知りたい場所を映し出す魔術よ。但し、自分の行ったことのある場所であることが条件だわ。これもレンカに教えた方が楽しそうね。ちなみに高等学院で習うような術だけれど異空間構築に比べれば習得がずっと容易な部類よ」
「そうですね。それだと、第二都市の別邸の様子くらいなら映し出すこともできますよね?」
「可能よ。ポイントは別邸のある位置に魔力を飛ばすような感覚で構わないわ」
「やってみます!」
指先を動かし、正方形を作ってみる。形であればなんでもいいとのこと。
自分がリーザベルの魔術で悪魔に転化して冥界で初めて招待され、ベッドの上で目覚めた第二都市の別邸。
シトニというメイドに食事を出してもらったし、人界のより遥かに清潔な浴室でも入浴だけではなく用意してもらった上質な着替えの服。
これでいい。ありありと思い出せる光景だ。
「あら、映ったじゃない」
「本当だ! 教えてくれてありがとうございます、ご主人様」
「この程度ならレンカも出来るわ」
虚空に描かれた正方形には家主が不在の間、別邸で清掃を行っているメイド数人が映し出されていた。
いつの間に入ったのだろうとか野暮なことを思いついてしまったが、魔術は無事に成った。
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