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1-2 契約成立 現状を確認する

リーザベルとの契約が成立したレンカは主人の邸宅に案内される。レンカにはとある変化が訪れていた


「レンカ、調子はいかが?」


 上質なソファの上で、レンカは微睡から目覚めた。それはそれはゆっくりと緩慢に目蓋を開けて。

 そして同じく上部から聞き覚えのある声が降ってきた。


「おはよう、ございます……。どれくらい、眠っていたのですか?」


 主人となったリーザベル曰く、時間で言うと半日程度とのことだと。

 呼吸も心拍数も安定している。そして体内を流れる魔力も。主人とこう会話できるのだから上出来だと。

 結果から見ると、契約にまで至ったのだからなんら問題はない。リーザベルと名乗った悪魔がレンカの想定を超えるほど契約を歓迎し、主人と成ったのだから。

 契約は相手を指定しない種別のものがある。どのような要因が絡み合ったかまでは判別できない。しかしレンカは間違いなく、相当高位の悪魔と契約した。

 そう。レンカは今、人の世から冥界に移動しているだけではなく、悪魔リーザベルの所有し住まう邸ひいては客との談話室に招かれたのだ。 

 悪魔が人の姿をしていることは知っていた。レンカはいわゆる末席の見習いの見習い程度であり、直接その姿を目にすることは滅多にない。


「そうね……貴女、まだ人間で言うところの成人前だったはず。大抵は安定しない魔力に振り回される方が多いのに。やはり器が変わる前から違うのね」


 ……リーザベルは今回の事に関して、様々な資料を当たった。その結果として大抵の場合、三日間から七日間は目覚めない事が多いという事も知る事が出来た。それも事前に知っていた情報だ。

 契約後三日間は寝込んでもおかしくないと。レンカは、魔力に満ち溢れる自分の魂を感じ取る。


「まずは初心者卒業を評価する。どう、念のため休んでおく?」


 レンカは身体の無事を伝える。疲労や肉体の痛みは一切感じていない。


「そう、ならレンカの寝室に移動するわね。より楽にできる場所ってことで」


 その一言で、レンカは主人の後をついて移動する。


「わ、ぁ……」


 レンカは案内された部屋の立派さに驚嘆した。少なくとも今まで見てきたものよりずっと広い。家具や調度品のいずれも豪奢だ。

 ごくごく小さな村に建つ普遍的な家に住んでいたレンカにとって、このように豪華な部屋で寝泊りするなど夢のまた夢。それが自分にそのような毎日が訪れることなど予想できず、慌てて断る。ここ以上に絢爛な部屋を見せられた日には卒倒しかねないとすら痛感した。


「今夜からはここで寝泊りして。希望があれば別の部屋でも良いのよ?」

「い、いえ結構です……とても立派なお部屋なので驚きました。ではここをお借りしますね!」


 掃除は従者がするので、他は好きに使っていいとのこと。少しながらも落ち着いているレンカの視線の先に、持っていた鞄が置かれている。


「私は冥界に家を持ってるの。新しくはないけど貴女くらいなら過ごせる部屋もあるし、良ければ住んでみない? これからは好きなものを置いても構わないよ。というか私としては、これから貴女がこの部屋をどうするか楽しみなのだけど。たまには見に行ってもいいか?」


 突然の妙に砕けた口調に、レンカの表情が固まる。


「そ、そうですね。いずれはご主人さまにお見せできるように」


 主人はベッドから程よく離れた椅子に腰かけ、表情そのものを一変させ。


「契約のことを後から説明するのは卑怯かもしれない。けれど本契約をせず仮のままだったら、貴女は極めて危なかった」


 危険?あの悪寒を起こした原因のことだろうか。


「結論から言うと、レンカの魂を狙っている者がいた。私が召喚されたことにも気付かれたようだけど流石に第三者。恐らく契約内容まで考えなかったのでしょう」


 主人の顔見知りだという彼は、わざわざ人界に出向いて魂を探る業者で魔女であっても感知するのが困難な存在だという。

 だが大前提として、同族の魂を食らうのは不可能。つまり契約する前のまだ人間でいるレンカを狙っていたのだ。


「それなら安心できました。なんだか早々、ご主人さまへ手間をかけさせてしまいましたね」


 レンカは魂を狙われるという危機感を持ち合わせていなかった。だが、こういった事例は極めて稀だ。未遂とはいえ契約前の魂を横取りなど、非難して然るべきこと。


「構わない。怪しいのがいるってことも誰かも分かったから対処は容易だった。実行しなかったのは、私の存在に気付いたからでしょう。もし顔を合わせても……私が改めて対処し直す。えぇ徹底的にね」


 最後の言葉遣いに尋常ではない力と昏い笑みも混じっていた気がして、レンカは安堵する。頼っても良い主人など考えもしなかったが、それは新しい発見にしても十分すぎた。


 少女―レンカーはそのまま上半身を起こし、主人からの朗らかな挨拶に応える。

 ……ふと触れた髪を数本、指の上に乗せてみた。


「あれ……この色じゃない。染めましたっけ?」


 そう戸惑うレンカにリーザベルは、シンプルながらもよく磨かれた、首あたりまで映し出せる手鏡を差し出す。要は見た方が早いと察し、率直に見やる。


「こ、これは……」


 かつて焦げ茶だった髪の色はすべて、僅かなる一本たりとも残らず翡翠色になっていた。

 それだけではない。髪色と同じだった双眸の色合いは、緋色とも赤色ともつかないものへと変貌していた。

 驚愕するほかないが、確かに願っていた感情はあった。もっと他の色になりたい、要は憧れていたのだ。しかし完全に変える術式は出来ない。莫大な魔力が必要だからだ。

 ――ヴェルクローデン=リーザベルと名乗った立藤色の髪を優雅に流している悪魔は人間だったレンカを同族に変え、そして髪色まで変貌させたこととなる。そう仮説を立てなくば証明できない現象。

 人間の扱える魔力量など、高が知れている。それは即座に覚悟し慣れていかなければならない。


「凡そ理解したようね。それにしても目覚めるのが早いわね。既存の記録を漁ってみたけど一助になったに過ぎない。それよりも、その髪の色は素敵ね」

「これはこれは単に私がなりたかった色ですし…」


 無駄だと分かっているというのに、慌てて説明する。


「いいえ、それは誇って良いのよ。緑は花を引き立てる色。翡翠のようでもあるし綺麗じゃない」


 主人はレンカの髪束へ細く程々に長く白い指先を絡めさせる。それはさながら柘植の櫛で梳かされるような感覚でこの上なく心地良かった。

……

………

「荷物ってこれだけ? 年頃の少女にしては妥当な量だけれど」


 移住済みということで、レンカが持ってきた荷物一式の整理および荷解きする流れになったのだが。

 路銀は別として、数日分の食料と着替えしか入っていない。それから。


「はい! それからこれなんですけど……」

「これって……結構前のもののようね。私には分かる」


 レンカは荷物入れとは別に、ずっと持っていた手記を見せる。魔力を持たない人間には全く読めず、開くことすら能わないそれ。何の気もなしにレンカの荷物を整理する手伝いをしていたリーザベルはそれをレンカから受け取る。


「数年前に貰ったんです。最初は本当に何が書いてあるか分からなかったけど、今は読めます。この世界の文字だったりします? 寝る前に読んだりしてますから、内容はほぼ覚えていますよ!」

「これをずっと、そんなに読んだりした……? それも育つ時期の、寝る前にまで――そう、そうなのね」

「……え、はい。そうです。私が家を発つとき、ただの本じゃないと思って荷物と一緒にしないでいたのですよ?」


 リーザベルの反応は素っ気ないもののそこには何かの感情がある気がしたーーが、レンカには分からない。試しに魂を見ることで判定しようとしたが、何かがあるという確信でそれ以外は不明のまま、レンカに戻されて終わった。


「取りあえず今後、役に立つかも知れないので持たせてください!折角、ご主人さまと契約して嬉しいので、少しくらいははしゃがせてください!」

「それは構わないわ。そう、私と契約したことがそこまで嬉しい?いえ、私も貴女と契約出来て、呼んでくれてありがたいくらいよ」

「それはその、私のように年若い魔女だと稀なことだと、熟練のものに召喚してもらってから契約してもらうって聞いてますし。ご主人さまのような方と出来て本当に良かったって思ってます!」


 レンカの笑みには一切の混じり気がない。


「さて、改めてようこそ冥界へ。レンカには幾つかして貰うことがあるから順序立てて説明するわ

。髪を分けて、耳とその近くを見てみて」

 レンカは頭部、具体的には耳の後ろ周辺に違和感を覚えた。耳の辺りを確認するため、鏡を再び貸してもらうと。

「これって角ですか?それに、耳も」


 両耳は斜め上に尖っていた。

 一台の姿見と手鏡を同時に用いながら触れる限り、円を描くように曲がっている角は後頭部に向かって生えている。

「それが今の貴女の本当の姿。一時的に不可視にもできるから安心していいのよ。あぁそれとレンカ、口を開けて。ちょっとしたご褒美をあげるわ!」

「はい……え?」


 言われるがまま、レンカは口を開けた。間髪入れずに、何かが押し入ってくる。

 大きさからしてお菓子か何かかと思ったが、舌に触れた途端、未知の味わいに背筋が凍る。噛める、摘み立ての葡萄のようでいて似て異なる触感に驚きを隠せないまま飲み込んだ。

 呆然として一体何を入れたのですかと問おうとしたが、レンカはそれが何なのか気付いた。今までになかった感覚がそれは普遍的な食べ物ではないと教えてくれるようだった。


「これってまさか――えぇと美味しかったです、ご主人さま」

「気付いたようね。それは貴女があの時の私に差し出した人間の魂の一つよ、ふふっ」


 悪戯っぽい、しかして優雅な笑みのまま答えられるが納得するしかない。主人は温和な笑みのまま、いつの間にか大量の魂が詰め込まれている小綺麗な箱をテーブルに置いていた。


「別に魂を食べなくても生きていけるわ。量に関係なく魔力も上昇しないし。辛みは別として……言わば第六の味覚があると云う。それが今レンカが味わった、人間の魂の味よ。それから菓子も紅茶も分かる既存の味覚は健在だから安心なさい」


 未知だった味覚、以前であれば知り得なかった感覚。


 ――それらを以って初めて食べることが出来た自分は、既に人間ではない。レンカは得も言われぬ喜びに、悪魔によって悪魔のモノとなった魂を震わせた。 


「もうあなたは一人前の悪魔。可憐な少女よ」


 ふと見上げると、見目麗しい主人は魂の底から愉悦の表情で嗤う。

 だがそれは瞬きする間に、穏やかなものへと変化していた。




ここまでお読みいただきありがとうございました!

pixiv小説で分かれていたものをくっつけて投稿しました これからもそういった再構成がちょくちょくあるかもしれません


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