3-9 当主代行
今年最後の更新となりました
来年には1章完結まで持っていきます!
「お嬢様、レンカさん、イレーユ様お疲れ様です。紅茶のお替りです」
「どうも」
「いただきますね!」
「いただきますわ」
空間が消去され、何事もなかったかのようにシトニは流れるような仕草で紅茶を淹れ直して給仕する。朗らかで万能なメイドの一端が明らかとなったようにレンカは感じ取った。
温かい紅茶と歯応えも舌触りもよい茶菓子を一通り満喫した。
「レンカ、貴女には私の母様に会ってもらう。母は都合上お披露目パーティーには出られないから、代理としてべレイクス卿が出る。ともかく、貴女となら打ち解けるはずよ」
「そうなんですね。少しだけど楽しみです、っと、失礼のないようにしますね」
二人で転移し、最上階の領主専用執務室のドア前に立つ。いい木で造られている両開きのものだ。
そこに、彼女がいた。
白金の髪はいつか見た夜空の星のようで。紅色の双眸はどこか品があり。
鼻梁から唇をはじめとした容姿の整いぶりは娘たるリーザベルにそっくりそのまま。受け継いだ血の力というものだろうか。
勿論膝の隠してある丈が長く、紺色の落ち着いたロングドレス。
そしてレースで飾られた裾からわずかに覘く、ヒールの低い靴。
全体像が完成されている。
――これならば今より豪奢なドレスを着込んだ主人リーザベルはどれだけ見とれてしまうのだろうかと。夢想してしまうくらいには。
「わ、私はご主人様の眷属となったレンカと言います。どうぞ今後ともよろしくお願いします、ご主人様の母君」
「よき挨拶ですね。私の名はソレスディア、本来ならば領主夫人の身ですが現在は領主代行を務めています。貴女がリーザベルと――そう、良い契約ですね。魔力循環も良好でしょう」
落ち着いた話しぶりはまさに領主夫人に相応しい。しかし聞き逃せない言葉があった。
「私とご主人様との契約回路が見えるんですか?」
「母様なら見えるわよ」
「ええ見えますとも。それなりに生きていてもそうでなくとも、習えばこの程度は可能。それはそれとして、私からまず言いたいことがあります。レンカ、貴女が元人間だという事実はしばらく隠す方がよいでしょう。それは至高の大悪魔たる我が娘リーザベルの特異たる能力なので」
「そう言うと思ったわ。私もその方針には賛成だけど」
「特異なる能力、ですか……?」
はっとレンカは思う。転化できたのは主人と契約できたからではないのか――?
契約ですら必須ではないというのか――?
「私が知っていることは、リーザベルは契約してもしなくとも魔術のみで人間を同胞に転化させるのが可能であること。他者であれば、本契約をして初めてようやく行使できる術でしょう。リーザベル、貴女のそれは他者に譲渡可能?」
「譲渡は可能よ。最初に術を行使したのは獣だったかしらね」
「それは便利ですね。けれど私達のような存在と契約しないままの人間は消滅する一方で契約した場合の人間あるいは魔女もしくは術師は獣になるというのが一般常識。大悪魔となった娘にはそれが通じないのですが」
「それで? そういえばあの獣、転化した後どうなったかしらね」
「何を言っているのです。今の貴女の使い魔で名を――ゼグと云う」
「それはそれは。使い魔まで覚えているとはなんて律儀なんでしょう」
とぼけるリーザベルに肩をすくめるソレスディア。
…
……
………
だが、しかし。
かつて術師であったゼグは、一体誰と契約したのだろう。契約の主人がそのまま術師へ獣に魔力を与えるとは限らない。別々だというパターンなどいくらでもあること程度知っている。
最も確実なのは、使い魔となったゼグに直接問い質す方法。本人に記憶は残っているから、確実ならばそうだ。確実、ならば……。
ゼグと契約した主人たる悪魔を探し出し、問い質すのは容易ではない。大悪魔としての権限はそういった方面に使いにくい。
……ただ。
――もし己がレンカを獣にしていたら自分はきっとではなく絶対、永遠に後悔する。それだけは確実に言える。
永遠。あの日あの時起きたあの出来事から、考えるのを止めた事象。
そう。あの狩人ゼグは獣――元は人間の術師であった。獣となったゼグに魔力を与え、主人となったのは誰あろうリーザベルの実父たるヴェルクローデン=ジャンテリオンだ。
「何てことはない。私は自由でいたいと願った狩人、かつては獣だった奴を縛った。やったことは父様と同じだったわけね」
己の実父がどの獣に魔力を与え、転化させたのか事前に把握するべきだった。その程度、令嬢としてではなく次期当主としての立場であったなら教えてくれただろう。
溜め息が出る。しかしそれは決して不快なものではなかった。次回への学びがまたもう一つ出来たとリーザベルは考え直す。
「リーザベル、我が夫ジャンテリオンはそのゼグの契約主人だったのですよ」
「――そう。私が考えるまでもなかったわね」
答え合わせは不要であった。これではまるきり謎解きにもなってすらいない。
…
……
………
「あのーご主人様、ゼグって誰ですか? 使い魔に名前なんてあるんですか?」
「あるわよ。今回は特例ね」
レンカは質問をする。
使い魔は己の魔力で生成し、事あるごとに道具のように使役するもの。眷属とは似て非なる存在。
それがレンカの知る使い魔についての知識。
「あるわよ。元獣だから元人間の術師。私の父様と契約した存在よ。今は私と契約しているわ」
「その例は相当珍しそうですね。ご主人様が転化の能力を譲渡されたのは父君ジャンテリオン様で、そしてゼグの契約主人になられたと。そしてそのゼグは今」
「私の忠実なる使い魔。今こうしている間にも人界でせっせと狩人としての業務を全うしているわ」
「……リーザベル、我が夫は使い魔となった存在にも関わらずゼグとも酒を酌み交わす仲だったようです。当主の座を継ぐ以前に、ゼグと契約しました。私が知っていることはこれだけです」
獣から転化したとはいえ、使い魔はどこまでも使い魔。リーザベルの知る実父はやや豪放磊落な一面もあったが、それでも当主の地位を継ぐ者として、最低限の分別はあったはず。そのような名家の後継者が使い魔と同席し、酒を酌み交わす。あまりにも例外すぎる。
「そして今現在、我が夫は”眠っている”。”深遠なる眠り”については聞いたことがありますか、レンカ」
「……はい。どう予測しても誰に来るとも分からない苦しみだと聞いています。幾人もの学者がどれだけの数の仮説を立てても全て崩される唯一の脅威だと。当主の方がそんなことになっているとは」
「仮説が崩れる? なるほど、どうやらレンカに説明したのはべレイクス卿、私にとっての曾祖父のようで。えぇ、なので不肖ながら私が当主代行夫人なのです。今の地位になったのはおよそ200年前のこと。あの日は……そう。我が夫が当主となってからの誕生日祝いのパーティーの終わり頃にそれが起きた」
「――――」
感情の起伏の乏しい音で語られるきっかけ、苦いどころではない思い出にレンカは絶句した。
……折角生まれた日を祝福する習慣があるのに、と。
主役がそうなってしまってはこちらとしてもどうしようもない。
ただ、待つしかないのだ……。
「当主としての公務も軌道に乗り、リーザベルも高等学院を首席で卒業。正にまだまだこれからという矢先に起きました。薬も毒も効かない魂に体の前では何もできない。魔力の補給もまるで無意味だった。ですが、いつしか絶対に来る目覚めを待っているのです。その日は必ず来ると、先人達によって証明されている」
ここまでお読みいただきありがとうございます!




