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3-8 レンカの異空間構築

久々の更新です!

レンカの魔術修行(上級者編)となっております


「あらイレーユ、貴女なら高等学院で習ったはずでは?」

「それはもちろん習いましたわよ。ですが小規模で、貴女ほどではなくてよ」

「そう、出来るのね。いいわ、今はレンカの為に教えるのだから。異界構築はその下位互換として異空間構築がある。どちらも基礎となるものは同じ。最初は後者から習得するわ。ほら、こうしてね」

 

 大規模な魔力を感じたのはほんの一時だけ。その気配がすぐに消えて何事が起きたかと思えば。

 周囲の風景は紅茶の香りが漂う談話室から、無機質な何もない空間へと置き換わっていた。

 自然もなくただそこに在るだけの空間だが、呼吸の方はしなくてもいいので心配なかった。

 控えていたシトニを探せばすぐそばにいた。驚くべき状況のはずなのに眉一つ動かさず無言で佇んでいるあたり、恐らくこの空間を造り出した主人たるリーザベルのこの魔術に慣れているのだろう。

 空も大地も何もなく翼を出してもいないというのに、レンカは体に浮遊感を感じた。地に足がついていない感覚が魂にまでまとわりついて離れない。

 イレーユは上部をはじめ足元に至るまで観察のごとく凝視している。複雑な高度の術式に感心しているように時折、数回か頷く。


「異界、構築でしたっけ? うわわ、これがご主人様の魔術なんですね! 火炎を出すとか飛行だとかそういうのとは全く次元が違う気がします」

「そうね。高等学院である程度の実績を積まないと教本すら渡されない。ちなみに私はべレイクス卿から習ったわ。彼は高等学院で教授だった経験もあるから当然と言えば当然ね」

「……なるほどですわ。やっぱりかの方も格が違いますわね」

 

 レンカはひとしきり驚愕し、目を白黒させている。話の内容を理解するだけで精いっぱいだ。 

 そうこうしているうちに空間は瞬く間も与えられずに元へと戻った。先ほどまでの茶話室のままだ。紅茶も冷めておらず、茶菓子も出されたときのまま。

  

「さて解除と。それではレンカ、今のをやってみて。異空間構築で構わないわ」

「はいー!? 流石にきついですよ次元が違うしそれはもうめちゃくちゃ難しいんですよね……――いえ、やらせてください! 失敗するかもしれませんが」

「その心意気よ。とは言え今のままでは厳しいからレンカに私の魔力を一部融通するわ。最初だから自分が一人入るくらいで丁度良いでしょう」

「ありがとうございます! ご主人様の力、お借りしますね」


 レンカの礼の言葉が言い終わるか終わらないかの合間に。

 契約によって繋がった魂を通して、主人の誇る無限の魔力の堰を切った水のように流れ込んできた。一部とは言っていたがこれではまるで激流の河川のようではないか。その魔力の奔流で溺れてしまいそうな錯覚さえ覚える。

 流れに溺れては術が行使できない。レンカは目を閉じ、流れの中で自身を保つ方法を模索。

 ――そもそも呼吸のいらない体に、溺れるも何もないではないか。その流れを自分の意思で操作できればいいだけの話ではないか。  

 それから想像を絶する難度の術を想像する。自然も一切何もなく広大な、どこまでもありそうでその反面限られた無機質な空間。それを自分自身の手で構築する。

 今までに発動させた経験はない。

 だが、主人がたった今目の前で発動させた。それも難なく。イレーユも出来ると言っていたが、十数年しか生きていないレンカと数百数千年生きているような二人とでは経験や格に隔たりがある。ならば、規模の大小が違いすぎるとはいえそれとなく模倣してみるのはどうだろうか。

 気象操作の魔術のような派手さはない。翼を出さずとも飛べる魔術のように汎用性があるわけでもない。

 それは新たな次元を構築しうるもの。己だけの世界を自らの意思で構築するもの。

 人の身のままでは決して不可能な、不可侵の領域に在るもの。

 魔女ですらそれは変わらない。

 大悪魔の眷属となった今のレンカだから、できること。


「ご主人様、イレーユ様、見ていてください! これが私の使う術です」

「……僭越ながら(わたくし)ナルキアス=イレーユがきちんと見届けて差し上げますわ、眷属レンカなる娘よ」


 リーザベルは無言で頷き、イレーユが立会人の役目を最後まで果たすと宣言。

 ――音はない。ひたすら静寂な、自然物も家具などといった人工物も一切ない空間。しかし魔力の波で少しずつ確実に構築されていく。リーザベルにイレーユ、そしてシトニも立っている。


「できた、の?」

「出来ると信じていたわ、レンカ。自分ひとりではなく私達も入れるとはね」

「あらあら、出来るじゃありませんの。(わたくし)の役目は果たしましたわ」


 小さく漏れ出たはずの自分の声が木霊すように辺りへ響く。続いてリーザベルの穏やかな声も響き渡る。それから、立会人となっているイレーユのささやかながらもレンカの魔術行使を認める言葉も。  

 ――異空間構築は成ったのだ。今のそれが、室内の半分程度でしかない規模でも。


「立会人ナルキアス=イレーユたる(わたくし)はレンカが異空間構築を成り立たせたと宣言いたします」


 そう宣言するイレーユの声音は先程とは異なり、自分より若輩者が大仕事を成し遂げたことによる称賛を感じているせいかどこか明るかった。


「レンカが今できたのは異空間構築。だから次は異界構築よ。ここまで基礎ができているから練習すれば行けるはず」

「あのそれは嬉しいというかなんといいますか複雑です。これで勘弁してもらえませんか?」

「仕方ない。上出来だから許容するわ」


 リーザベルが指を振るとレンカの行使した異空間構築はツルハシで割られた氷塊のように呆気なく崩れていき、気づけばあっという間に元の室内へと戻っていた。

 

 本来であれば本人であるレンカが解除するか、立会人のイレーユがそうするべきだったであろうそれは上位互換の異界構築が可能ならば、他者の行使した異空間構築を消し去るなぞ容易いのだろう。


「用がおおよそ済みましたのでそれでは部屋へと戻らせていただきますわ。それではパーティーの準備があるので(わたくし)は一旦お暇いたしましょう。リーザベル卿、レンカ、それではご機嫌よう」

 

 立会人の役目を果たしたイレーユは澄ました表情と声で挨拶をする。踵を返しドレスの裾を翻し、ゆったりと宛がわれた客室へと戻っていった。


「ちなみにだけれどこの術式、単なる人間ならほぼ永遠に閉じ込めることも出来るのよ。私達悪魔に屈従するまでじっくり眺めることも可能だわ」


 そう教授してくるリーザベルの口元はそれはとても優雅に、しかしそれを遥かに上回る邪悪さで満ちた笑みを描いていた。


「ナルキアス家の者は代々、冥界における重要な場で司会を務めているわ。イレーユはそれを引き継いだ形になるかしら」

ここまでお読みいただきありがとうございます!

ナルキアス家の者は代々、冥界における重要な場で司会を務めています

よって令嬢であるイレーユはそれを引き継いだ形となっております

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