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3-6 本邸で過ごしてみる

ゆったり過ごしているだけの本編

 リーザベル、レンカ、ルーノディアナの3人で雑談したり魔術の指南をしてもらったり食事をとったりと過ごしている中でレンカが仮眠をとったうちに、日付が変わっていた。リーザベルの友人にして服飾店店主たるシェフィがドレスを持ってきてくれて時刻が夜になれば眷属お披露目パーティーが開催される当日である。

 その間までに、何をしていたかというと――


「ここが本邸の図書室よ。近々蔵書館を建てて領民に開放し、蔵書を増やす予定だわ。一部の本以外は自由に読んでいいわよ」

「こ、これらが冥界の蔵書……!」


 本邸らしくレンカやリーザベルの身長以上にある本棚が数えきれないほど大量に並べられた図書室に案内され、レンカは悲鳴に近い感激の声を上げていた。

 パンの焼き方や種類が山ほど載っている本や、お菓子の作り方が記されている本から、手紙の書き方に関する書物。領地経営に関連した書籍。

 きちんと魔術に関する書物まで種類は豊富だ。

 一部を除いてこの邸にいる間は読み放題だ。人界にいた頃から出回っている専門書では全て冥界の文字で記されていた。あのとき以来読めるようになって良かったと強く思う。

 片っ端からの読書で頭を使ったかと思えば。


「飛行訓練をするわ、レンカ。今回は早く、そして安定して飛ぶことを目標としましょう」

「はい! よろしくお願いします」

  

 本邸の敷地内で翼を使った二度目の飛行訓練を指導してもらった。地面から足が離れることにもう抵抗感はなかった。

 速度と安定感が両立した様子を認められたと思えば。


「次は螺旋飛行(バレルロール)ね。今のレンカなら練習すればすぐに出来るわ」

「うひゃーーー! ちょっとどころじゃなくきついです! 目が回りそうですーー!」

「目なんか回らないわよ、ほらね」


 レンカが見たことも聞いたこともないそれは、三半規管がどうなっているか理屈は分からないが目が回らなくともそれなりに人間だった頃に味わっていたきつさがあった。気のせい、のはずだが。

 人界において、ただの人間が空を飛ぶことはないのだから。そして魔女や術師であっても、こんなメチャクチャな飛び方は教わらない。

 しかしリーザベルはお手本通り、いやそれ以上に綺麗な飛行による曲線を難なく描いて見せる。

 (……この飛び方、一体いつ使うんだろう。もしかして飛行方法の大会でもあるのかな?)

 役に立つかは今のところ分からない。それでも、敬慕している主人から教わったものだ。暇つぶしになると言えば失礼極まりないのだが、いつか慣れて楽しめる日が来るのだろう。

 それも少々だが安定した。飛んでいる最中は恐怖感より爽快感が勝るからだ。

 ふと空を見ると、ルーノディアナも同じ飛行方法を難なくしていた。それはもうリーザベルに負けないほど優雅に、そして素早く。

 レンカはめげない。いつか、あのように飛べるようになりたいと固く決意した。


 どうしても落ち着かないので6時間の仮眠を摂った翌日――


「あれ、何にも夢を見なかったです!」

「悪魔は寝たとしても夢なんか見ない。人間は必ず寝る必要があるのに、脈絡もないものを見せられるなんて不便極まりないらしいわね。ちなみに私は5年ほど睡眠をとっていないわ」

「そうなんですかー。ちなみにもっと眠ってない方もいるんですか?」 

「私よ、私。かれこれ10年は寝てないわー!」

「ル、ルーノ様……すごいです。途中で眠くならないのは便利ですね」


 いつものように静かに、辛辣にそう言い放つ。5年眠らないというのは普遍的なものらしいが、それ以上の不睡眠期間の者もいるらしい。


 窓から見える空模様は冥界で最初に目覚めたときと同じく夜で雲一つなく暗い空だが、時刻的には朝方である。

 それでも娯楽の範囲内ではあるものの朝食をとるという習慣があるそうで、レンカはご相伴にあずかっていた。空腹感は一切感じないが、新鮮なサラダ、焼き立ての香ばしい薫りが漂ってくるパン、瓶に詰まったいちごジャム、バター、複数の種類がある絞りたての果汁ジュース、ジャガイモと野菜の混ぜ合わせソテー、鶏肉の蒸し焼き、魚のカルパッチョなど目にすると食欲に似たものが湧いてきた。

 食堂は至って静かである。食器のぶつかりあう音すらごくまれに鳴る程度。会話は多少なりとも許されているとのことでレンカは安堵した。

 

「おはようございます、レンカさん」

「おはようございます、シトニ」

「あらおはよう、レンカ」

「おはようー、レンカ」

 

 寝間着のままで良い朝食だということで洗顔など簡単な身支度を済ませたレンカが食堂に入り挨拶をすると、先に席に着いていた二人と給仕をしているシトニが挨拶を返してくれた。

 サラダに手を付け、グラスに注がれた野菜ジュースを一口飲む。それからソテーをフォークとナイフで分け、クロワッサンを一口。パンにジャムを塗り、かじる。


「お! これは美味しいです! こんなにいい朝食を食べたことないです」

「そうでしょレンカ、本邸の朝食は私のところとほぼ同等なんだから! ここで朝食をとるのは市民だけでなく、他の貴族の憧れでもあるのよー」

「何よそれ憧れって。ルーノ、初耳だわ」

「そうなんですか? 確かにとても美味しいですけど」

「そうなのよレンカ! 肝心のリーザが知らないなんて意外ねー」

「そういう噂を知らないでおくのは勿体無いわね。両親にかけあって市民を招待した朝食会でも開いても良いわね」

「その意気よリーザ! 次期当主令嬢」


 貴族の詳しい事情はよく分からないが、二人の掛け合いから察するに市民の領主に対する需要をきっちり把握しておくことが大事だということだろう。次期当主ならば尚更のこと。

 レンカはそのあたり全くと言っていいほど無知なのでできるだけ口を出さないようにしながら鶏肉の蒸し焼きを平らげ、無言でシンプルながらも高級そうなデザートに手を出しておいた。

 朝食は順調に終わった。ルーノディアナはドレスの身支度などやることがあるということで一旦別れた。パーティーの受付が始まる頃には戻ってくるとのこと。


「お嬢様、本日のご予定をお知らせいたします」

「許すわ。話して」

「まずナルキアス家のご令嬢たるイレーユ様が前日より宿泊なさっているのでお嬢様とレンカさんはご面会。それからシェフィ様によるお嬢様とレンカさんのドレスの確認。そしてお披露目パーティーが開催されます。パーティーには僭越ながら私も同伴いたします。レンカさんはお嬢様とご一緒にが基本ですね。本日のご予定は以上です!」


 流れるように淀みのなく話し出すシトニの業務報告に感心してしまう。声には出さないが。

 来賓室へと移動し、イレーユを迎え入れる準備を整える。

 

「イレーユの様子はどうかしら?」

「はい、それがですね。担当を受け持ったメイドの報告によれば客室に宿泊されたときからずっと一見して落ち着いているようにお見受けしますが、時折執念を秘めた目をしていらっしゃるとか。」


 シトニはイレーユの世話に着いたメイドから聞いた通りの報告をする。リーザベルはそう、とだけ短く返答する。それにしても執念を秘めた目って一体何のことだろうとレンカは思案するも全く答えが出ない。


「レンカ、人間に魔術が伝授されるのを嫌う一派がいるというのは話したでしょう? その筆頭のナルキアス家令嬢がイレーユよ。けれどこちらには策がある」

「策ですか。それは一体どんなものなんですか?」

「簡単なものよ。イレーユは私に対して大きく出られない。そこを適度に追い詰めるというもの。レンカは堂々としていればいいわ」

「はい、イレーユ様とは初対面ですね。ご主人様にある程度お任せしてしまいますね」

ここまでお読みいただきありがとうございました!

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