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3-5 魂はお菓子なの?

新キャラの匂わせです

「レンカさんをお連れしました!」

「入浴から上がってきましたー。いいお湯でした」

「おかえり。紅茶を飲む?」

「おかえりなさいレンカー。ゆったり入ったようで何よりね!」


 邸宅内で過ごす眷属に相応しい部屋着に着替えたレンカがタオルで髪を簡素に拭きつつシトニに案内されてきた。

 簡素な作りの服ではあるが生地が上等だ。

 魔術で髪を乾かすことは容易だが、次期当主とは名ばかりの実質的な当主になりつつあるリーザベルの趣向によってレンカにタオルを使わせていたのである。

 理由としてはまだタオルを使った方が人間だった時の感覚が離れないだろうから、とのこと。それは実際にそうだったらしい。


「この世界で最初に入ったご主人様のお邸のお風呂とほとんど変わらない、いえ、上回るほどのいいお湯でした! やっぱりというか本邸は違いますね。機会があればまた入りたいです」

「そうでしょうレンカ? あの別邸はほんの300年前に建てられたばかりだから改装がまだなのよ。そろそろ改装を検討していたところで、予算を回すのが遅れてしまったわ」

「さ、300年……。冥界の方々の感覚には慣れそうにないです。人界の家だったら50年ほどでもうボロボロになってしまうというのに」

「え? 50年でボロボロですって? ふぅん、建物も建て主同様に呆気ないのねー」


 予算の都合上領地経営や本邸に回す方が優先となっており、いくら次期当主のご令嬢たるリーザベルが居住している邸宅であっても別邸である以上、二の次になってしまいがちなのだそうだ。

 そして300年という年月をほんの前と言い切る主人の表現にレンカはたじろぐ。ますます人間との感覚の乖離ぶりにそれでも少しでも追いつこうと決心した。


「それでねぇレンカ、魂ってもう食べたの?」

「え! えぇはい、ご主人様にいただきました。貴重なものなのに」

「もう食べたのね。リーザに先越されたのかもしれないわねー」


 席に着いてゆったりと淹れたてのアイスティーを飲んでいたレンカだったが、ルーノディアナからの唐突な質問に危うく紅茶を吹き出してしまいそうになってしまった。

 待って。人間の魂を食べたかどうかを話すのってごく当たり前の話題に上ることなのだろうか。それこそ昨日の夕食に何を食べたか、程度の気軽さだったものだから。


「レンカは私の眷属なのだからその点に関しては気にせずともいい。こちらとしても魂の定期的な支給を心がけるつもりでいた位よ。人間の魂が本当に貴重品かつ高級品だったのは数千年前の話で、今では市民も少し高いお菓子感覚で食べられるものになっているわ」

「定期支給って、まるでお給金みたいじゃないですか! いえ、とっても嬉しいです」

「労働者の賞与でも、法によって魂の支給が認められているわ。給金の代わりに魂を要求する権利も同様よ」

「眷属もある意味労働者の一種だっけ。主従関係が密に絡むから別物だけどねー。そうそう、レンカに魂持ってきたの! きっと美味しいから食べて」

「ルーノ様、ありがとうございます!」

 

 ルーノディアナは小物を入れるサイズの箱を取り出し、そこに入っていた魂を見せる。この部屋の照明のように輝いている。それは甘い砂糖や程よく熟したフルーツをふんだんに使ったケーキと同等、もしくはそれ以上にとても美味しそうだった。礼をし、レンカは渡された魂を口にした。


「! これはおいしいです! 文句なしです」

「それでレンカ、私が最初にあげた魂とルーノから貰った魂、どちらが美味しかった?」

「ご主人様、それはですね……言いにくいけど比較をしなくていいほどのおいしさだと思ってます。わざわざいただいたものを比べるのは個人的にはなしです」

「そういうことなら結構。ならば狩人を使役して更に美味な魂を食べさせてみせるわ」

「うふふ、レンカってば優等生なところがあるのね。そういうところも好きよ。魂に関する能力は私の方が上なのだから」

「ルーノはそういう一族の血を引いているんだったわ。確かに手強い」


 駆け引きをしながらも親しげに話している主人とその朋友たるルーノディアナの端で、レンカは魂を食べたことによる罪悪感を感じていないことに気付いた。

 ――いや、最初にリーザベルから渡されて食べたときに罪悪感はあったか?

 ――最初から、ない。

 それは冥界で普遍的に存在している食べ物だから。だから上等な菓子を口にするつもりで食べた。

 それならばもしかしたら動物の肉より上等なのかも知れない。かと言って人間の生命が動物のそれより上等とは限らないが。 

 リーザベルの話によると貴族や豪商となると当然のように狩人を複数雇っているらしい。 

 そして冥界の大悪魔は人界の地域を実質的に操作・支配し、人間の数を調整しているというではないか。

 そこでレンカに疑問が生まれた。


「ご主人様ルーノ様、もしかして人間の数の方が多かったりします? 狩人が複数いて、食べる人も多いじゃないですか」

「いい質問ね。確かに、悪魔より人間の数の方が圧倒的に多いわ。だから魂を摘む菓子感覚で食べられるのよ」

「――人界はいわば世界まるごとお菓子を焼くオーブンがある厨房でもあるわ。そこで起きる出来事なんて限られている。材料とオーブンさえあればお菓子なんていくらでも作れる。でも、菓子の材料があってもパティシエがいなければ意味がないもの!」

「ルーノはそう見ていたのね。私は人界を牧場として見ていたわ。人間と動物の差なんて僅かな誤差でしかない。私にとって人間が動物の肉を食べるのはある種の共食いよ」


 現在の人界をルーノディアナは菓子を焼くオーブンのある厨房、リーザベルは牧場と喩えた。

 レンカにとって人界での暮らしこそ苦ではなかったものの、短い寿命のある人間として生まれたことは最大の後悔だった。いずれリーザベルほどの大悪魔でこそないものの、召喚するための術式を使用していたのだとは思う。

 次に食べる人間の魂はどんな味をしているのだろう。レンカはそう考えを巡らせていた。


「ところでパーティーには、ご主人様のお知り合いも招待したんですよね? どんな方が来るんですか?」

「そうね、それ位は頭に入れておいて損はなさそう。招待に応じる可能性が高いのは東の名家ナルキアス家のイレーユ。誰もが思い描く姿のままのお嬢様よ。人界の貴族よりはよっぽどマシだわ。実力はある方ではあるけれどね」

「貴族の……お嬢様……」


 レンカは小さく漏らし、俯いた。主人たるリーザベルが大貴族の令嬢であることを熟知している。

市民となった自分に接する態度が温厚であっても、人界における貴族の振る舞いを肌で味わってきたため、どうも苦手意識が残ってしまい先入観が人物に対する正当な評価がしにくい。


「貴族といっても大差はないわ。単に彼女は自己で定めた範疇から外れた者に厳しいだけ。他者や市民にはまあ、寛容で甘いところが多い」


 東の令嬢であり、高等学院を首席で卒業した才女。しかし、頭が固く伝統に縛られがちな面を持っている。そしてリーザベル達と思想が決定的に異なる点がある。


「ナルキアス家は魔術の隠匿の主流派筆頭で、私とイレーユとは意見が合わないことが多いわね。私とレンカの関係を知ったらどんな顔をするのかしら? 彼女のことだから、きっと危機感を覚えるに違いない。けれど心配無用よ、彼女が無闇に面倒をかけるようなことはさせない。こちらには眷属契約をしたという既成事実がある。解除なんて不可能」


リーザベル曰く、イレーユはレンカの事を高等学院を首席卒業した精鋭の術者だと思い込むだろう。むしろそれが妥当だと思考を巡らせるという方向性の予測が可能とのこと。

それがまさか、よりによって排斥すべき魔女の中から選んだとは思いもよらないだろう。


「彼女は頭が固いから言い包めれば遠ざけることも容易。むしろ今回のパーティーを機にこちら側へ傾けさせるつもりでいるわ。予め宣言しておくけれど、イレーユに反論なんてさせない。契約の力を熟知しているはずだから」

「勿論です!  ご主人様がそう言うなら安心してこの世界に住み続けます。私はご主人様とここにいられて幸せですし、他に知り合いができたら自慢したいくらいですよ!」

「他には南方のバスティカ家子息であるリオクがいるわね。彼を一言で表現すると直情型のお坊ちゃんよ。正直に言って魔術の才能は至って平凡。豪放磊落で話し方からして雑って感じなのに、繊細なアルヴィと気が合うみたいね」

 

 凸凹だからこそなのかしら、とリーザベルは考え込んでいる。


「リオクは家の歴史自体が新しいしどの勢力にも属していない分、取り込み易いから説得も容易。他は付き合いのある貴族、領民と言ったところよ。領民にも開放してこそのお披露目パーティーなのだから」

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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