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3-3 ヴェルクローデン本邸へ

入浴シーンもあるよ!な回 

ほとんど進んでいませんが……

 冥界の土地はそこそこ広大である。その東部領内、統治しているナルキアス家本邸にて。

 

「イレーユお嬢様、リーザベル卿から招待状が届いております。ご覧になられますか?」

「無論ですわ かの方からの招待状が送られてくるなんて! (わたくし)としては大歓迎ですわ。あの方ともなれば大盛況でしょうし参加する意義があるというものですの」


 イレーユと呼ばれた、ドレスに身を包んだ少女はコーヒーを飲みながら自室でメイドから招待状を受け取っていた。

 リーザベルの名が出た瞬間に椅子から立ち上がりかねない勢いでカップをテーブルに置く。しかしそこは令嬢なので冷静さを保とうと落ち着き、カップからコーヒーをこぼさないように細心の注意を払いつつ。イレーユは招待状を開封し、一文字ずつ丁寧に文面を読み取っていく。その目はかなり真剣だ。


「こ、これは何ということですの……!」


 黙読で文面を読み終え、イレーユは声を張り上げた。

 貴族が頻繁に主催するような、人脈を増やすためのようなパーティーだと楽観的に予想していた。だがしかし、そんな生易しいものではなかった。

 至高の大悪魔リーザベル卿の、最初の眷属お披露目という内容のパーティー。

 イレーユはかつて、リーザベルの眷属になりたいと懇願した経験がある。しかし東部のナルキアス家出身であるイレーユは眷属になることができず断念した苦い記憶がある。

 それでもリーザベルを忘れることができず、いつどのような眷属を迎えるのだろうと注視していた。

 それから数十年経ち今日になって、此度のパーティーが開かれるという事態になった。

 参加するかしないかで言えば断る理由はなく無論参加したい。幸いスケジュールの面においてもパーティーに出席できる日程だ。

 どのようなドレスにするかはメイドに任せればいい。

 そのようなことよりも、どのような眷属を迎え入れたのかばかりが気になって仕方がない。

 どの学院でどのような分野の学問を専攻したのか。どれほどの魔術の腕前なのか。

 誰かに代理で出席してもらって話を聞くという選択肢は思い浮かばない。

 この目で、魂でその眷属を見極めなければ。

 

「イレーユお嬢様、ご出席されますよね?」

「当然ですわ。他ならぬリーザベル卿からの招待状を断るという考えは(わたくし)にはありませんの! ただちにドレスの準備をしてちょうだいな!」

「かしこまりました、イレーユお嬢様」

 

 イレーユは招待状の紙面の最後に出席の意を伝える術式を施す。これで出席の可否の返答は完了でたあった。

……

………

 皿に盛られたポップコーンもだいぶ残り数粒というところになり、お代わりの紅茶も冷めてきた頃。

 カリっとポップコーンの残りがルーノディアナの口内で弾けた。

  

「お茶会もいいけれど、私とレンカは本邸に行かなければならないわ。ルーノはどうするの?」

「そうねぇ、着替えてからすぐに向かうわー」

「ルーノ様、お茶会ありがとうございました! 楽しかったです」

「私も楽しかったけれど、礼を言うのはまだ早いわね。礼はお披露目パーティーが終わった後にも頂戴ね?」

「もちろんです! ご主人様、本邸まで向かうのは馬車ですよね?」

「ここから馬車で向かうと二日はかかってしまうのでここは瞬間移動の魔術を使うわ。ルーノ、後でレンカにも瞬間移動の魔術を教授してあげて」

「それならお安い御用よ。とはいえレンカは果たして習得できるかしらねー、うふふ」

「瞬間移動の魔術ってやっぱり難しいんですよね、ルーノ様」

「それはそうよ。今まで何人もの術師志望者が習得できなくて断念してきたことかしら。でもリーザの術式に耐えたレンカなら習得可能かもねー。期待しているわ」

「ぜひよろしくお願いします!」

「それでは私はここでー。一旦ここでお別れかしらね」

「ではね、ルーノ」

「お客様、本日は来ていただきありがとうございました」

「シトニ、お菓子も紅茶も美味しかったわよ」


 ルーノディアナは紅茶をひと飲みした後、瞬間移動の術式を使って転移していった。


「では本邸に飛ぶわよ。レンカ、手をつないで。瞬間移動の術を使うなら手をつないでいればいいから」

「は、はい! 失礼しますね」


 差し出されたリーザベルの手をレンカは失礼のないよう、そっと握る。


「シトニ、貴女も一緒に向かうわよ。レンカと手をつないで」

「お嬢様、私はこちらで留守を任せられるのではないのですか?」

「シトニ、別邸の管理は他のメイドにさせておく。シトニ、貴女は私の第二の眷属になってもらうわ」

「お嬢様!? それは一体どういうことですか?」

「そのまま言葉のままの意味ね。長年仕えてくれた功績を認めるということよ」

「それでは拝領いたします。レンカさん、よろしくお願いしますね」

「はい! おめでとうございます、シトニ」

 

 レンカは手を差し出す。シトニは一言断ってレンカの手を握る。

 

「それでは行くわよ」


 そのリーザベルの言葉とともに三人は移動する。別邸よりも広大なヴェルクローデン家本邸に。


 特に理由もなく目を閉じていたレンカが目を開けると。


「「「お帰りなさいませお嬢様、ようこそ本邸へいらっしゃいませレンカ様!」」」

「ここが、ご主人様の本邸ですか!」

 

 大勢のメイドが両脇に一糸乱れず並び頭を下げ、丁寧に挨拶をしてくれた。どうやら玄関先に移動したようだ。

 花々が咲き誇る庭園からは芳しい香りが漂い、揃えられた芝生もわずかな乱れが見当たらない。

 そして何より、目の前に広がっている建物にレンカは目を見張るしかない。なぜなら今までレンカが見てきたどの邸宅よりも広大だ。

 適度とはいえ豪奢さでいえば別邸やべレイクスの邸宅を遥かに上回っている。遠くから見ても窓ガラスがよく磨かれているのがわかるほどには手入れが行き届いているのだろう。

 

「レンカ、入るわよ」

「は、はい。お邪魔しますー!」

 

 先頭にリーザベル、続いてレンカ、その後にシトニが続いて本邸の扉をくぐる。

 エントランスホールも広大で天井も高くところどころに装飾が施されており、小さな一軒家なら丸ごと入りそうな規模だ。

 

「ところでご主人様、どこに行くんですか?」

「大浴場よ。レンカ、一緒に入りましょう」

「ご一緒しますね!」

「えぇ。シトニ、準備はできているでしょうね?」

「勿論ですお嬢様。ごゆっくりお楽しみください」

 

 幾つかの扉を通り過ぎ、住人専用の大浴場に向かう。


「わぁ……」

「別邸より広いでしょう。私も入るのは久し振りだわ」

「確かに広いです。やっぱり本邸は違いますね!」

 

 脱衣所で服を脱ぎ、大浴場に足を踏み入れたレンカが思わずもらした小さな声ですら反響する。 

 蛇口をひねり湯を出し、桶に程よい温度の湯を貯めて浴びる。

 いくら汗をかかず垢も出ない体になったと言ってもそれでも湯を浴びるのは相変わらず心地よい。

 入浴する習慣は今後も残りそうだとレンカは思った。

 

 ふと、自分と同じように湯を浴びる主人の姿が視界に映った。

 リーザベルの体はどこもかしこも何一つ瑕なき肌をしている。青みがかった立藤色の髪も流れる清流のようで、艶を放っている。生粋の悪魔なのだから綺麗なのは当然なのだろう。

  

「ご主人様、きれい……」

 

 そっと、主人に聞こえないような小さい声量でつぶやく。

 レンカは石鹸で体を洗い、大浴場の中でもひと際目立つ湯船に浸かる。続いてリーザベルも湯船に浸かる。すらりとした四肢が眩しい。


「レンカ、お湯の加減はどうかしら?」

「いいですよーとっても気持ちいいです。そういえばご主人様に質問があります。なぜ本邸を離れ、別邸で暮らしていたのですか?」

「そのことね。いいわ、答えてあげる。第二都市で見聞を広めたかっただけよ。生まれた時からずっと第一都市の本邸で過ごしてきた。不便さはなかったけれど、それでも快適すぎてね。後継者としての自覚を芽生えさせるため、というのが建前だったけれど、実際は違った」

「それは……。要するに自立ですよね? どう違ったのでしょう?」

「私には部屋の清掃も服の用意も全て他人任せ、メイド任せだった。シトニが専属メイドとしてついてくれる。それは別邸に移ってもそうだったから、完全な独り暮らしとは言えなかった。私には、シトニがメイドとしてついてきてくれる。それが貴族としての生活だから。私に、市民と同じ生活をすることは不可能だっただけよ」


貴族として生まれた令嬢が、一人暮らしを望むようになるとは。

しかし身の回りの世話はすべてメイドをはじめとした使用人がすることがついて回る。

単純に、市民の振りが出来なかっただけのこと。

  

「レンカ、それが人間の体にあるっていうヘソなのでしょう?」

「はい、そうです。ご主人様は生まれながらの悪魔だからないのは当然ですね」

 

 リーザベルに体を見られ、レンカは返事をする。主人の言葉の通り、リーザベルの体にヘソと呼べるものは無かった。


「ルーノも、シトニも、べレイクス卿もないわ。父様にも母様にもないわ。人間の体をこうやって見るのはレンカが初めてだったからどうなっているかなんて、あまり関心がなかった。興味があるのは魂が美味しいかだけ。私にとって人間は単なる魂の入れ物。狩人も、魂を取り出した後は穴を掘って土に埋めるか、焼いて灰にしてその辺にばら撒いているはずよ」


 人間を単なる魂の入れ物か、あるいはおおよそ、牛や豚の他に人間という種類の家畜が増えた程度の認識でしかない悪魔が大多数なのだそうで。ちなみに焼いた後の灰を河川などに捨てているとは思えないけれどとリーザベルは言葉を締めくくった。

 リーザベル曰く『人間の死骸の灰で河川が汚れるからよ。いえ、別界は既に人間で汚れている』とのこと。

 

「そうだったのですか。死体の後処理も狩人の仕事の内に入っているんですね。えーとその、ところでご主人様のご両親ってどんな方なんですか?」

「会ってみれば分かる……なんていうのは乱暴な言い方ね。父様が現ヴェルクローデン家当主をしていて、一言で言い表すと自由奔放で寛大な人。領主夫人たる母様も一族との親戚で、少々お堅い面もあるけれど懐の深い人ね。逆に訊くけどレンカの両親はどんな人?」

「父さんも母さんも魔術の研究熱心で、それでも時間を作って私を育ててくれた人達です。置いてきたのは魔術を志す者の宿命だと思っていますよ」

「そう。けれど、どの悪魔とも契約していないのでしょう?」

「言われてみればそうだと思います。夜の集会には参加していたけど、悪魔が家に出入りしていた記憶もありませんし」

「へぇ、そうなの。それなら或いは――」

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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