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3-2 仕立て屋と彼女と

新キャラ登場の回 

「レンカ、君にはそこそこ期待しているんだ。君ほど指導しがいのある者はそうそういない。それほどの魔力量と熱量があれば魔術はどこまでも極められる。リーザベル卿や周囲より自ら進んで学び、吸収することを忘れるな。では宴の行われる広間でまた会おう」

「お世話になりました! べレイクス様、詳しい話をありがとうございます」

「それではパーティーでね、元師匠」


 一旦別れの挨拶を交わし、ベレイクスの邸宅を後にしたレンカとリーザベルは行きとは異なり空を飛んだりせずに、駅を目指していく。

 すぐ駅に着くとどこから乗ればいいのかさっぱり分からないのでリーザベルに案内されるがまま移動し、そのまま馬車に乗り込んでいた。リーザベルは馬車の中でも温かい紅茶を飲んでいた。

 

「レンカ、リーザベル卿は私と同じ大悪魔であるにも関わらず契約を殆ど、というより誰ともしなかった。その彼女が君の願いを叶えたのは単なる気紛れではないことを肝に銘じておくといい」

「は、はい! しっかり覚えておきます」


 ――というアドバイスをされたやり取りを思い出す。

 自分の魔術に関する熱量は僅かたりとも失せることはない。そうでなければ今ここにいない。


「ご主人様、帰り道が行きと違いますよね?」

「えぇ、知り合いのシェフィがやっている仕立て屋に寄るからその道よ。パーティー用のドレスだから生地の色を選ぶのと正確な採寸をしてもらうのよ。勿論レンカの分もね」

「眷属契約とかでパーティーのこと、忘れかけていました……」

「思い出せたなら上々よ。主役はレンカだからよろしく」

「はーい、って、ご主人様ではなく私が主役ですか!?」

「そうよ。豪華な食事も出るから好きなだけ食べなさい。というよりレンカ、貴女は未成年でしょう? お酒だけは禁物よ。破ったら厳罰に処せられるから」

「未成年です。お酒じゃなくてジュースでも十分パーティーは楽しいはずです! それにしても冥界で未成年って規定あるんですね」

「あるわ。成年は18歳よ」


 人間のように数十年程度で生を終えることはなく何百何千年と生き続けるのだからその周辺は曖昧にされているのだろうとレンカは考えたが、どうやら実際の事情は違うそうで。


「そう話されるご主人様は成年ですよね?」

「とっくに成年を過ぎたわ。それでもまだ私は若い部類のはずよ。レンカ、もしかして私がどれくらい生きているか気になっているのでしょう?」

「は、はい。寿命とかないみたいですけど、いけませんか?」

「気にする者もいるけど、私は割とそうでもないわ。それなりに生きているとだけ言っておく……千年というちょっとした大台も過ぎた。いつか飛びながら空中散歩でもしながらそっと囁いてあげるわ」

「分かりました! そういうことなら大体把握できそうです」

「言うの忘れていた気がするから今伝えるけど、私達は生まれた時、丁度今のレンカより少し下の外見年齢で生まれるわ。街中を見て気付いているかも知れないけれど」

「確かにそうですね」


 悪魔は加齢しても人間のように衰えない。まるで生物の生まれから幼児と老体をそのまま切り取ったかのように。高度な術さえ習得してしまえば積極的に少年の姿を選んでいるベレイクスのように外見年齢などいくらでも自由自在に変じられるのだから。

 パーティーの件から展開されていく年齢についてを軽く話していくうちに馬車が街中で停まる。仕立て屋に着いたらしい。

 華やかなディスプレイには人気の品らしき服が飾られている。自然とレンカの視線がそちらに集まる。


「わぁ……、どれも素敵です」

「その服を仕立てたのもここの店主であるシェフィよ。普段着からパーティー用までお任せがこの店の売りだそうで。他の貴族も重用しているわ」

「ご主人様もよく行かれるみたいですしこれなら安心です!」


 ドアを押し、店に入っていく。店内は新しい布地の香りで満ちている。


「いらっしゃいませーって、リーザベル卿じゃないですか。そちらの方は?」

「私、レンカって言います。ご主人様と契約した新参ですのでよろしくお願いします」

「リーザベル卿と契約したのですね、それはめでたい。私はシェフィ。ここの店主をやっています」

 

 背の中ほどまで伸びまとめられている艶やかな黒髪と透き通るような薄い色合いの肌に思わず目を引かれる。

 身長はリーザベルよりやや低めといったところだろうか。指の関節ほどの差がありそうだ。

 しかしよくよく考え直してみると、冥界の街中で見かけるあるいは出会ってきた女性の中でリーザベルが最も身長が高い。

 ……結論から言うと、レンカは自分の身長が伸びるか心配であった。


「私とレンカのパーティー用ドレス1着ずつを頼むわ」

「かしこまりました!」


 リーザベルとレンカはシェフィが差し出したドレス用の生地を選んでいく。リーザベルに迷いがなくすぐに決まったのに対し、レンカは迷いがあった。今着ている服がとても着心地がよく縫製もしっかりとした高級品だとは察せられるが、華やかなドレスなど着る機会がなかったからである。 


「これでいいんですか? 私、よく分からなくて……」

「えぇ、それがいいわ。橙色なんてぴったりじゃない」

「綺麗な色ですね!」


 結局、リーザベルとシェフィに見てもらいながら生地の色を決定していった。


「2日で仕上がりますのでお待ちくださいね!」

「よろしく頼むわ」

「よろしくお願いします!」


 それから店を出たのは1時間と少し後のこと。その間にも道行く人々が店の前のショーウィンドウで足を止めたり、店の出入りもあった。

 再び馬車に乗り込み、リーザベルの邸宅まで戻る。    


「お帰りなさいませ、お嬢様、レンカさん!」


 馬車から降りると玄関前でシトニが礼儀正しく出迎えに来ていた。

 レンカから見て、シトニの髪色は不思議だ。冥界においては太陽がないため青空が眺められずずっと夜空が続いているというのに、青空の如き色合いをしているのだから。それでもシトニの容姿を少しも損なっていないのは間違いない。

  

「取りあえず戻ったわよ。お茶が飲みたいわ。蜂蜜入りでね」

「ただいま帰りました! 私も紅茶が飲みたいです」

「かしこまりました、ただちに準備いたしますね!」


 シトニの心地よい返事を聞きながら別邸に入っていく。ここは出立した時から何一つ変わっていない。どこも新築のように綺麗だ。シトニの管理が、もっと言えば主人であるリーザベルの指示が行き届いているのだろう。

 食堂に案内され席に着き、すぐさま用意された紅茶に口をつける。

 それからレンカはテーブルに運ばれた、焼きたてのアンズのタルトを分けて口にする。

 程よく甘くてそして美味だ。恐らくは砂糖と蜂蜜を巧みに使い分けているのだろう。

 

「このタルトも絶品ね。ところでシトニ、レンカのお披露目パーティーの準備は順調でしょうね?」

「勿論のことですお嬢様。成人の儀にも婚約の儀にも決して劣らないものをご用意してみせます。皆様に招待状も届いているかと」


 淹れたて紅茶の入ったカップに一口付けたリーザベルが口を開く。すぐさま即答した辺り、準備は万端なのだろう。

  これが貴族の日常なのか。リーザベルの従者もとい眷属となったレンカはその恩恵を十分すぎるほどに受けていた。


「期待しているわ。今回のパートナーの主役は私だけではなく、レンカもいるのだから。そうそう、本邸に向かう前にルーノが別邸に来るからお茶の追加を。お菓子はいつものもので構わないわ」

「勿論ですお嬢様、ご用意いたしますね!」


 給仕として控えていたシトニは颯爽と厨房へ向かった。厨房からは何かの野菜を炒ったような香りが漂ってきている。そのルーノディアナへのおもてなしの品を準備しているのだろうか。

 ここはルーノディアナなる存在について興味本位で訊いても構わないだろうとレンカは思った。


「ルーノ、様? ご主人様の知人ですか?」

「名をレリウーディロス=ルーノディアナといって私の幼馴染みで古い朋友よ。瞬間移動の魔術が得意で、私もルーノから教わったわ」

「ルーノディアナ様……。それもいいですけど瞬間移動の魔術って何ですか! 移動に使うんですよね?」

「えぇ、その名の通り。今回は馬車を使ったけれど。一度行ったことのある場所にどこへでも何度でも移動できるから便利よ。高度な魔術だからレンカにはまだ早いと思っていたのだけれど、ルーノが来るなら教わるといいわ」

「そうですよね、ご主人様以外の方から教わるなんて初めてですけど期待していますね!」

「期待していいわ。少々騒がしい、だからこそいて欲しい人よ」


 リーザベルが高度という言葉を用いたということはよほど高度な術なのだ。例えば、あの異空間を造り出した術のように。


「その、ルーノディアナ様って他に何か情報ありますか? 私、ご主人様以外のことも知りたいんです」

「そうね。ルーノは同じ高等学院に入学する以前に、私が家庭教師として招かれたわ。何でもメイドの仕事は向いてないだろうってらしい。結果的にそれで大正解だったわ。それからルーノの好きな菓子はポップコーンよ」

「ポップコーンって、そんなお菓子でいいのですかっ?」

「いいのよ。彼女はこういう安価なものに目がなくてね。用意するのがお約束になってきていると言ってもいい。出されれば駄菓子でも、いいえ駄菓子すら愛して見せる人だわ」

 

 ポップコーンの存在はレンカでも知っている。特定の種類のトウモロコシを炒って膨らませた、ある程度の街であればどこでも買えるような菓子だ。

 先ほど口にしたアンズのタルトなどに比べると技巧面などにおいても容易である上、価格面においても驚くほど庶民的。とても紅茶に合う菓子とは思えないが、実際に口にすると案外美味なのかもしれない。

 レンカはますますルーノディアナに対して興味を深めた。

 

 ふわり、と窓から一筋の風が吹きカーテンがわずかに揺れる。

 冥界に定まった季節はない。南方がやや気温高い程度で極端なものはない。それでも風は吹くのだ。


「あらあらー、貴女がリーザと契約したレンカなんでしょう? 私はレリウーディロス=ルーノディアナよ! お近づきの印として是非ルーノと呼んで欲しいわ」

「は、はい! 私がレンカです! よろしくお願いしますねルーノ様」

「来てくれたわね、ルーノ。そうよ、彼女が貴女の気になっているレンカよ」


 突然の、バルコニーから響く少女然とした声にびくりとしてしまうが、咄嗟に挨拶が口から出る。

 玄関を通っていないということは卓越した能力の持ち主という可能性が高い上、相当の旧知の仲であること窺えた。

 単なる非常識という可能性もレンカの頭を過ぎったが、誰も気にしていないあたり日常光景なのだろうか。

 外見は少女と若い婦人の間。リーザベルよりやや少女に見える。

 黄金色の髪は暗い色合いの空に映え、風になびく眩いほどの髪は肩より下まで伸びている。そしてもはや見慣れてしまった紅い双眸は今まで見てきた誰よりも明るい。

 リーザベルとほぼ変わらない白磁の肌。整った鼻梁。

 素直に、主人とは似ているようでそうでない別種の麗しさが漂っている。

 服装な高級そうなハイウエストのワンピースで、腰から下のスカート部分は見事なまでのバラ色。  

 胸元には白いリボンが飾られている。

 空中で巨大な両翼をはためかけていたルーノディアナは翼をしまい、バルコニーに降り立ち入室する。

 そしていつもの、手慣れた様子でリーザベルの隣に座り紅茶を一口呷った。


「お客様いらっしゃいませ。どうかおくつろぎくださいませ」

「シトニ久しぶり! 私のことはルーノディアナって呼んでちょうだい。貴女の淹れる美味しいお茶もいいけど、いつものお菓子はあるんでしょうね?」

「勿論です、ルーノディアナ様。お持ちしましたので皆様でどうぞ!」

 

 シトニが厨房から運んできたのは紛れもなく、レンカも知るところのポップコーンだった。

 しかも高級そうな食器に山盛り。違和感しかないが、一個ずつ口に運んでいくルーノディアナの指先の所作に無駄はなく優雅だ。

 無論テーブルに並べられている茶器も一流なのだが……。

 ルーノディアナだけが摘まんでいる茶菓子ははっきり言ってしまえば、誰の口にも入るような、ごく小さな町でも市販されている安価なもの。口には出しにくいが、紅茶にも不似合いだろうとしか思えない。しかし当の本人は気にせず口にしているし主人たるリーザベルも何も言わないので黙っておくことにした。


「もぐもぐ、いいわねー、弟子って。色々あって私じゃ弟子を取ることができないけど、伝えられることがあるなら惜しみなくそうするわ!」

「そうしてくれるなら大助かりよ。ルーノのお陰で転移が楽になったのだからその知識は間違いなくレンカだけでなく他の術師志望者にも役立つわ」

「そうだと嬉しいわー。ところでレンカを眷属にしたのよね? レンカは眷属になってどうするつもりなの?」

「ルーノ様。……私の知識欲はほぼ全て魔術に向けられています。私にとって魔術は欠けてはならない宝物です。それを探求し続けます。私だけでは、以前の私のままでは時間的にも難しいと思ったので助力を求めてご主人様と契約しました!」

「リーザと似たようなタイプね、似たもの同士ってところかしら? レンカの気持ちは十分受け取ったわ。流石に元人間の魔女だけのことはあるってことは理解した。それにしてもレンカは少々変わっているけれどね」

「……あれ? 私が元人間だっていつルーノ様に伝えましたっけ。 記憶にないです!」

「伝えてないわ。ルーノは魂に関する魔術も得意なのよ。その眼にかかれば私の術式で転化したレンカも生粋の悪魔なのか元人間なのか一発でお見通し。隠し事は不可能だわ」

「そうなんですね。私は元人間で、魔女でした。実はご主人様と契約した今でも魔女を名乗ろうと思ってます。ご主人様、ルーノ様。これからもよろしくお願いしますね!」

ここまでお読みいただきありがとうございました!

今後も出番がある予定です

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