3-1 とある魔力念話 ~料理中~
ほぼ会話しかしていません!
<……簡単にかい摘んで説明するとそんな感じよ。どう、大体でいいから把握できたかしら?>
リーザベルは魔力念話で、レンカに召喚されてから今までの経緯を説明していた。魔力念話は息をしなくとも喉を使わずとも相手の魔力さえ感知していれば自由に会話のできる魔術である。初等学院に入る前に親か親戚か、そういった類の先に生まれている周囲の存在から自然と教わる者である。
人間の術師ではどうしても声を出すことを優先させてしまう。
リーザベルのそれは、どこぞの使い魔とは態度がまるで別物だ。
使い魔としたゼグに対する態度はまるで絶対零度の氷で造られた茨が体を貫通し魂ににまで突き刺さるようなものだったというのに。川が上から下まで流れるかのように上意下達のように命令していたようなものだというのに。
<――えぇ、とってもよく理解したわ! うーん、それにしてもそのレンカって子、数いる魔女の中からよく見つけたわね。リーザの話からするにすごく若いって感じのする年齢だっていうのに、そこまで強い願望に引き寄せられるなんて今までのリーザになかったんじゃないの? へーえ、貴女が遂に召喚されたかー>
魔力念話を発したリーザベルに返ってくるそれは、少女のような声色。それを聞いて安心したリーザベルの声音はいつも通り低く落ち着いているが、相手に返すその態度はどこまでも柔和だ。
<確かに私はたまたま私の管轄地にいただけなんでしょうけどこれは必然と主張させて頂くわ。……そうね、ここまで強い欲望は私をひどく惹きつけた。人間共の欲望など多寡が知れていると結論付けてはいたけれど今回は例外よ。だから私は生を受けてから初めてとなった召喚に応じたまで。レンカはきちんと生贄を用意してくれたけどそれすら目に入らないくらいには>
<生贄はきちんと受け取っておきなさいよー! それはともかくリーザが感じた欲望の強さ、とっても気になるー。うふふ、これは特ネタの予感がするわ>
リーザベルと念話を返しあっている相手―同年代と思われる女―の響く声はまるで鳴る鈴のようで、どこまでも底なしに明るい。澄みきった湖面の底から響いてきているようなリーザベルの声色とはまるで正反対だ。
女は面白そうに、否、実際リーザベルを取り巻く現状に対し、素直に面白いと感じ取っていた。
至高の大悪魔という称号を持ち、無尽蔵であまりにも莫大すぎる魔力を活かし様々な魔術を行使する特性があるにも関わらずとある条件のせいでリーザベルは生まれてこの方、誰からも召喚に応じることもないまま過ごしてきた。それは決して、単に召喚される側である悪魔の拒否権が強いからではない。べレイクス卿のように召喚拒否の特権を行使しているからでもない。
<……貴女は記者ではないのに好奇心旺盛ね。特ネタでも何でもいいけどその強い欲望に引き寄せられたのか、余計なネズミもいたからついでに束縛しておいたわ。どこの集団にも属さず単独で活動している狩人よ>
<あらら、リーザがその場にいたのにレンカを狙った狩人がいたなんて驚き。それで結局その狩人はどうしたの?>
<単独で活動するのが好きみたいだから契約で束縛したわ。主人は私で二人目らしいけれど、もう二度と奴の好きにさせない>
相手方はリーザベルの念話から通じて、古い知己の尋常ではない怒りに気付く。
それはどこまでも凍てついた焔という、明らかに矛盾した感情の塊。冷静になりつつも怒りの感情を抑えきれていない確固たる証拠。
リーザベルの苦悩を察し、相手方は言葉を選んで念話を飛ばす。
<それはお疲れ様。リーザの怒りを買う狼藉者は束縛がお似合いね。あぁ、それにしても早くそのレンカに会いたい! どんな声をしているのかしら? どんなきれいな髪の毛をしているのかしら?
どんな風に私に挨拶してくれるのかしら? 想像が膨らむわ。私が血族の掟で人界の魔女と会うことも許されていないしそれにどれだけの生贄を捧げられても召喚されないって事情、リーザなら知っているでしょう!? もうレンカは魔女じゃないけど>
特権を行使して召喚を拒否するのではなく、そもそもどう足掻いても術師が召喚できない悪魔も僅かながら存在することは長生きしている魔女であっても、冥界に住まう悪魔、それが貴族階級の者ですらほとんど知られていない。
<その事情、知っているわ。貴女は最初から魔女に興味を持っていたんだったわね。いいえ、それがレンカは今後も魔女を名乗るつもりよ。アルヴィにもべレイクス卿にも紹介したし、恐らく貴女で会うのが3人目よ。乗り遅れたのは仕方ないというか下手を打ったかも知れないけど今のことを考えましょう。先に貴女に会わせても良かったのだけれど……その狼藉者のせいで計画が台無しよ。私の茨でもう一度苦しめてやろうかしら>
<レンカはべレイクス卿が立会人になってリーザの眷属として承認してもらったのね。そういうことなら仕方ないわー。いいわその狩人、思う存分痛めつけてやりなさい!>
そう。リーザベルが相手方にレンカを最初に紹介できなかったのは狩人のせい。そういうことになったのだ。
<勿論そうするわ。今頃狩人として活動していなくてもまだ痛いはずよ。ところで送ったパーティーの招待状が届いているはず>
<それならもう届いていたし開封したわ。遊びに行けるのは明日、かしらね。別邸にいるの? それとももう本邸に行った方がいいのかな?>
<そうね、別邸に一旦戻るわ。それから是非ドレスの準備をして本邸まで一緒に行きましょう。本邸だと数多の客人でもレンカが貴女を覚えてくれるはずよ>
<そうねー。それなら私は別邸に向かうとするわ。リーザと一緒に移動するのも久しぶりね>
<貴女にしてみれば別邸でも本邸でもどこであっても大した距離ではなかったわね。貴女が来ること、こちらから別邸にいるシトニへ伝えておくわ>
<了解。勿論リーザの眷属のお披露目パーティーも楽しみにしているわよ! あぁ、どんな料理が出るのかも楽しみにしてるわ>
<ありがとう、それでは>
礼を言い、リーザベルは魔力念話を終了する。
他にも山ほど話したい内容はあるが、それはどれもこれも緊急を要するものではない。レンカの紹介を交えながらすればいい話もあるからだ。
残りは味見をして全体を調整し、数分で料理は出来上がる。あとは二人に振る舞えばいいだけ。
「レンカとべレイクス卿、どのような話をしているのかしらね」
そう、ぼそりと薄紅色の唇からこぼれる。レンカが心配であった。
冥界の思い出話でもしているのだろうか。それとも自身が当主だった時代の話だろうか。
……それはリーザベルが散々聞いてきた話題だ。現役の当主にも関わらず調査団の隊長に選ばれただとか、人界と名称の変わった異界の調査結果を報告するのに腰が重かっただとか。
無茶な魔術の修行でもさせてなければいいけれどとリーザベルは思案し、手慣れた様子でコンロの火力を魔力によって調整していた。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
レンカとべレイクスだけで会話している際に、厨房で調理しながら魔力念話をしています




