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2-7 狩人を使い魔に

べレイクスとの長い会話パートも一旦この辺で終盤に


「私の管轄地はレンカが住んでいた村を含むあの一帯よ。規模はヴェルクローデン領の半分にも満たない程度だけれど。それでも聖者を崇める連中に目を付けられつつあったから、管轄地の夜の集会に顔を出して牽制していたわ」

「聖者を崇める連中……ですか。それに夜の集会が目をつけられてるって」

「あら、レンカは全く知らないのね」


 レンカのように集会の末端にいるようなものであっても、いやだからこそ頭に入れておくべき事項だとリーザベルは嘆く。

 聖者を崇める連中は人界の隅で発生したという。その聖者もそこで様々な奇跡を起こしたという。

 黎明期こそごくごくごく少数の集団だったが、時を経るごとに人数が増え集団は肥大化し、人界の国の中枢にまで入り込んでいるとのこと。


「えーと聖者の起こしたその奇跡って、本当は魔術だったりしません……よね」

「そうだったら滑稽極まりないのだけど、残念ながら違うわ。むしろ魔術そのもの、簡単に火を熾すような、水を発生させるような存在を否定しにかかっている。人間は魔術などほとんど使えないから使わずそのまま生きるべきだとね」

「つまり何ですか、魔女や術師の敵ってことですよね。それでも悪魔の皆さんの敵にはならないけど潰すべきだとご主人様は考えているわけですか?」

「そうね、魔女達の敵にもなり得るわね。他の管轄地だと既に迫害が計画されているところまで調べられているわ。但し人間に魔術が伝播されたことを嘆き否定している勢力も一部いるからそこは聖清教団を一時期何もせず、ただただ静観していた。単に人間が魔術を扱うことを禁じる集団だと思われていたのよ。ところが、聖清教団の詳しい教義が判明すると事態は一変したわ」

 

 リーザベルはそこまで話すと、空中に指先で長方形を描く。途端に魔術で形成された巻物が出現した。それはどうやらリーザベルが使用人を使い、その使用人が記述した報告書のようだ。


「これはその報告書よ。後で読むといいわ。彼等の掲げる教義を要約すると、誰しも人間は豊かになってはならないというもの。慎ましく細やかに貧しく日々を暮らすべき、必要以上に金銭を稼いではならないというものよ。そのために今の技術以上のものが発明して発展する社会になってはならない」

「はい? それって文明発展を全否定してますよね? ひどいです!」

「はっ、国家の中枢に入り込んでいる教団の教義が聞いて呆れる。あの教団め、私の知らないうちにそうなっていたとは愚かしい」


 淡々とリーザベルの口から流れる教義の要約を黙って聞いていたレンカは年相応ながらも哀嘆の表情を顔に出し、べレイクスはこの上ない呆れ顔で口に出す。


「どうやらその様子だとべレイクス卿は初耳のようね。管理、いえ調査が足りていないわ」

「私は人間共の土地の管理など、主上からの命令でなくば断っていただけに過ぎん。ふん、どうして自己の支配領土に人間共の土地なぞ……」

「しかしレンカ、試しに訊くけどそんな教義を掲げる連中が国家の中枢に入っているということは、どういうことか分かるでしょう?」

「それはもちろん、民を貧しくさせて中央のごく一部のみを栄えさせる計画ですよね!」

「ご名答。誰しもなんて単語に含まれているのは民だけ。ごく一部の貴族階級以上の連中には適用されないわ」

「ご主人様、質問です!」

「レンカ、何かしら? 遠慮なく質問をどうぞ」

「その教団の教義、民に広まったとして民に利点はあるんですか? ないように思えます」

「はっきり言って微塵も無いでしょうね。農奴なんて制度もあるし、その中の民は他の人間と同列にすら扱われない。貴族階級を肥えさせる為だけに疲弊するまで、疲弊してでも働かされるに決まっているわ。しょうもなくて低俗な人間が脆弱な人間を酷使するという構図よ」


 つまり民に必要最低限の清貧な生活を強要させて税を大幅に搾取し、貴族階級だけで酒池肉林の贅沢をありったけ満喫するという意味の教義を掲げる聖清教団。

 まだ魔術の行使を否定する教団だったならば静観のみで済まされていただろう。あるいは人間へ魔術が伝播されることを否定する冥界の勢力が歓迎するのみで終わっていたのかも知れない。

 しかし貴族の潤沢な資産は民に還元すべきという思想を持つ冥界の貴族階級にとって、それが人界全ての民に広まってしまえば無視できなくなってしまう。

 ……否、既に無視できない教団となっているではないか。

 

「湿っぽくてつまらない話はここまでにして、レンカのお披露目の話をしましょう。新しい服は既に仕立て屋で採寸するだけだから後は本邸で完成品を受け取るだけ。パーティー用だから華やかに仕上がるわ。招待状も出してあるし、紹介したい人もいるからその時に追々」

「わぁ、パーティー楽しみです! ところで、ベレイクス様も来るんですか?」

「私はリーザベル卿とレンカの眷属契約の立会人だからな。一応とはいえ司会で参加する義務が生じている。パーティー用の礼服……最後に出席したのはいつだったか? 日付はいつだ?」

「4日後よ。3日もあれば準備は間に合うわ。レンカが他にするべきことと言えば……パーティー用の振る舞いと皆への挨拶文を考えておきなさい。別に長い必要はないわ」

「挨拶文ですか……考えておきます!」

……

………

 単独で魂の狩人を生業としている青年―ゼグ―は一日分の狩猟を終え、売買業者に魂を勘定してもらうところまで終えていた。

 結論から言うと、今日の魂はそれほど売れなかったが、目標の稼ぎには届いた。首尾よく売れないようなら売却を拒否し自分で食べればいい。それがゼグの持つ考えだった。だから個人で自由に狩るのはいい。稼ぎは足りている。

 

<こんばんは、聞こえるかしら?>


 さて売却を拒否した魂を口にしようかと思い立ち、瓶に仕込もうとしていたゼグに魔力念話が届く。ゼグが魔力念話を用いる相手は精々魂の売却業者か、冥界に在住している知人だ。知人からは人界好きの変わり者と思われ散々といいように揶揄されているが、魔力の波形からしても声の響きからしてもその知人でもない。低く落ち着きのある女性の声だ。


<聞こえてますよっと。ところでどちらさんだ? そんな声のヤツ、俺の知り合いにはいないぞ>

<初めまして。私はヴェルクローデン=リーザベル。そして貴方の名はゼグ、でしょう?>

<……その家名、リーザベル卿だって!? それに俺の名をどうやって知った?>


 軽い気持ちで誰何したゼグは絶句する。人界に滞在する時間の方が長いゼグであっても、かの西方の著名な貴族令嬢かつ無限の魔力を誇る大悪魔の名を知らないわけがない。

 尤も、元人間の術師であったゼグと冥界の貴族階級と接点などあろうはずもない。名を知っていても、実際に会うことなどまずありえない。

 だがしかし、心当たりがあるとするならばそれは――


<人界のあの辺りで常駐してる狩人と言ったら貴方しかいないわ。ゼグ、二日ほど前に魔女の魂を狙ったでしょう?>

<あぁ、魔女か。魔女の魂は狙うだけ無駄だってわかっていたはずなのにな>

<その魔女は私と契約したわ。よくも狙ってくれたわね>

<……!>


 狩人は人間の魂を狙って狩っても、魔女や術師の魂は狙うだけ無駄だ。なぜなら、いずれかの悪魔と契約している可能性が高いからだ。悪魔と契約し、魔女となった者の魂は食べられない、よって狩ることができない。

 しかしよりにもよって大悪魔と契約した魔女だったとは露知らず。

 ゼグはなんてことを仕出かしたのだと冷や汗をかいた気分になった。それを声にも念話にも出さず、かつてない高い代償を払う羽目になると腹を括る。


<そこまで忘れていたなんて間抜けな一面もある狩人だこと。ましてや私の魔力を感じることすらできなかったなんて。ちなみに結論から言うと、人界でお前が活動している一帯の地域は私の支配領土の一部よ。そうなっては主に個人で活動している狩人を割り出すなんて簡易な作業に過ぎなかったわ>

<俺のことはほぼ全部調査済みでお見通しってわけですかい。それにしてもそんな制度、知らなかった>

<あら、これはこれは。支配領土のことを知らない貴族もいるから仕方ないわね。それより本題に入るとしましょう。魔女を狙った件を見逃す代わりに、専属の狩人にならない?>


 狙った代償としてどれほど大量の魂を狩ってこいと言われるのかと思えば、専属の狩人にならないかという誘い、いや、一方的な通告だ。

 大貴族の令嬢、それも至高の大悪魔とあっては専属になれば給与は弾む。しかし、同時に契約によって束縛される意味もあった。


<専属だと? 俺は狩人として好きにやらせてもらってる……ます>

<そうでしょうね、滅多に冥界に帰ってこないことも知っているわ。あんな人界が気に入ったわけでもないでしょうに。冥界に不満があるっていうのかしら?>

<単に人界にいればいるだけ沢山狩れるってわけだ……です。別にどちらの世界にも不満なぞありませんって。確かに人界の大気は多少濁っていますがな。食べ物でする食事は工夫すればそれなりに旨いし>

 

 冥界と比較すれば生活の質は人界の方が明らかに下だ。食事一つとっても、冥界の安価な肉の方が人界の豪商が口にするような高価な肉の方が明らかに美味だ。それは麦であっても変わらない。


<そう、ならもう一度言うわ。専属の使い魔になりなさい> 

<専属と言ったって、かのヴェルクローデン家となればお抱えの狩人は余るほどいるでしょうに。それもとびきり優秀な、選りすぐりの狩人が。わざわざ俺を呼びつけて契約して、それで意味があるというのか?>

<あるわ。数は間に合っているのは事実だけど、お前を束縛することに意味があるのよ>

<そうですかい>

 

 今、はっきりと束縛って言った。

 ……ゼグには分かりきっている。大悪魔相手にこちらに拒否権など皆無なのだと。だからこれは単なる悪あがきに過ぎない。


<誰にも靡かない、どこの団体にも属さない貴方を束縛してしまえば面白いことが起きたと話題にもなるわ。我が家の狩人に優秀なのが増えるってものよ。もちろん高給で召し抱えるし休暇に人界で過ごすことも特別に許すとしましょう。狩人特有の魂のつまみ食いも見逃してあげるわ>

<そりゃ随分と好待遇ですこと。そこまで言うなら引き受けさせてもらいますよ。これで主人は二人目か?>

<…………お前にも主人のようなものが居たんだったわね>


 正直ゼグは、優秀な狩人と評されるとは思わなかった。貴族達の話題の中心に自分がなるとは考えもしなかった。

 そして想像もつかないほどの好待遇。特に休暇中は人界で過ごすことも許可される待遇はいい。


<決まりね。お前を使い魔とする契約はすぐに済むわ>

<すぐにですかい。分かりましたよ、お嬢様>


こういった主従の契約は直接会って交わすものが通例だが、どうやら事情が違うようで。

魔力念話で返答をした途端、どこからともなく出現した幾本もの黒い茨がゼグの体に巻き付き、縛り上げていく。驚愕する暇すら与えられずに。魔力を感じる隙もなく。


「痛ぇッ……! これ魂にまで絡み付いているだろ、何て危険で高度な魔術なんだ」


黒い茨で縛られたゼグは生まれてからこの方経験したことのない痛みを感じていた。声を出しても痛みは収まらず、当然のごとく向こうからの返答はない。魔力念話はとっくに切れているのだ。

魔力で練り上げているため地面がなくとも空中でも自在に扱え、更には難攻不落とまで言われている悪魔の魂にすら干渉する黒き茨の術式。それが大悪魔リーザベルとの契約の証であった。


 レンカの与り知らないところで事後処理は進んでいく。リーザベルは契約による束縛をすることでレンカを狙った罰の代わりとしたのだ。

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