それぞれの旅立ち
本日更新、一話目です。
よろしくお願いいたします。
「モニカの傷を治療させてください」
アライダが、ヘムルートに提案した。
彼女は、ヘムルートを保護者の様にとらえていて、モニカのことを心配して話しかけてくる。
ヘムルートはアライダが治療することに異議はない。しかし、モニカは、イングリットに診てもらっている。一応、義理を立てて、彼女に断っておくべきだと思い、ヘムルートは簡単な説明をして面会を申し入れた。
イングリットがアライダに会いたいと返事してきたので、アライダとモニカ、ヘムルートの三人で、イングリットと約束した時間に病院を訪れた。
「ヘムルート、そちらが?」
「こちら、アライダさんだ」
「アライダ・ベルクと申します。モニカとは、しばらく一緒に暮らしていました」
「私は、イングリット・フッガー。外科医をしている。治癒魔法も多少は使える」
アライダの放つ魔力の気配に、イングリットは息を飲んだ。
ラルフもアライダの魔力に触れた時、いつもより警戒していた。
やはり、アライダは魔力が相当強いらしい。
「アライダさんに、モニカのことを頼もうと思うのだが、君はモニカの担当医だから、一言断っておくべきだと思ってね」
「そのことだが、アライダさんの治療を見学したいのだが」
「見学か……、アライダさんいかがですか?」
「私は、構いませんが、モニカはいいですか?」
「イングリット様なら……、良いです……」
モニカは、ヘムルートに傷を見られたくないようだった。
まぁ、当然だよなとぼんやり思う。
見学許可が出て、イングリットは期待に満ちた顔をした。
「決まりだな。早速、治療してもらってもいいですか?]
「分かりました」
「というわけだから、ヘムルート、外の待合室へ出て行ってもらえるか」
「え、あぁ……」
展開の速さにまごついていると、「さっさと行く!」と、イングリットに急かされた。
ヘムルートを閉め出して、すぐにモニカの治療が始まった。
そして、ヘムルートが再び入室を許されて、診察室に入ると、イングリットは見たことなくらい、テンションを上げていた。
「ヘムルート! すごいぞ!! アライダさん、治癒速度が速すぎる」
イングリットと対称的に、アライダは落ち着いている。
「モニカしか治してないですから、魔力量をフルに使えば、イングリット様にもできるのではないかと思います」
病院の診察は複数人診るため、一人当たりの魔力量は調整して使うのだ。
だから、モニカの治療もイングリットがやれば、複数回かかるのは当然だった。
「そうかなぁ……、でも、やっぱりすごいよ。アライダさん」
「恐れ入ります」
部屋に戻ってきたヘムルートに、イングリットが興奮をそのままに見たことない笑顔を向けてきた。
「ヘムルート、モニカさん、綺麗に治ったぞ! 見せられんけど」
イングリッドの報告に、ヘムルートの頬は緩む。
「そうか、良かったなぁ。モニカ」
「はい……」
モニカは、完治した実感がまだしないらしく、困惑しながら返事を返した。
「アライダさん、ありがとう」
「私が望んだ事です、礼には及びません」
すごい治癒魔法使いなのに、アライダは驕ったりしない。
聖女のような慈悲を持つ女性だと思う。
イングリットは、アライダがすっかり気に入ったようだった。
「なぁ、アライダさん。あなたはこの病院で働く気はないか?」
「! 私が、ですか?」
「能力は、申し分ない。その気があるなら、上司に掛け合ってみるけど」
「実は私、未成年の弟妹が四人もいまして……。夜遅くまで働くことが、出来ないんです」
「それなら……、それでは治療を完全予約で請け負うようにして、仕事量をセーブできるようにしてはどう? そんなに難しい事ではないと思うけど」
「そんなことが、できるのですか?」
「出来る、治癒魔法は、すごく需要あるからな。それに、うちの病院に来れば、病院が契約している貸し家を用意することも可能だ。給与に家賃補助もつく」
「それは……、魅力的ですね……」
乗り気になってきたアライダの様子に、話が決まる予感がした。
ラルフの別邸は、最初の人数よりずいぶん減っていた。
アライダの弟妹四人は全員残っているが、邸にいた子供は全員、この王国内の信頼できる施設へ、すでに移っていた。
使用人たちも、無事に退職金を受け取り、三人は故郷の隣国で職を探すと帰国して、あと二人の使用人はラルフが紹介した貴族の元で働くことが決まっていて、近日中に引っ越す予定だ。
アライダは、病院で働く話があると弟妹に報告し、その結果、イングリットの紹介で病院に行くことが決定した。
アライダ達が引っ越すと、保護した全ての人が新しい生活を始めたことになる。
別邸へ顔を出した帰り道、モニカが淋しそうに呟いた。
「淋しくなりますね」
長年、苦楽を共にしてきた人たちとの別れは、モニカの心に隙間を作るらしい。
「近いから、会いに行けばいい」
「はい……」
ヘルトリング伯爵本邸への馬車に揺られながら、ヘムルートはモニカを慰めるように寄り添っていた。
本邸に着くと、エリとラルフとミアが出迎えてくれた。
「おかえり、モニカ」
「おかえり」
「おかえりなさい、モニカお姉さま」
「ただいま、義父様、義母様、ミア」
最近、モニカはラルフとエリのことを、父、母と呼ぶようになった。
モニカに呼ばれるたびに相好を崩す夫婦と彼女は、本物の親子の様だ。
同居する二人の実子であるミアとも、いつの間にか仲が良くなっていて驚いた。
ミアは、年の差婚に憧れているらしく、ヘムルートとモニカの仲を知り、応援してくれているらしい。今日は、ヘムルートがモニカを送って来ると知って、出迎えに来てくれたらしい。
魂の繋がりがあるからか、モニカはヘルトリング伯爵家に馴染んでいる。今まで得られなかった分の幸せを取り戻すかのように、過剰に甘やかされていると思う。
でも、それは悪いことだとは思わない。
ラルフ達と家族になって、モニカは幸せそうだからだ。
しかし、一方でヘムルートの心は複雑だった。
それは、『お嬢さんを私にください』問題だ。
結婚の承諾を、ラルフにしなければいけないと気づいてしまった。
しかも、モニカと結婚すれば、ヘムルートは、ラルフと親子になる。
(年下なのに、頼りがいがあって、ものすっごい格好いい男が義父だとう!?)
ラスボス感漂うラルフが、ヘムルートの前に立ちはだかる妄想をしてしまう。現実を見るたび、自分と比べて敵わないとくじけてしまう。
(なんと器の小さい、情けない奴だ、私は……)
「ヘムルート、どうした? 変な顔して……」
「はは……、何でもないよ」
ヘムルートは、慌てて誤魔化した。
(義父が友達って……、やりずらっ!!)
でもまあ、戦えるだけ御の字だなと思う。
勝利は目の前だ、頑張れ私。
ヘムルートは、自分で自分を励ました。
ヘムルートがグルグル妄想を巡らせているのは、いつものことだとスルーしてラルフが話す。
「ヘムルート、来月、モニカの成人祝いのパーティーを開こうと思っている。モニカに負担をかけたくないから、ごく身内でやろうと思っているが、お前も来てくれるか?」
モニカはヘルトリング伯爵家に入って一カ月経っていない。平民として育ってきた彼女に、貴族然としたパーティーはしんどすぎると思う。
興味本位にやってくるその他大勢貴族は、モニカを侮って見るだろうから、呼ばない方がいいと思う。モニカを祝うパーティーで彼女を貶める者は必要ない。
「勿論、行くよ。モニカが喜ぶ集まりになる様に、私も手伝うよ」
招待客のリストは、必ず確認しようと思う。
「モニカが娘になって初めて迎える誕生日だから、盛大にやろうとエリが意気込んでいてな……。モニカのドレスの手配も、すでにしたらしい」
モニカの傷が完治して、ドレスデザインの制約がなくなったので、今の暑い季節に相応しいものを用意するらしい。
「ついでに、お前の衣装も用意したいって言ってて」
「なぜ、私の分まで?」
「モニカと並んで似合うものにしたいのだと……、女性のこだわりだ。許してやってくれ」
(あぁ、私はエリのお眼鏡にかなう衣装を用意できる気がしない……、頼む方が得策と言えるな……)
「まぁ、私は助かるけど」
ヘムルートは、自然体でお願いする感じを装った。
断ったら、きっとエリに一生恨まれるよなと内心思う。
「すまないな、任せてやってくれ」
ラルフは、ホッとした顔をした。よほど、きつく言い含められていたらしい。完璧な男の彼が、妻に尻に惹かれる夫の様で、ちょっと面白かった。
ラルフも、服にこだわるタイプだが、エリも同じくらいこだわる様だ。
女性の熱意は否定すると後がややこしくなるので、ヘムルートは黙って従う。
モニカを完璧に着飾りたい。
そのために、ヘムルートまでモニカに合うように、コーディネートしたいというエリの気持ちが重くもあり、微笑ましいとも思った。モニカの誕生日を素晴らしい思い出にしようという気持ちが、ひしひしと伝わってきた。
そんな人生最良な日に、モニカにプロポーズしようと、ヘムルートは密かに決めた。当日、サプライズでモニカや皆を驚かせようと、策を練る。
それから、慌ただしく日々は過ぎていき、モニカは診療所の仕事を、ヘラから完全に引き継ぎ終えた。
明日からヘラは、主人の田舎への移住準備を本格化させる。だから、今日は、ヘラの最後の診療所出勤だった。
ヘラは、モニカの成人祝いパーティーに出席してから、田舎へ引っ越すことが決まっている。
「ヘラさん、お疲れ様でした。丁寧に指導いただきありがとうございました」
帰り際に、用意しておいた花束を手渡す。
ヘラは、「まぁ、綺麗!」と感激の声を上げた。
「モニカは、真面目でしっかりしているから大丈夫よ。あなたが引き継いでくれて良かったわ! 頑張ってね」
「はい」
成り行きで伯爵令嬢になったモニカだが、この診療所ではただのモニカとして働いている。それは、モニカが望んだことだった。
近い将来、モニカと夫婦になって、診療所を続けることをヘムルートは望んでいる。未来が楽しみで仕方がないが、その前に諸々のけじめをつけなければいけない。
その一歩が、モニカにプロポーズして承諾をもらうことだ。
ヘラを見送り、二人きりになると、モニカは表情を曇らせた。
アライダの引っ越しを見送った時と同じ顔だと、ヘムルートは思う。
「寂しいな、モニカ」
「はい、とっても」
モニカは、ヘムルートには本音を言うようになった。自分を押し殺す癖が消えて、負の感情も隠さず零す。二人の心の距離が、日々、どんどん近くなる実感がある。
「モニカ、おいで」
ヘムルートは、両手を広げてモニカを呼ぶ。
モニカは、ゆっくりとヘムルートの胸に収まった。
「寂しい時は、我慢しないで。傍にいるから」
「先生」
「ヘムルートって、呼んで。モニカ……」
「ヘムルート……」
二人きりの時は、名を呼ぶようねだる。モニカを甘やかし、甘えられて、ヘムルートは堪らなくなる。
抱きしめる腕を緩めると、モニカの視線がヘムルートのそれと重なる。
惹きつけられるような力に抗えず、唇を重ねた。
始めてしまえば止まらず、何度もキスを繰り返し、深いものになっていく。
「ヘムルート、大好き」
熱い吐息交じりに言われて、ヘムルートは理性が壊れる音を聞いた。
「モニカ、愛している」
狂おしい感情が湧き上がる。
モニカは、もう寂しいと言わなかった。
ヘムルートは、それが嬉しくて理性を飛ばした。
次話で、完結します。
よろしくお願いいたします。




