十五年ぶりの再会
週末の休診日、ヘムルートはモニカと共にヘルトリング伯爵の別邸に来ていた。
「あら、モニカ……。眠っちゃったのね」
向かいで妹に膝枕をしているアライダが呟いた。
ヘムルートの隣に座っていたモニカは、彼にもたれ規則正しい寝息を繰り返していた。昨日は、診療所が忙しかったので、疲れが出てしまったのだろう。
「ふふ、幸せそうな寝顔ね」
アライダが、初めて見るわと嬉しそうに言った。
ヘムルートは、モニカを起こしそうで声は出さず、アライダに頷き笑顔を添えた。
「あの家からモニカを送り出すとき、王国に古い知り合いがいるとは聞いたけど、あなただったのね」
「はい……」
モニカが起きてしまわないか気にしながら、小声で返事した。
「モニカは、眠りが深い子よ。少々話しても起きないと思うわよ?」
ヘムルートの心を察して、アライダが笑った。
「あなたは、親身になってモニカを見守ってくれたのですね」
「褒められると、辛いわ。後悔ばかりして、生きてきたのに……」
「よく、耐えて来られた。あの夫に心を壊されることなく、ここまで来たあなたはすごいと思いますよ」
「そうね……、そうかもしれない」
アライダは、しみじみと肯定した。
あの地獄のような環境から生還したのだから、胸を張っていい。
「よく、休んでください。モニカは部屋に連れていきます」
「ありがとう、モニカをよろしくね」
アライダは、妹の柔らかい髪を撫で続けた。
モニカが、アライダたちと過ごしたがったので、ラルフは別邸の一室をモニカ専用に振り分けてくれていた。
その部屋にモニカを横抱きにして、ヘムルートは向かった。
夜会場にもなるラルフの別邸は、招待客が休めるように、シンプルな部屋が多くある。目的の部屋のベッドに、モニカを寝かせ、傍らに置いてある椅子に座り、ヘムルートは一息ついた。
モニカは一度も目を覚まさず、すやすやと眠っている。
あどけない寝顔は見飽きることなく、時間を忘れて傍に居た。
ゆったりと構えていた時、モニカはゆっくりと目を開け、ヘムルートの方を見た。
「モニカ、起きたか?」
「――――ヘムルート」
「!?」
モニカは、ヘムルートを『先生』と呼ぶ。
「……エリーゼか?」
「えぇ……」
モニカと違う、壮年の女性のような口調で話す。
これが、エリーゼなのかと驚きを押し込めた。
「あなたに……」
「うん」
「謝りたくて……」
「……」
「酷いこと言って、ごめんなさい。あの時……」
エリーゼの台詞に、ヘムルートは一気に十五年前に引き戻された気分になった。
「せっかく好きと伝えてくれたのに、あなたの好意に応える余裕がなくて、あなたを傷つけたわ」
「うん……」
ゆっくりとあの時の繰り返しの様にいう言葉に、胸が詰まった。
あの当時、エリーゼは独りで心の病でおかしくなった母親と向かい合っていた。ヘムルートに構う余裕がなかったのも、今では理解している。
「あなたが、母のことで苦しむ姿を見たくなかった」
「私は、その苦労も一緒にしたかったけど、君には伝わらなかったみたいだね」
「……そうね、……今なら、解るわ……」
「十五年かかったけど、伝わって良かった」
「うん」
心残りない様に、出てきてくれたのと訊こうとして言葉を飲み込む。
最期、なのかと思う。
「慌てて出ていくことないのに」
つい、嫌味がましく言ってしまう。
「私ね、ヘムルートに会いたくて、モニカの体で会いに行った」
「私に……会いに来ていたのか」
「そう、話せなくても顔だけ見ていたかったの」
最初に見かけたモニカは、エリーゼの意識下だったのかと思う。
「でも、そのせいでシスターに目をつけられて、人さらいに遭わせてしまった。ギュンターに囲われてからは、痛みを引き受けることしかできなかった」
「……」
「私が関わると、モニカの立場が悪くなると思い知ったわ」
「消えたかった理由は、モニカを窮地に追い詰めたからか」
「そうよ、みんな、私のせい……」
「違う、モニカがシスターに目をつけられたのは私のせいだ。私は、モニカの立場を考えず、シスターの不正を暴こうとした。モニカが代わりに、その責めを受けさせられた。私は、本当に情けない考えなしの馬鹿なやつだった。エリーゼはモニカを守っていただけだ。ちっとも悪くない」
消せない浅はかだった自分を思い出し、猛省した。
あの時のような失敗はもう繰り返さないと誓う。
「エリーゼ、モニカは私が守る。安心して」
「うん……」
「大好きよ、ヘムルート」
「うん、私も君が大好きだった」
十五年前に伝え合えなかった告白。ヘムルートは、敢えて過去形で答えた。
長い時間がかかったけど、伝えられた。
「モニカを一番にしてしまって、ごめん」
「今は、私もモニカが一番だから、おあいこよ」
「そうか」
「そうよ」
これが、ヘムルートとエリーゼの愛の終着点。
これから、さらにモニカの人格統合は進んでいくだろう。
エリーゼが未練残さず、笑ってくれた。
ヘムルートの悲しく苦しかった思い出が、幸せなものに書き換えられる。
エリーゼを好きになって良かったと思わせてくれた。
最期に粋なことをするエリーゼを、ヘムルートは生涯忘れないだろう。
モニカのモテ期到来。
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