罪人の末路
本日更新、一話目です。
少し時は遡り、アライダ・クニッゲ子爵夫人がラルフ達の救済を受け入れた翌日の事。
アライダが保護を求めたのは、彼女の弟妹が四人、クニッゲ氏に囲われていた子供が三人、そして、クニッゲ子爵家で働く使用人五人で、夫人を合わせて十三人にもなった。
驚くべきことに、クニッゲ子爵の元に残りたいと言う者は、一人もいなかった。
使用人たちはクニッゲ子爵の表の顔である、慈善家の志や姿に惹かれてきた者が多く、現実を知り憤りを感じていたらしい。
それでも留まっていたのは、アライダが子どもたちを癒し続けてきた姿に、心打たれて残っていたと言われて、納得できた。
クニッゲ子爵と対照的に、妻のアライダは文字通りの慈善家の妻だった。質素倹約な暮らしぶりで、子どもたちに優しく接した。そして、使用人を大事にして、時にはクニッゲ子爵の横暴から彼らを守った。アライダの尽力のお陰で、子どもたちの命や心がギリギリで守られ、悲しい犠牲を生むことがなかった。
「ラルフ、ありがとう。別邸を貸し出してくれて……」
「こういうことは、一気にやらないと効果がないからな。できないことは、やらないから気にするな。とにかく、今はクニッゲ子爵から距離を置くことが目的だから、手狭だが、我慢してもらおう」
ラルフは、保護した一行のために、別邸を提供してくれた。
ラルフの実家のアーレンベルク家の施設騎士で守りを固め、ラルフが念のため敷地全体に結界を張った。
ラルフとヘムルートが話していると、荷物整理を終えたアライダがやってきた。
「アライダ様、安全が確認できるまで、ここに留まっていただきますが、落ち着くまでの辛抱ですので」
ヘムルートがいうと、アライダはここに来て初めて笑みを見せた。
「みんなの顔が見える方が安心しますので、大丈夫ですよ。また、弟妹と暮らせる日が来るとは思いませんでしたから……」
アライダが、弟妹を迎えに行った時、一番上の十五歳になる弟が、泣いて喜んだ。
生活費と家政婦をあてがわれて、五歳から姉と離れて暮らしてきた彼は、下の弟妹を幼いながらに護ってきた苦労があったのだろう。
アライダは、クニッゲ子爵から守るために、彼の施設に弟妹を入れなかった。両親を十八歳で亡くしたアライダが、望まない結婚を受け入れ、必死になって守ってきたことが伺えた。
「夫の凶行を止められなかったことは、申し訳なく思っています。でも、実家の弟妹を守るため、私は子供たちが傷つくのに目をつぶり、証拠を消し続けたことは、私の罪です」
アライダは、かかわった子供たちを思い出しながら、懺悔の言葉を綴った。
その時、入り口から入ってくる人の気配がして見ると、モニカが入ってきた。すでに、半泣きになっている。
「奥様!」
「モニカ……」
「うぅ……、ご無事でよかった……」
「モニカ……、あの日の私の願いを聞いてくれてありがとう」
モニカは、アライダに抱き着いた。
アライダも、モニカをしかと受け止めた。
「私たちを助けてくれて、ありがとう」
モニカはアライダに縋りつき泣いた。
アライダもつられて涙を流した。
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所は変わり、ここは隣国のクニッゲ子爵邸。
ギュンター・クニッゲ子爵は、顧問弁護士を呼び出していた。
時間通りに来た弁護士は、いつもと違う邸内の雰囲気に言葉を飲み込んだ。
何処か薄暗さを感じる応接室の机には、白い封筒が何通も並んでいた。
目の前に座るクニッゲ子爵は、静かに怒りを滲ませていた。
「何も言わずに、妻と使用人全員が出て行った」
弁護士は、予想外の報告に息を飲んだ。
そして、目の前の彼を怒らせない様に言葉を選んだ。
「はぁ、それは大変なことで……」
お茶の一杯も出てこないわけが分かった。
机の上の封筒は、出て行った彼らが残した手紙なのだろうと気づいた。
「書類を確認させていただいて、よろしいですか?」
「あぁ、頼む」
弁護士は、順に封筒の中身を確かめた。
そして、種類別に分けてから、クニッゲ子爵に向き直った。
「奥様は、離婚届と婚姻契約書を残されていますね。旦那様は、離婚を希望されているということでよろしいですか?」
「私は、離婚する気はない」
「では、なぜあなたは離婚届にサインしているのですか?」
「これは、いつでも支援を打ち切るという脅しをかけるために書いたものだ。本気じゃない」
(脅しって……、こいつ、クズだ……)
弁護士は、本音を飲み込み、書類に目を戻した。
「この婚姻契約書、財産は全てあなたのもので、奥様は全ての権利を放棄すると宣言されている。この契約を認めて、奥様は離婚されるのでしたら、あなたにはメリットしかないですよね? 財産全部あなたのものなのに、何の権利を主張されるので?」
潔いくらいの愛情のかけらも感じられない契約書。
この男は、妻に何を求めているのか全く分からなかった。
「私は、あいつがいなくなると困る。だから、離婚する気はない」
「あぁ、未練があって、別れたくないということですか。よりを戻されたいのでしたら、奥様に誠意を示されるのが一番かと。弁護士を挟むことではないですね」
「何だと!? 無礼な!」
当たり前のことを言っただけなのに、無礼と切り捨てるとは。
話が通じないとは、こういうことだなと弁護士はぼんやり思う。
「申し訳ございませんが、何度問い合わせに来られても、奥様を振り向かせるのは私共の仕事ではありません。離婚しても、あなたは何も変わらず全てを持って暮らせます。それで、文句をおっしゃる意味がわかりません」
このような扱いをして、妻がいつまでも傍に居てくれると思っているとは、愚かとしか言いようがない。
早く帰りたくて、分類した用件の違う書類の話に切り替える。
「使用人の退職願が五通ありますね」
「雇っている全員が、いなくなった」
「酷い奴らだ。雇ってやった恩をあだで返しやがって……」
「もしかして、何か盗まれでもしましたか?」
「いや……」
(違うのか?)
「給料を前払いして、逃げられましたか?」
「いや……、全員いなくなったので、今月働いた分は渡していないが」
(おいおい、まさかの給料未払いかよ……)
「それではあなたは、何も損害を受けていないということですね」
「金銭的にはな! だが、精神的ダメージは受けた。帰ったら、もぬけの殻だったんだからな」
(そんな横柄な態度で、そりゃみんなついてこないわ……)
「給料すら、受け取りたくなくて辞められたとも考えられますが……。そのような態度の使用人を呼び戻さず、新しい者を雇った方が建設的だと思いますけど」
「そんなの手間がかかって、面倒だ!」
「そうですね」
弁護士はすでに呆れてものも言えないが、相槌だけを返した。
そして、弁護士として言えることを伝える。
「結論から申し上げますと、使用人は彼らの意志で辞める権利があります。それをあなたが止めることは出来ません、以上です」
胸糞悪くなりながら、最後の書類を確かめる。
「これは、子どもの施設退会届ですね」
「そうだ! それ! アライダが、妻が勝手に手続きをした。子供は何処にもいない。誘拐とかで、妻を訴えることできるか?」
「それは……、この子たちは子爵の子どもではありませんよね?」
「違う、身寄りのない子どもを邸に住まわせていた」
「え、邸で?」
「あぁ、念入りに可愛がっていたのに……」
「施設の子どもを、邸に連れてきていたのですか?」
「? それが? 私が管理する施設の子どもをどう扱おうと、構わないだろう」
「構いますよ! 施設から勝手に連れ出したなんて、それこそ誘拐ではありませんか。どういう経緯で、家に?」
「えええっと……、それは……」
急に言葉を濁したのを見て、弁護士は彼に関する噂を思い出していた。
だが、子どもを自分の欲を満たすための道具にしたのかと訊けなかった。
それは、弁護士である自分が抑えられる領域を超えている。
「クニッゲ子爵、奥様や使用人、可愛がられていたお子様が、一斉に去られたことは、大変なことと思います。しかし、この状況を作ってしまったのは、あなたご自身です。それを棚上げして、不満を言うのはありえませんよ」
とうとう、クニッゲ子爵は黙り込んで俯いてしまった。
我が国の慈善家の筆頭に上がる人物が、こんな人格だったとは知らなかった。
そういえば、今までは奥様しか会ったことなかったなと思い出す。
奥様が、この男から逃げることが出来て良かったなと、弁護士はしみじみ思った。
そして、このことを然るべき人に報告しようと思った。
結構できる、モブ弁護士。
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