救出
夜会の次の日から、ヘムルート達は動いた。
今日は、診療所は休診日なので、ヘムルートは朝からヘルトリング伯爵邸にいた。朝食の用意が出来たと知らせを受け、今はダイニングテーブルにラルフとエリと共に着席している。
いつもの時間に起きてきたモニカに挨拶する。
「モニカ、おはよう。よく、眠れた?」
「先生!? どうして……」
「ラルフの言葉に甘えて、昨夜は泊まらせてもらったんだ」
「……そう、なんですね……」
モニカはいつもの違う雰囲気を察し、モニカは動揺を隠すために無表情の仮面をかぶった気がした。
「モニカ、座って」と、エリが着席を促す。
エリの言葉に、緊張しながらモニカが椅子に座った。
ヘムルートは、モニカの内面を知るため、自衛の仮面を壊す言葉を放った。
「モニカ、私たちに君を守らせて欲しい。君が笑顔で居られるようにしたいんだ」
「!」
モニカの引き結んだ口の端が震えた。
「モニカは、隠しているつもりのようだが、君はとても無防備だ。君は本当に分かりやすくて危い子だ。これ以上、良いように扱われるのを止めたい」
「隠してなんて……、何の事だか分かりません」
分からないと言いながらも、その目は恐怖を思い出し濁っていた。
隠そうとしていることがバレバレだと、ヘムルートは心の中だけで呟く。
「昨日挨拶した、ギュンター・クニッゲ氏を知っているね?」
「……」
黙っていても態度は雄弁だ。
モニカの目が泳ぎ、俯く動きは、ヘムルートの問いを肯定していた。
「これは、私の問題です。先生には関係ありません」
力のない子どもなのに、ヘムルート達を巻き込まない様に助けを拒絶する。
誰にも頼らず生きてきたのは立派だが、人に頼れるのに拒絶するのは違うと分かって欲しかった。差し伸べる手を握る勇気を出して欲しくて、ヘムルートはモニカに話しかける。
「モニカ、そうやって独りになるのは止めなさい。今、君の傍に私がいることを知ってくれ。エリもラルフもいる。そうだ、ヘラさんもいるな……、とにかく、クニッゲ氏の件は、私たち大人に頼っていい問題だと、分かって欲しい」
「先生……」
「モニカ、クニッゲ氏は裁かれるべき犯罪者だ。君に充分な暮らしを与えたかもしれないが、それと君が受けた仕打ちは別だ」
恐怖を滲ませる顔をしたモニカの手を、ヘムルートは取った。両手で包み込むと、緊張して冷え切っている指を握りしめ温めた。
「クニッゲ氏は、君の記憶が残っていることを察していると思う。犯罪の証拠を持つ君を、彼は放っておくはずない。だから、奴の手の届かない存在になる必要がある」
ヘムルートは、ラルフに目を遣った。
それを合図に、ラルフが口を開く。
「モニカ、私とエリの娘になってくれないか?」
「ええっ!」
「そうすれば、私もエリも君を守れる立場になれる。私たちは、ヘムルートに負けない位君を大事に思っているんだ。私たちの我が儘を聞いてくれないか?」
「どうして……、そこまで……」
「あなたが、大好きだからよ。モニカ」
「好き、だから?」
「そう、だからモニカも幸せになる覚悟をして。もう、私なんかって言わない位幸せになるの。私たちは、その手助けをしたいの」
ヘムルートが握ってない方のモニカの手を、エリも取る。エリの手の上にラルフも手を重ねた。
「モニカ、勇気を出して、幸せになる一歩を踏み出して」
「モニカ、君は独りじゃない。忘れないで」
ラルフとエリが、勇気づけるように言った。
「もう、独りでいなくてもいいの?」
「そうだ、私たちがいる。何でも頼ってくれ」
「本当に?」
「あぁ、もう独りにならなくていいんだ。モニカ……」
モニカの内側にあるもの、それは誰かに愛されたいと渇望する心だ。
それに応える方法は、愛情を注ぎ続けることだ。そうすれば、凍り付いた心を溶かすことが出来るだろう。
ヘムルート達は、愛情を注ぐ手を緩める気はないのだから。
モニカは、最初は困惑したものの、ヘルトリング伯爵家の養子になることを承諾してくれた。
ラルフは、一応準備していたという書類を出してきて、ヘムルート達を驚かせた。モニカにサインを書いてもらい、完成した書類を役所に届けるよう、執事長に指示した。
後は、クニッゲ氏をどうにかするだけだ。
ヘムルートもラルフも、モニカを証人にしてクニッゲ氏を追及する気はなかった。モニカが裁判で証言することは、心の傷を二重に与えることになるからだ。
だから、正攻法で追及せずに、クニッゲ氏の力を確実に削ぎ、モニカの前に二度と立てない状況に追い込むことに決めた。
モニカも、ヘムルート達の意見に賛成してくれた。
そして、クニッゲ家の内情を提供してくれたおかげで、クニッゲ氏の完全犯罪を成立させる力を持つ人間の見当がついた。その人をこちら側の味方につけることにした。
ランゲ子爵から聞いた情報より、クニッゲ氏はしばらくこちらの王国に滞在する予定だと判明した。彼にこちらの動きを知られる前に、味方にしたい人間に接触しようと決めた。
ヘムルートは、10年ぶりに診療所を臨時休診し、ラルフと共に隣国へ向かった。
ギュンター・クニッゲ氏の邸より先に、二人は、丁度商品の買い付けにやって来ていたヘムルートの兄、カール・ブラウンの元へ行った。
ラルフの転移魔法で、カールの目の前に着いた。カールは突然の弟の登場に腰を抜かした。
「ヘムルート、びっくりさせるなよ……、ヘルトリング伯爵殿、こんにちは」
カールは、へたり込んだまま挨拶してくれる。ヘムルートが手を差し出し、カールを引っ張り上げ立たせた。
「ごめん、兄上。ちょっと、頼みたいことがあって……」
「何だ?」
「売り込みの体で行って欲しい所があって、この国のクニッゲ子爵家なんだけど」
「あの方に?」
兄は、クニッゲ氏を知っているようだった。例の悪い噂を知っているのか、顔色を曇らせた。
「正確には、クニッゲ子爵夫人に会いたいんだけれど、紹介できる商品ある?」
「あるよ、マニア垂涎のシルバーチップの新茶」
兄は、商売顔に戻って自信満々に笑った。
異国の商人の売り込みを装い、ヘムルート達はクニッゲ子爵邸を訪ねた。
突然の飛び込み営業にも関わらず、クニッゲ子爵夫人は面会を承諾してくれた。
通された応接室に、ヘムルートとラルフは、カールを真ん中に挟んで座った。
間もなく入ってきたクニッゲ子爵夫人を見て、ラルフが口に手を遣った。密かに消音付与した結界を張る。
ラルフが警戒している姿を見て、夫人が手練れの魔法使いなのだと確信する。
「アライダ・クニッゲと申します。ヴァルデック王国の方が、私に何の御用でしょうか?」
「突然の申し出にかかわらず、対応くださりありがとうございます。ブラウン商会のカール・ブラウンと申します。他の二人は見習いでして、帯同しております……」
見習いの名前紹介は省いて、兄は手筈通り商品紹介に入った。
「今日は、シルバーチップの新茶が手に入りまして、是非紹介させていただきたく、参った次第です」
「――――そう……」
夫人は興味なさげに短く応えて、黙り込んだ。
まさか、ラルフの魔力を察して疑っているのか。
ヘムルートは、思い切って切り出した。
「ここでお世話になっていたモニカが、奥様によろしくと言っておりました」
「あなた、モニカを知っているの?」
夫人は、急に目に力を宿し、息を飲んだ。
「えぇ、同僚です。モニカはあなたを慕っていましたよ」
「あの子が、ここをあなた方に紹介したの……?」
「モニカは、あなたを心配していました。そして、助けたいと……」
ヘムルートは商人の装いを止めた。夫人にモニカの想いを伝える。
夫人が攻撃してくる様子はないので、そのまま話を勧めた。
「実は、私はモニカの古い知り合いで、医師のヘムルート・ブラウンと申します。じつは、こちらに来た本題は、商品の紹介ではありません」
「そのようね」
空間に張った結界を見まわして、夫人は言った。
「これを張ったのは、あなた?」
夫人が確かめるように、ラルフに訊いた。
「私は、ラルフ・フォン・アーレンベルク=ヘルトリングと申します。今は、モニカの義父です」
「まぁ、そうなの?」
「夫人、私たちはあなた方をクニッゲ子爵から逃がすために来ました。保護する際に、希望はありますか?」
「私の実家の弟妹たちの安全と、この邸に閉じ込められている子供たちの保護もお願いします。あと、この家の使用人も……」
「勿論です。あなたが助けたいと思う全ての人間を保護しましょう」
ラルフが言うと、クニッゲ子爵夫人は目を潤ませて「ありがとうございます」と、小さな声で言った。
夫人は、自分以外の人間の保護を最優先で口にした。
モニカが夫人をかばおうとした理由が、分かった気がした。
ヘムルート達が、クニッゲ子爵夫人と初めて面会した日から五日後、クニッゲ子爵は隣国の自邸に戻ってきた。
「なんで、誰もいないんだ!!!」
出迎えてくれる気配はない。
そして、閉め切られていたせいで黴臭さも漂う。
冷え冷えした空気に、クニッゲ子爵は顔を歪ませた。
ラルフの面倒見の良さに、脱帽。
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