真実を知る
ヘルトリング伯爵邸に帰って来た。
すっかり大人しくなってしまったモニカに、エリが声をかけた。
「モニカ、今日は疲れたでしょう。手伝うから、休む用意をしましょう」
「はい」
「エリも休めよ」
ラルフの呼びかけに、エリは頷いた。
「エリ、モニカ、お休み」
ヘムルートも、出来るだけ優しい声を努めて出す。
「おやすみなさい、先生」
「失礼します、ブラウン先生」
エリとモニカが部屋に戻るのを見送り、ラルフはヘムルートを応接室に誘った。ラルフは直ぐに人払いして、消音付与した結界を張った。
押さえていた感情を解放し、ラルフとヘムルートの顔は険しくなる。
「モニカが分かりやすくて、すぐに分かったな」
「そうだな、ギュンター卿が昔、証拠不十分で逃げた男だよな?」
「そうだ、子どもを加虐していると噂されていたが、証拠が全く出てこなかった慈善施設のトップだ」
「初対面を装っていたが、モニカを見て動揺していた。間違いない、あいつがモニカを傷つけた張本人だ」
ヘムルートは、怒りが沸々と湧き上がり、爪のあとが付くくらい握る手に力を入れる。
ラルフは、考え込んでいたが、話し始めた。
「そうかもしれない、が、合点がいかないところもある。ギュンター卿は魔力持ちじゃなかった。なのに、証拠を消す力を持っているのはなぜか」
ラルフはあの時、ギュンター卿の魔力を探っていたのかと気づく。あの短時間で調べ上げるラルフは、すごい魔法使いだ。
そして、ヘムルートは、彼の問いにピンときて答えた。
「協力者がいる」
「うん、恐らくそうだろう。その者も一緒に捕まえないと、悪事は根絶やしにできない。ギュンター卿だけを捕まえても、第二、第三のギュンターが出てきて、子どもは危険に晒され続けるだろう」
「ギュンター卿の身辺を洗い出す必要があるな」
「傷と記憶が消せる魔法使いが、奴の傍に居るはずだ。そいつを、拘束するのが先だ。表に出ているギュンター卿よりも先に」
「モニカは、初対面のふりしてギュンター卿に挨拶していた。記憶を消されたふりをしたのだろう。その指示をして、モニカを逃がした者が、ギュンターの協力者だと思う。推測の域は出ないが……」
「それな……、モニカの演技が下手すぎて、多分誤魔化せていないだろうな」
ヘムルートは、遠い目をして嘘を吐くモニカを思い出した。
可愛かったが、あの大根役者っぷりは、相当だった。ツッコまなかった私を褒めて欲しいくらいだ。
「そうなら、証拠隠滅するために、モニカに接触してくるに違いない。これから、モニカの守りを強化する必要がある」
ラルフのリスク管理分析を聞きながら、最適解を模索した。
その結果、ヘムルートはなりふり構わず口にしていた。
「ラルフ、モニカを養女に迎える話を進めてくれないか?」
モニカを、確実に守る方法。
それは、上位貴族にモニカがなること。
王族に繋がる血縁を持つラルフの娘になると、ギュンター卿は強引な手を使えなくなるだろう。
「お前から、言い出すとは――――」
「モニカは、二度も私に助けを求めてきた。一度離れても、また帰って来てくれた。だから、今度は絶対守りたい。そのための最善策なら、私の感情はどうでもいいんだ」
「そんなに、大事か」
「あぁ、どうしようもなく……」
「お前の覚悟は分かった。だが、モニカの気持ちと向き合うことは約束してくれ」
「……」
「モニカが、お前の所へ戻った理由は……、心の機微に聡いお前ならわかっているだろう? もう、つまらんこだわりでモニカを見ないようにする壁を作るな。ちゃんと、向き合え」
ラルフは、いつまでも勇気の出ないヘムルートに喝を入れた。
しかし、分かってはいるが、進めず足踏みしてしまう厄介な自分がいた。
「ラルフ……、私はモニカが大事だ。なのに、彼女のしぐさにエリーゼを重ねてしまう自分が許せない。エリーゼは、まだ私の心から消えてくれない。こんな私がモニカと一緒にいたら、不幸にしてしまうのではないか?」
夜会で踊ったワルツ、エリーゼと踊ったステップを思い出して踏んだ。モニカと踊っているのに、エリーゼの面影を感じてしまった。
ラルフは、ヘムルートの吐露に一瞬言葉を失った。
しかし、すぐに我に返り、ヘムルートに訊いてきた。
「……ヘムルート、ちなみに、モニカのどこがエリーゼに似ているのか、訊いても?」
「へ?」
「あ、いや……、そうだな。エリを呼ぼう。養女の件は、彼女抜きで進めてはいけない」
「うん、そうだな……」
話の行方が定まらず、ラルフが動揺していることに気が付いた。
「待っててくれ、エリを呼んでくる」
「あぁ……」
ラルフは、一旦結界を解き、部屋を出て行った。
そして、エリを連れて戻ってきたラルフから、モニカはエリーゼの魂を宿した娘であることを知らされた。
ヘムルートが、エリーゼの気配を感じて悩んでいたことを知り、これ以上黙っていられないと思ったらしい。
そして、モニカの中のエリーゼから、ヘムルートに存在を隠すように頼まれたということも知った。
探し続けてきた彼女が見つかった喜びと、もう自分と関わるつもりがなかったと知り、ヘムルートは心を引き裂かれそうな痛みに耐えることになった。
「ラルフとエリのモニカに対する執着が異常だと感じていたが、理由が分かって、スッキリしたよ」
驚いたが、自分の感覚が間違ってなかったと分かり、エリーゼとの約束を破って教えてくれたエリとラルフには怒る気持ちは湧いてこなかった。
「ブラウン先生、黙っててごめんなさい」
「いや……、エリーゼの願いだったのだろう? 彼女を大事に思ってくれてありがとう、エリ」
「……」
人知れず悩んでいたのだろう。泣き出しそうな顔をしたエリに、ラルフはエリの肩を抱いて宥めるように腕をさすった。
「心療内科医としての意見を、お前に訊きたいのだが……」
「うん」
「モニカの中のエリーゼは、本当に消えてしまうのだろうか?」
「人が、主人格の他に別人格を生み出すのは、主人格を守るためだ。
本能的に、心が破綻しそうになると、別人格を作り、そいつが代わりに傷や痛みを引き受けることで、自分を守るんだ。実際に、傷ついたり痛いときも、自分が受けているわけじゃないと誤魔化して乗り切るんだ。多分、ギュンター卿と離れて、傷つけられなくなったから、別人格が必要なくなり、消えると思う。いや、消えるというか、主人格に統合されるというべきか」
「モニカの不安が解消されると、消えちゃうのね。やっぱり……」
「忘れていい部分を切り捨てた所を残して、一つに溶け合う感じかな。完全にすっぱり消えるわけじゃない」
「モニカにとって、それは、いいことなのよね」
「それは、間違いない。エリにとっては半身が消えることは辛いだろうが……」
「うん、辛い。でも、モニカも大切なの。エリーゼが守ってきたモニカを、これからは私は守りたい」
エリの心に触れると、いつでも清浄な気持ちになる。
彼女の存在が、ヘムルートの支えになっていたのも事実だ。隣にはラルフがいるから、遠くで見守ってきた。
「エリ、ありがとう。君が、エリーゼの半身で良かった」
「ブラウン先生……」
変わらない優しい思いが、ヘムルートを癒してくれる。
「私もいるぞ、忘れるなよ、二人とも」
「ふっ、嫉妬か? 案外女々しいな」
「当たり前だ! エリの隣は私のものだからな!」
(こどもかっ、お前は……)
羞恥心なく、言い切るラルフは、筋金入りの溺愛妻家だ。
「そんな宣言しなくても。私には、あなたしかいないわ」
エリが呆れた声で、だが、しっかりと惚気た。
「あーー、所構わずいちゃつくな……。居た堪れない」
ヘムルートは、軽口をたたいて、泣いてしまいそうな自分を誤魔化した。
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