夜会にて
「ヘムルートは、夜会の主催者のランゲ子爵は知っているか?」
道中の馬車で、ラルフが世間話を振ってきた。
「直接の面識はないが、実家と子爵は取引があるらしい」
夜会の衣装を用意をしてくれた義姉が言っていたのを、思い出して答えた。
「君の兄上の話は、私の耳にも届いているよ」
「そうだろうな、今は新茶が出る時期だから、買い付けに飛び回っているよ」
「新茶か……、争奪戦になることだろうな……」
「初摘みは、毎年値が釣りあがるから、良い商売になる」
ヘムルートの実家であるブラウン家は、輸入食品を主に扱う会社を営んでいる。ヘムルートの祖父が興した会社で、今はヘムルートの兄が継いでおり、豪商と呼ばれる盤石な地位を確立している。
扱う商品が貴族向けのものが多く、取引する過程で人脈が築かれていくのだ。
「兄は私と違って、根っからの商売人だからな。好き嫌いせずに人付き合いできる、すごい人だよ」
「あーー、友達少ないもんな。お前」
「そうだな、今はラルフしかいないし……」
「「えっ!」」
エリとモニカが同時に声を上げた。
「シンクロして、驚くなよ……」
同じタイミングで同じ反応をしたので、おかしかった。顔立ちも髪や目の色も違い、似ている要素は少ないのに、何故か雰囲気は似ていた。
「忙しすぎて、予定合わせる労力まで割けなくて。その点、ラルフはフットワーク軽いし、突然ドタキャンしてもお互いさまで済むし……」
正直な気持ちをこぼすと、三人はさらに微妙な顔をした。
「ヘムルート、やっぱりお前仕事しすぎだ。もう少しセーブしたほうがいい」と、ラルフが。
「そうね、友達がラルフだけなんて、悲しすぎるわ」と、エリが。
「先生、仕事と結婚はできませんよ」と、モニカが。
三人三様、言葉は違えど、意味は同じ。
ヘムルートに駄目だししているのだ。そして、心配を滲ませている。
「視野が狭くなっていると、自覚したか? ヘムルート」
「あぁ、容赦ないな、ラルフ。モニカまで味方につけるとは、策士だな」
「反省したなら、夜会を楽しめ。モニカを頼むぞ」
「あぁ……、分かっている」
「モニカ、ブラウン先生を振り回して良いから、あなたも楽しんでね」
「えぇ……、私は奥様の付き添いでは? 侍女見習いでは?」
エリが、雑な誘い方をしたと発覚し、ヘムルートは呆れた。
「モニカ、そんなガチ盛装しておいて、侍女はないよ。エリに騙されたな……、君は普通に招待客としていくんだぞ」
「そんな……」
モニカは分かりやすく青くなった。
知識や教養は豊富なくせに、世間知らずなところが堪らなく可愛いと思う。
「何とかなるわよ、モニカなら」
エリが自信満々で、太鼓判を押したが、無責任な慰めを言ったようにヘムルートには見えた。
「そうでしょうか……、緊張してきました」
戸惑うモニカと正反対に、ヘムルートは落ち着きを取り戻す。
「モニカ、私も久しぶりで、今の社交界を知らない。私も同じようなものだから、初めて同士の気分で一緒に楽しもう」
「――――はい……」
モニカと目が合って、照れて頬を紅潮する彼女は可愛かった。
年甲斐もなく、ヘムルートの胸が高鳴る。
ヘムルートは、密かに自分のテンションを上げながら、一方でラルフとエリが、モニカを貴族の娘の様に扱うことに違和感を抱いた。
モニカを養女に迎えたいというラルフが言った与太話が、現実身を帯びた様に感じて仕方がなかった。モニカが、手に届かない存在になるのはいやだった。
何よりも、ドレス姿がなじんで見えるモニカは、振る舞いなども様になっているのだ。平民で孤児院で暮らしていた娘だとは、感じない位に。
なぜ、そんな風に見えるのか、ヘムルートは訳が分からなかった。
夜会会場であるランゲ子爵邸の入り口を、ラルフ達の後に続き、ヘムルートとモニカも入場した。資産家の子爵らしい贅を尽くしたしつらえに、ヘムルートは圧倒されていた。
「先に子爵に挨拶に行こうか」
「わ、分かった」
場違い感を押し殺し、何とか答える。
自然に発生した主催者のランゲ子爵に続く列に並び、順番を待つ。
列はスルスルと短くなり、ラルフの順番が来た。
「ランゲ子爵、今日は招待いただき、ありがとう」
「ヘルトリング伯爵、ようこそ、夫人もお元気そうで何よりです」
「今日は、友人を誘ってきた。楽しませてもらうよ」
横にずれたラルフの後ろにいたヘムルートに、ランゲ子爵の視線が注がれた。
「ヘムルート・ブラウンと申します。私は市井で医師をしております。実家の兄が、ランゲ子爵殿によろしくと申しておりました」
「兄?」
「ブラウン商会で、お世話になっております」
「そうでしたか! いや、兄上にはこちらが世話になっているよ。優秀な医者になった弟君がいると聞いていたが、君の事か」
「いいえ、愚弟でございます」
「謙遜なさるな、お連れの方と存分に楽しんでいってください」
「ありがとうございます」
ヘムルートは子爵に笑顔を返し、その場を辞した。
「あぁ、緊張した」
十分な距離を取った所で、つい心の声がもれた。
「お疲れ様です、先生」
モニカがそう言って、笑いかけてくれた。天使か。
「ヘムルート、後で合流しよう。二人で楽しんで」
ラルフは、社交する必要がある貴族だ。物見遊山目的で来たヘムルート達と違ってやることがあるのだ。
「あぁ、また後で」
ヘムルートが返事すると、ラルフとエリは目的の方向へと消えていった。
「先生」
「ん?」
「先生は、夜会をどんなふうに楽しむのですか?」
「そうだなぁ、知り合いと話すのが主で、料理を食べたり、ダンスを踊ったり……、モニカは、夜会は初めてだよな」
「はい……」
「いきなり楽しめって言われても、困るよなぁ……」
「……そうですね」
モニカの表情は硬い。エリに騙し討ちの様にして連れてこられたのだから、無理もないと思う。落ち込んでいるのかと思ったが、モニカは笑っていた。
「でも、正直、ワクワクしています。私、憧れていましたから……」
「憧れ?」
「はい、綺麗なドレスを着て、男の人とダンスを踊ったりするの」
意外だった。が、モニカは成人間近の娘だと思い直した。
そして、そう思う余裕があることが、嬉しく思う。
「踊ろうか?」
ヘムルートが誘うと、モニカはしゅんとしてしまった。
「じつは、ちょっと練習しただけで、大勢の前で踊るのは怖いです」
「じゃぁ、誰もいない所で踊ろう」
練習したということは、踊りたかったのだろうと察した。
下手でも、ヘムルートは気にしない。
(モニカのファーストダンスの相手になるって、ちょっとテンション上がるな……)
ヘムルートはモニカを連れて庭に出た。ダンス曲と話し声が遠くなり、喧騒とは無縁のような静けさに包まれた。
小さな広場になっている場所を見つけてモニカと向き合った。
「モニカ、手を」
「はい」
ヘムルートはモニカが出した手を取り、身体を寄せてホールドした。
室内楽の生演奏らしい音が、小さいがここまで聞こえていた。
まさに、今始まった曲が耳に届く。
「良く聞いて、ワルツだ」
ヘムルートは、構わずステップを踏んだ。
モニカも、一番初めは詰まったが、すぐに合わせてきた。
「上手いじゃないか!」
「そうですか?」
「足を一度も踏んでない」
「その褒め方、嬉しくないです」
ぷぅと膨れた後、モニカが破顔一笑した。
ぎこちないステップだが、驚くほど自然についてくる。
少し練習しただけの成果がこれとは、モニカの有能ぶりに舌を巻く。
息が合う瞬間が何度もあって、楽しくて笑みがこぼれた。
最後にポーズを決めて、ダンス一曲を踊りきった。
ヘムルートもモニカも、やりきった達成感に包まれ、頬を緩ませ笑い合う。
軽く息が上がるのを感じながら、傍にあったベンチにモニカを座らせた。
「モニカ、本当に初心者? 結構難しいステップも踏めていたよ」
「夢で、何度も見ていた……からですかね?」
「ふふっ、そんなのあり? すごいね、君は」
「すごくないです。ついて行くのに、いっぱいいっぱいです……」
(まさかのダンスを睡眠学習!? 聞いたことないぞ!)
言葉では余裕のないことを言うが、ヘムルートが好き勝手動いてもモニカは柔軟に合わせてきた。本当に、驚きしかない。
「今日は、夢のようです。先生も、王子様みたいな姿で……」
「王子……の年ではないけどね。私が、王子なら、君は姫だな」
「姫!? お世辞がすぎますよ」
「そんなことない、本当に綺麗だよ。モニカ……」
「照れます、先生」
(可愛いな! おい!!)
脳内で叫んで悶えた。
完全に浮かれスイッチが入っている自覚がある。
久しぶりに感じる高揚感が、心地よくて仕方がない。
それから、しばらく雑談を楽しんでから、夜会場に戻った。
会場の待ち合わせ場所に、ラルフとエリの姿があった。
もう帰る時間だったかと、近づいて行くと、二人はある男性と話をしているようだった。
取り込み中だったかと近くで立ち止まると、ラルフと目が合った。
「ヘムルート」
ラルフが呼んだので、モニカを連れて歩み寄った。
「ギュンター卿、彼はヘルムート・ブラウン。優秀な医師です」
「初めまして、ヘルムート・ブラウンと申します。心療内科医をしています」
「ギュンター・クニッゲと申します。出身は隣国ですが、微力ながら、この国で子供の支援活動をしています」
「子供の……」
ラルフが、ゆっくりと瞬きした。それは、注意しろの警告サインだ。
「そちらの方は?」
ギュンターが、モニカを見て一瞬、瞳が大きく揺れた。
「は、はじめまして。モニカと申します」
「はじめまして、美しい方ですね」
「……」
腕に触れるモニカの手に、じわっと力が入った。
モニカは自己紹介したあと、それから一度も笑わなかった。
そして、いつもより感情を殺して、ギュンターが去るのを目で追っていた。
モニカの中のエリーゼが、睡眠中にダンスの英才教育を施したらしい。
寝不足になりそうなことするなよとツッコみたくなる。
作者は、社交ダンス知識ないので、ぼんやり表現ご容赦ください。
ブックマーク登録、評価等いただき誠にありがとうございます。
励みにしております!
なんか、暗い話展開ばかりでしんどい感じですが、ハッピーエンドへ向けていく所存ですので、次回も頑張って読んでくださいね。




