夜会への誘い
「え……、何で、私まで招待されるんだ?」
ヘムルートは、後日診療所にラルフが持ってきた夜会の招待状を見て困惑していた。
ラルフに使用人として夜会に潜入する依頼をしたのだが、どこでどう間違ったのか、客として参加することになっていた。
「エリに話したら、モニカを使用人扱いするなと怒られてな。エリがモニカの準備をしてくれるらしいから、モニカのエスコートはお前がしろよ」
「え、お前は?」
「私は、当然、エリのエスコートをする。だから、お前はモニカを頼むな!」
呑気に夜会を楽しむ心境にはなれない。そして、エリが平民のモニカを使用人として扱うことに文句をいうのも、理解できなかった。
「主催者は、貴族階級至上主義でない無害な人物だ。平民の文化人も多く招待されている、気の張らない夜会だ」
「!」
ヘムルートが調べたい貴族とはずれた人間が集まる夜会に、わざわざ出向く意味が分からなくて、ヘムルートは困惑の色を濃くした。
予想通りの反応をしたヘムルートの態度を見て、ラルフは苦笑いした。
「ちょっとお前は、自分を追い詰め過ぎだ。モニカが受けた仕打ちは許せないことだが、お前がそんなに気鬱になっていたら、彼女も気を病むぞ。もっと、努めて明るく振るまえ! お前の気分転換の意味もある夜会だ」
「……」
「ヘムルート、顔が怖い。モニカが心配なのはわかっている。だが、少し冷静になれ。刺々しい態度が目に余るぞ」
自覚ないのかとラルフが訊いた。
「分かっている」
ヘムルートは、雑な態度で返事をした。
ラルフは、分かりやすく気色ばむ。
「そんな顔して、分かっていると判断できないな。とにかく、夜会は楽しむことを思い出すためのものと考えろ。夜会を楽しむ振る舞いが出来ないのなら、これ以上、お前にモニカを任せることはできない」
ラルフの言葉の端々に、モニカの扱いが特別であるような感じがすることに、ヘムルートは違和感を感じた。
「知り合って間もないのに、異常なくらい打ち解けた言い方をするな……」
「あぁ、そのうち引き取りたいというレベルで、接したいと考えている」
「え……、それって……」
「彼女は天涯孤独だろ。養女として我が伯爵家に――――」
「まて、まて、まて、まて!!!!」
「何か?」
「何か、じゃねーーよ!! 問題大ありだ! 養女? 彼女は平民だぞ!?」
「平民出身の優秀な娘を、養女にして育てることは珍しくもなんともないぞ。彼女は相当賢いし、見目は麗しくて礼儀作法も悪くない好ましい娘だ」
「知っているよ! 5歳の頃から、規格外の賢さだったさ!」
「そうだろう、彼女は何処で教育されたのか知らないが、高度な問題も顔色一つ変えることなく答えたんだ。欲しくならない理由の方が、見つからない」
「……」
ラルフの本気度合いが高すぎて、ヘムルートは言葉を失った。
こういうことを真面目に言い出すラルフを見ると、生粋の貴族だと思い知らされる。
相当嫌な顔をした自覚はある。
ヘムルートを牽制する威圧的気配を幾分か緩め、ラルフは乾いた笑い顔を見せた。
「ヘムルート、まだ何も決まっていない。私たちは、モニカの気持ちが大事だと思っている。無理やり養女にしないから、安心しろ」
「安心……なんて、できるわけなかろう?」
「後ろ盾のないモニカにしてみたら、伯爵家の一員になることは心強いことだろう」
感情を混ぜなければ、悪くない話だと思う。
だけど、ヘムルートは、話が挙がるだけで嫌だった。
ラルフとエリが本気になったら、ヘムルートは絶対太刀打ちできない。
そして、彼らの養女になってしまったら、モニカはヘムルートの手の届かない場所に行ってしまうことと同義だ。自分より家柄の良い男の隣で微笑むモニカを妄想するだけで、心が切り裂かれた。
「お前が今のままなら、私たちは容赦しない。もっと、モニカを笑顔にすることに力を入れろ。大切にするやり方を変えろ」
「……わかった……」
ねじ伏せるような牽制に、引き絞られるような痛みを感じながら、ヘムルートは自分の間違いを認めた。素直に心の入れ替えを認めたヘムルートをみて、ラルフは満足そうな顔をした。
「まぁ、エリが望まないと、養女にはしないからな。まだ、エリから養女にしたいとは言われていないから、すぐ形になることはないよ」
ラルフは、しれっと、本音を明かした。ヘムルートを改心させるために、最適な揺さぶりをかける言葉を選んだだけだと分かり、ヘムルートは脱力してその場に崩れ落ちるようにうずくまった。
(しかし、こいつは、妻が望めば、手段を選ばず押し通す化け物だ……、いつでも豹変する危険性は、まだ、消えていない……)
財力と地位と権力とを持ち合わせるラルフは、モニカを守る力を持っている。でも、彼に任せたくない自分がいることを、ヘムルートは、今、思い知っていた。
「頼むから、勝手に養女の手続きはしないでくれ」
せめてもの抵抗で願いを伝えると、ラルフは意味深に笑っただけで、承諾の返事はしてくれなかった。
あっという間に日々は過ぎていき、ラルフ達と出かける夜会当日が来た。
ヘムルートは実家に戻り、家族に頼んで用意してもらっていた衣装に着替えた。
「良い相手を見つけてきなさいね」
実家を継いだ長兄の嫁が、義弟の盛装を見てうっとりと言う。
「今日の集まりは、そういうのではないので……」
余計な期待を持ってほしくなくて、曖昧に答えた。
「常に相手を求める心がけをしておくものよ」
「……」
「あなたは、格好は良いんだから、年いってても大丈夫よ」
諦めの境地に立つ義弟を、微妙にディスりながら励ます義姉に苦笑いを返して、準備をしてくれた礼を言ってから、手配していた馬車に乗った。
伯爵家に着き、馬車を降りると、出迎えてくれた執事が、ホールの待合席に案内してくれた。
「主を呼んで参ります。お待ちください」
しばらくして、ラルフが先にやってきた。
「ヘムルート、見違えたな」
「その言葉、そのまま返すよ。やっぱり、そういう格好似合うな」
銀髪で青い目のラルフは、盛装すると五倍増しにカッコいい。
今日の衣装は、青紫の落ち着いた色合いの生地で、見たことのない珍しい風合いだった。きっとこだわりの品を使っているのだろう。気になったが、話が長くなりそうな気がして、訊かないことにした。
「エリと私の目の色を混ぜたイメージの色なんだ。生地の染色からオーダーして作らせた。良い色だろう?」
心を読まれたのか、疑問に思った答えを言い当てるように説明されて、背筋がヒヤリと凍った気がした。
恐れおののきながら、「そうだな」と、ヘムルートはなんとか返事した。
(やっぱり、色にこだわっていたんだ……)
「お待たせして、ごめんなさい! ちょっと気合が入りまくっちゃって、時間がかかっちゃった」
「エリ!」
エリは、ラルフと揃いの色の生地を使ったドレスで現れた。
お揃いの衣装を恥ずかしげもなく、着こなして来るあたり、この夫婦は本当に仲が良いのだなと思った。
そのエリの後ろに隠れるように、モニカがいた。
「あら、なぁに? こちらへいらっしゃいよ」
エリに導かれて、ヘムルートの目の前にモニカが来た。
「モニカ……か?」
「はい……、先生……」
化粧したモニカの頬に、赤みが差す。
「モニカ、美しくなったな。流石、エリだ」
「そうでしょ! お化粧したら、すごく映えるの。私も驚いたわ。やっぱり、女の子は良いわね。ドレス選びも力が入ったわ」
モニカは、優しい色合いのドレスを着ていた。象牙色の生地は光を反射してピンクや青や緑にも見え、虹色のようだと思った。肌をきっちり覆うデザインだが、色が薄いので重く見えなかった。きらめくビーズをちりばめた白レースが、ところどころに這わせてあり、軽さも感じて暑苦しさは感じなかった。
「すごく、綺麗だ……。とても、似合っているよ。モニカ」
「――――ありがとうございます」
ヘムルートとモニカの視線がぶつかり、自然に笑みがこぼれた。
良い雰囲気に割り込むように、ラルフが時間だと呟いた。
「さぁ、話すのは馬車でするとして、出発しようか」
「そうね」
ラルフがエリの手を取り、颯爽と馬車に乗り込んでいく。
「モニカ、足元気を付けて」
「はい……」
ヘムルートのエスコートにぎこちなく応えるモニカは、可愛く見えた。
自然に口元が緩んでしまうのを知られたくなくて、必死で表情を固めた。
ヘムルートの久々の夜会参加に、ざわつくブラウン家。
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