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隠された傷を知る

体調不良で、更新が遅くなり申し訳ございません。


よろしくお願いいたします。




(モニカと私の関係は――――。同じ職場で働いていて、雇用主と従業員……、ヘラさんが考えろと言った立場は、こういうことを言ってるんじゃないのは理解している……)


 25歳も年下のモニカを、年相応の目線、いわゆる親目線で見ているかといえば、全く見ていない。かといって、恋人や妻になって欲しいかと訊かれると、それもないなと思ってしまう自分がいる。


 そもそも、年を取り過ぎてしまった自分が、モニカの恋愛対象としてグイグイアプローチするのは、想像するだけでイタくてありえないと判断してしまう。

 モニカの恋人は、もっと同世代の若い男の方が、モニカにとっても良いに違いない。


「チッ……」


 どこかの馬の骨を想像して、ムカついた。

 鬱屈した気持ちが、思わず舌打ちとなって表に漏れた。


「先生、百面相して舌打ちは止めてください。次の人、入れますよ」


 ヘラが、子どもを窘めるように、言ってくる。

 ヘムルートは、少し年下の彼女に今日もやられっぱなしだ。


「……お願いします」


 かき乱される心を無理やり押し込め、患者に向き合う。今日は、事務作業の実践に専念している、モニカの背中だけが見えた。


 モニカは、今日もいつもの時間に出勤した。

 そして、ヘラの仕事を引き継ぐため、仕事に邁進している。

 昨日、何があったのか知らないが、大丈夫じゃないはずなのに、大丈夫を装うモニカに、ヘムルートはイラつきを感じていた。


 再び、ヘムルートの目の前に現れたくせに、モニカは距離を取ることしかしない。その上、モニカがヘムルートをどうでもいい存在の様に扱うのが、すごく不快だった。


 だけど、何かして嫌われるのが怖くて、変化のない時間だけが過ぎていき、収まりのつかない感情を、ヘムルートは持て余すことしかできなかった。


 悶々としたまま、午前中の診察が終わり、昼休みになった。ヘムルートは眉間をほぐし、作り笑いに疲れた顔をマッサージした。


「先生、お疲れ様です」


 モニカが紅茶を淹れて、持って来てくれた。笑顔さえ見せないモニカの表情が、やっつけ仕事感を醸し出していた。


「ありがとう、そんなに気を遣わなくていいよ」

「……」


 擦り切れた心を抱えたままの言動は、やや冷たいものとなり、モニカが身体を僅かに硬くした。傷つけるつもりないのに、傷つけてしまった。


 距離を取るモニカに、同じように距離を取る様に振舞うなんて、子どもすぎて自己嫌悪する。でも、どうしてか気が付けばモニカを傷つけてしまう自分を止められなくなっていた。


「君も早く切り上げて、昼休みを取りなさい」

「はい……」


 モニカは一礼して、診察室から出て行った。

 一方的に傷つけてしまい、激しい罪悪感に苛まれる。

 そして、最悪な気分のまま、午後の診察を終えた。


「ヘラさん、モニカ。お疲れ様……」

「お疲れ様です! さ、モニカ、急ぐわよ!」

「は、はいっ」


 ヘムルートの顔を見ることなく、二人は帰り支度をしていた。


「何だ、何処かに行くのか?」

「すみません、急ぐので、失礼します!」


 ヘラが代表してその場を辞する挨拶をした。ヘムルートと会話する時間も惜しいらしく、ヘラとモニカはあっという間に出て行った。


 二人の団結具合が、ヘムルートに隠し事をしている雰囲気を滲ませていると直感した。反射的に気の赴くまま、ヘムルートは診療所の戸締りをして飛び出した。


 そして、ヘムルートは彼女らの後をつけていた。

 辻馬車の乗り場で並んでいた二人は、辻馬車で乗り去った。ヘムルートもすぐに辻馬車を捕まえて彼女らを追った。


(ここは……、病院!?)


 彼女らの行先は、病院だった。

 驚きを押し込みながら、ヘムルートも見舞客を装い、病院内に入って行った。


 彼女らは外科の受付を済ませ、専用の待合室に座った。

 しばらくして、診察の順番が来て呼ばれた名前はモニカだった。

 診察室に消える彼女らを確認してから、入り口扉の担当医の名前を確認した。


(イングリッド・フッガー、彼女が、モニカの主治医か……)


 ヘムルートは、モニカの主治医を知っていた。

 イングリッドは、医術学校で同期だった女性だ。


 主治医が知り合いだと知ったヘムルートは、直ぐに病院の受付に行き、イングリッドに医者として至急の面会を申し込んだ。しばらく待った後、受付経由で、イングリッドから時間指定で面会の承諾をもらい、一旦病院を出た。カフェで指定時間まで時間をつぶし、再び病院に向かった。


 病院の診察業務はとっくに終了し、院内はひっそりとしていた。

 モニカとヘラもとっくに帰った時間になっていた。

 診察時間は終わったが、イングリッドはまだ働いているらしく、彼女の診察室に通され、ヘムルートはずっと会ってなかった同級生と再会した。


「こんばんは、ヘムルート。卒業式以来だな」


 彼女は、穏やかな顔でこちらを見た。


「久しぶり、イングリッド」


 ヘムルートは余裕がなくて、得意の作り笑いをした。


「診察室ですまないが、座ってくれ」

「ありがとう、……急にきてすまない」

「本当にな、急にどうした?」


 忙しい時間を割いてくれたイングリッドに、呑気に思い出話や世間話をする気になれず、ヘムルートは本題を切り出した。


「実は、私の診療所で働く者が、君に診てもらっていると知って。モニカという女性だが……、今日、診察しただろう?」

「――――患者のことは、守秘義務で言えない」


 イングリッドは、即答した。予想通りの反応だ。


「君が診ている時点で、どういう病状なのか予想はつく。病状を詳しく聞きたいわけじゃない。君にモニカが治せるかどうかが訊きたい」

「守秘義務が――――」

「治せないなら、別の病院に連れていく。治せるか?」

「……治せる。数回通う必要があるが……」


 ヘムルートは、イングリッドのプライドの高さを利用して、答えを誘導した。イングリッドは詳しい病状や治療方針を語ったわけじゃないのだから、守秘義務に抵触していない。


「そうか、良かった。モニカを、よろしく頼む」

「あぁ、君に頼まれなくてもきちんとするよ」

「そうだろうが……、よろしく頼む」


 ヘムルートの神妙な態度に、イングリッドは言葉を選びながら訊いた。


「――――ヘムルート、彼女はどうしてああなったのか、知っているのか?」


 『ああなる』とは、治癒魔法が必要な傷の事を指しているのだろう。


「いや……、まだ何も。でも、これから調べるつもりだ」


 ヘムルートの言葉に、イングリッドは不満顔を露わにした。


「調べるのは勝手だが、モニカさんを泣かせるなよ」

「泣かせても、彼女の安全が保たれるならいい」

「ちょ……、嫌われるぞ。デリカシーのないことはするなよ」

「嫌われてもいいよ、彼女を守れるのなら……」


 ヘムルートの元をモニカが離れていってしまうとしても、その先に彼女が幸せになれるのならいいのだ。


「……お前、何を考えている?」

「彼女の幸せを。そこに、私がいなくてもいい」


 口にして、きっちりと隙間なく心が埋まる気がした。


(あぁ、そうか……。私は、モニカに幸せになって欲しいのか……)


 モニカが5歳だったころから、言われ続けてきた言葉を、彼女にそのまま返したいと思う自分がいることに気づいた。


 そして、彼女の幸せになった姿の傍に、自分がいてはいけないのだと、ヘムルートは思い始めていた。




 イングリッドと面会してから数日後、ヘムルートはラルフといつもの居酒屋で飲んでいた。


 ただし、今日はいつもと違い、個室をわざわざ取った。やってきたラルフは察した様で、話す前に消音付与した結界を張った。


「疲れているな、お前……。顔色が悪い」


 ヘムルートを見たラルフが、開口一番言った。


「いつもと変わらないよ、気にするな」


 ヘムルートは構わず、強い酒を飲んだ。


「モニカを雇用していた貴族を探している。そいつは、採用した使用人に害を成す極悪人だ。見つけて、二度とモニカに近づかない様にしたい」


 ヘムルートの言葉に、ラルフが瞠目した。


「! 何を根拠に、極悪人だと……?」

「奴は、モニカに傷をつけた。病院で治療が必要なほど酷いものだ。医術学校で同期だった医師が、モニカの治療を担当している。守秘義務があるから、詳しくは訊かなかったが、傷を完治させるには、数回病院に通う必要があると言っていた。担当医師は優秀な治癒魔法を使う外科医だが、その彼女が数回魔力を注ぐ必要のある傷は、自然完治が難しいものだと予想がつく。普通では治らない傷をつけられたまま、モニカは解雇されている」


「傷だって?」

「モニカは、長袖の肌が出来るだけ隠れる服しか着ない。しかも、肌が透けない濃い色の生地のものしか選ばない。それは、傷を隠すためだ」


 暑い季節に合った服を贈ると言った時、モニカは直ぐに断った。

 それは、ヘムルートに傷を知られたくなかったからだ。

 無意識に、モニカを傷つけてしまっていたのが辛かった。


「……確かに。暑くなってきたのに、彼女はきっちり着込んだ格好をしているな……」

「傷は、担当医師から完治すると確認済だが、心の傷は残ったままだ。だから、過去の縁を目に見える形で、物理的に断ち切らせてやりたい。そこで、貴族に詳しいお前に、雇用主のあぶり出しに協力してほしい」


「それは、モニカ嬢を餌にして、寄ってくる貴族をおびき出せって……、ことか?」

「身も蓋もない言い方をするな。お前が参加する貴族の集まりに、モニカを使用人として立たせておいて、接触してくる奴を片っ端から調べていく」

「お前の言い方もたいがいだぞ……」


 結界を展開していると知っているから、お互い言いたい放題になってしまった。ヘムルートは、反省して脱線した思考を、常識内に戻した。


「モニカが幸せに憂うことなく暮らせるならいいさ」

「……お前は、覚悟を決めた後の思いきりが良すぎる」

「お褒めにあずかり――――」

「褒めてない! 危なすぎると言っている」

「……」


「言い出しっぺのお前も、使用人として参加するなら、乗ってやる。制服くらいは用意してやる」

「な!」

「モニカと私のために、身を粉にして働けよ。馬車馬の如くな」

「……」


「とにかく、モニカはお前が守れ。分かったな」

「――――分かった」


 ラルフに言われるまでもなく、ヘムルートはモニカに張り付いて守ることを決めていた。


「すぐ動く、決まったら連絡するな」

「ありがとう」


 承諾したラルフは、ヘムルートに料理の皿を勧めた。


「酒だけでは体に悪い、飯も食え」

「貴族のくせに、昔から気が利くな。子供がいるからか?」

「ふん、お前に何かあるとエリが悲しむからな……」

「……」


 ヘルトリング伯爵であるラルフは、妻を溺愛している。彼の全ての原動力は妻なのだ。


 一人の人間に縛られることに、喜びを感じるラルフは幸せそうに見えた。


 ヘムルートもかつては、一人の女性を縛りたいと思ったが叶わなかった。

 それが、自分の心の中でトラウマになっている。

 自分はどうでもいいのだが、モニカにはこれ以上苦しんでほしくなかった。


 モニカの事ばかり考えてしまうヘムルートを見て、ラルフは違う方向に思い切れよと言いたくなったが、余計なことだと一蹴されると分かっていたので、言葉を飲み込んだ。

 

暗い展開続きで申し訳ない。

体調不良に引きずられて暗い展開しか思いつかない為、ちょっと筆を止めていました。

誤字報告の対応も遅れてすみません。ありがとうございました。

拙い文章を読んでくれている方、いつもありがとうございます。


次回も、よろしくお願いいたします。

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