見えない心
ラルフの家を訪れ、彼と世間話をしている間に、エリーゼとヘラはモニカを伯爵家に住まわせることを決めていた。
「何でそうなった!?」
結論だけ聞いたヘムルートは、疑問だらけの決定に戸惑い、即説明を求めた。
「ブラウン先生、私、モニカが大変気に入りましたの。それに、もうすぐ成人とはいえ、未成年の娘が独り暮らしするのは心配で、モニカさんに提案しましたら、ここに住んでも良いと快諾してもらったということですね」
貴族の気まぐれの施しといえば、聞こえは良くないが、将来有望な平民を貴族が囲って面倒をみることはあることだ。実際、モニカの能力の高さはヘムルートが一番よく知っている。だがしかし、初対面の娘にエリーゼがここまで入れ込むことは不自然に思えた。何か裏があると、思わずにはいられなかった。
「本当に? モニカはそれでいいのか?」
ヘムルートは、モニカ本人の反応に注目した。
心療内科医のスキルを総動員して、瞬きや肌色の変化を注意深く見た。
「はい、ヘルトリング伯爵夫人のおっしゃる通りです」
行動観察の結果、モニカは、嘘を吐いていないようだった。
本当だと判断しても、ヘムルートは文句を言いたくて仕方がなかった。
ヘムルートが知るモニカは、初対面の人間に心を許さないと思っていたからだ。
「貸し部屋は、どうする? 契約したばかりだろう」
「ひと月だけ支払って、解約します」
「仕事は?」
「それは、引き続き、診療所で働かせてください」
「……」
ヘムルートが矢継ぎ早に質問しても、モニカは動揺しなかった。エリーゼとヘラに何を言い含められたのか、知りたくても訊けなくて、ヘムルートは沈黙した。
難色を示すヘムルートを見て、ヘラが窘めるように話し始めた。
「先生、モニカの望むようにしてやって。私も、できる限り夫人と一緒にモニカの様子を見守るから」
ヘラの真摯な言葉に、エリーゼも加勢するように続けた。
「ブラウン先生、モニカさんのことは私に任せて。決して悪いようにしないから、安心して」
三人で口裏を合わせて結託されると、これ以上、ヘムルートが文句を言うのが大人げなく思えてきてしまう。
「ヘムルート、エリもここまで言っているんだ。モニカ嬢に無理をさせるつもりはないだろう。私も、気にかけるから、お前はどんと構えて見守ってくれ」
この家の家長であるラルフも、女性陣側についてしまい、ヘムルートは反対する芽を完全に失った。
(ラルフは、エリーゼの味方をするのは当然か……)
ヘムルートは、疎外感を感じたまま、ヘラと馬車に揺られ、帰りの途に就いていた。
ヘラは、お土産でもらったケーキが沢山詰められた箱を満足そうに抱えて、向かいに座っている。
モニカは、当然のようにヘルトリング伯爵夫妻と並んで、この馬車を見送っていた。そんな行動をとるモニカに、ヘムルートは違和感しか感じなかった。
「ヘラさん、エリ……伯爵夫人とモニカは何を話していたんだ?」
「えーーー、夫人がおっしゃっていた通りですけど……」
(話す気は、ないか……)
ヘムルートが黙ってしまうと、ヘラは呆れた顔をして言った。
「先生、モニカはしっかりしているけれど、まだ子供です。夫人はモニカと話して心配なさっただけですよ」
「……」
「まさか、夫人がモニカに何か悪いことをするとでも、疑っておられるのですか? あの方は、先生の古い知り合いでしょ?」
「そんな心配はしていない。でも、あのモニカが自分のパーソナルスペースを相手に求めるなんて、しなかったことだから……」
ヘムルートは、ヘラに疑問をぶつけた。
ヘラは、そんなことも理解できないのかと言いたげな顔をした。
「あぁ、それは今まで自分が頼っていいと思える人間がいなかっただけじゃない? 先生も、私も、モニカにとっては頼ってはいけない人間だと思っているってことですよ」
「頼ってくれて、良いのに……」と、ヘムルートはこぼした。
「先生みたいに、安直に考えないのがモニカですよ。先生は、独身男性で同居するなんてもっての外だし、私は家族がいますから、頼れないって思うのは当然のことでしょう」
「……」
「先生は、モニカをどういう立場で見ているのか、本当に気になるけど、私が聞くことじゃないので、訊くのは止めておきます」
「立場……」
「よく考えてから、モニカと接してください。これ以上、モニカを混乱させるような真似はしないでください。先生、お願いします」
ヘラは、それから疲れたように大きく息を吐き沈黙した。ヘムルートは帰る道中、ずっとヘラの問いの答えを頭の中で探していた。
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時は遡り、ヘラとヘムルートの馬車を見送ったヘルトリング伯爵邸、ホール。
「ヘルトリング伯爵夫人、お世話になります」
モニカは隣に並ぶ夫人に声をかけた。
「エリと呼んで、私もモニカと呼んでいいかしら」
「はい、――――エリ、様……」
モニカが照れながら呼ぶと、夫人は満足そうに笑った。
「うん! 短くていいわ。私、長ったらしい名前言うの苦手なのよ。アーデルベルク殿下とか、未だに舌を噛みそうになるの」
「……」
王族の名前を出したことに、モニカは緊張感を露わにした。
この家は、王族と近しい家なのだと再確認した。
「モニカ嬢、私もモニカと呼んでいいか? そして、私のことはラルフと呼んでいい」
「は、……はい、ラルフ様……」
ヘルトリング伯爵であるラルフは、銀髪で青い目をしており、一見冷たい雰囲気の人なのに、驚くほど気さくな態度でモニカに接してくるので、モニカは面食らっていた。
「あと、この家には私たちの娘であるミアがいるの。もう一人、レオンという息子がいるけれど、学校の寮に入っているから、長期休暇まで帰ってこないわ」
「ミア様は、急に私がお世話になることを、嫌がられませんか?」
「大丈夫だと思うけど、ちょっと、ミア呼んできて……」
夫人が指示すると、侍女の一人がミアを呼びに歩いて行った。
そして、ミアがすぐにホールにやってきた。
「ミア、いらっしゃい。紹介するわ」
「はい、お母様」
「こちら、モニカさん。モニカさんはブラウン先生の診療所で働いていらっしゃるの。あなたより5歳お姉さんね」
「ミア様、私、モニカと申します。よろしくお願いします」
モニカはミアが口を開く前に、名乗った。こういう場合、身分の低いものが先に自己紹介するべきだと思っていたからだ。
「モニカ……、5歳上……」
「ミア、どうしたの?」
「お母様、モニカはアーデルベルト殿下のお嫁さん候補になる方ですの?」
「はぁ!? 違うわよ……、確かに殿下と良い感じの年の差だけれど、そいう意味で滞在してもらうわけじゃないのよ」
「そう、ならいいわ。モニカ、よろしく」
(あ、当然のように呼び捨て。私の方が身分下だから当然か)
「はい、よろしくお願いいたします」
(貴族のマウントは、スルーするに限る)
機嫌がよくなったミアが、モニカの手を取りギュッと握り、握った手をぶんぶんと上下に振った。そして、モニカをあっけなく放して、離れていった。
「お父様、お母様、もう部屋に戻っていいですか?」
ミアの問いかけに、「いいぞ」とラルフが、「また、夕食でね」と夫人が許可を出した。
ミアは完璧なカーテシーを両親にしてから、優雅な足取りで去っていった。
ミアが見えなくなった時点で、夫人が苦笑いして言った。
「失礼なこと言って、ごめんねぇ……。あの子、アーデルベルト殿下になついているから。年頃になった殿下の恋愛対象に敏感でね……、もう少し大きくなったら、弁えて殿下に甘えなくなると思うから、放っているのよ」
「……恐れ多くて、言葉が見当たりません」
「アーデルベルト殿下は弁えられているから、安心していい。殿下の婚約者がまだ決まっていないから、ミアは勝手に殿下を守ろうとしている」
「……」
いとこなら、結婚できるが、ミアはまだ幼い少女だ。すでに成人しているアーデルベルト殿下の婚約者になるには、年が違い過ぎる。
多分、もっと年が近い上位貴族の令嬢が選ばれるだろうなと思う。
(アーデルベルト殿下が好きなミア様にとって、辛い現実よね……)
「私も、弁えておりますので」
「あぁ、それはわかっているよ。だって、君は好きな人他にいるでしょ」
「「ぇ……」」
夫人とモニカが同時に訊き返す。
ラルフは肩を竦めて「冗談だよ、同じ反応してウケる」と苦笑いした。
「もーーー、あなた、びっくりしたわぁ……」
「……」
ラルフの冗談で、その場の空気が軽くなった。伯爵夫婦が纏う空気は、とてもいいなとモニカは思った。ヘラの家族に感じたのと同じ、心が温かくなる人達だと思った。
その夜、ヘラさん家は盛大なティーパーティとなりました。
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