半身との再会 Wエリーゼside
ヘルトリング伯爵夫人であるエリーゼと、モニカの魂の一部であるエリーゼが話す回。
ややこしくて、すみません。
――――エリーゼ、聞こえる?
――――エリーゼ……、エリーゼ……。
エリーゼと話がしたいわ、出てきてくれる?
私は、妙に懐かしい感じがする匂いに引き寄せられていく。
――――目を覚まして、エリーゼ……。
私を呼ぶ声が……している?
『私』がエリーゼだったのか曖昧になる。
私は、誰だっけ……。
呼びかける声に、目を開いた。
私の手を握る女性が見えた。
その姿が、良く知る人物であることに初めて気づいた。
「モニカさん、大丈夫?」
ヘルトリング伯爵夫人は、目覚めたモニカに声をかけた。
すると、モニカは急に厳しい目つきになり、口を開いた。
「エリーゼを呼んだくせに、モニカと呼ぶのね?」
「!」
真っ直ぐに見てくる眼力の強さに、ヘルトリング伯爵夫人は言葉を失った。
「15年も経つと、流石に老けたわね。……私」
「エリーゼなの? 本当に!?」
「分かっていて呼んだくせに、驚かないでよ。エリと呼んでもいいかしら、あなたも私もエリーゼというのは、その通りだけれど、ややこしくて混乱するから……」
「ええ、そうね。私のことは、エリと呼んでちょうだい」
ヘルトリング伯爵夫人は、自分の半身が目の前にいる実感がじわじわと大きくなってきて、泣きそうになった。
「ずっと、ずっとあなたを探してきたわ。でも、10年以上経って諦めかけていたの。会えて本当に嬉しいわ。生きていてくれてありがとう……」
「エリは、結婚したのね。結婚相手は私の知らない人だわ。それに、子どももいるのね」
モニカの中のエリーゼは、取り乱すことなく淡々と呟いた。彼女の口調が魂の年齢らしい、30歳過ぎの落ち着いた女性だと思った。
「あなたの体に異世界からやってきたとき、今の夫が親身になって助けてくれたの。子供は、二人いるわ。上の子は、男の子で、全寮制の学校に通っていて、下の子は女の子で、今日は夫の姉の所へ遊びに行ってるの」
「ふーーん、シュピーゲル家は……、上手くいっているの?」
「ええ、あなたが出した手紙を読んだお父様が帰って来て、今はお母様と二人で王都に住んでいるわ。領地経営しているお兄様家族は、新事業を立ち上げて頑張っているわ。私も、わずかだけれどお兄様の事業を手伝っているのよ」
「そうなのね……、上手くいっているのなら、良かった……」
ヘルトリング伯爵夫人は、シュピーゲル家を心配する彼女は、想像していた通りの彼女だと思い至る。家族に対する憂いを抱え続けて欲しくなくて、ヘルトリング伯爵夫人は近況報告をしなければと話し続けた。
「エリーゼが、頑張って支えてくれていたから、シュピーゲル家は壊れることなく続いているよ」
「それは、違うと思うわ……、あなたのおかげよ……」
「いいえ! あなたのおかげで、お父様は騎士団を辞めて帰ってきたし、あなたがブラウン先生にお母様のことをお願いしてくれていたから、お母様の病も悪化せずに済んだ。お母様のことをあなたが一手に引き受けて王都に住んでいてくれたから、お兄様は嫁姑争いに頭を悩ますこともなく、領地経営に集中できた。ね、全ての根底にエリーゼの心遣いがあったから、今のシュピーゲル家はあるのよ!」
エリーゼは、家族を放り出して逃げた現実に、苦しみ続けている気がした。
もう、彼女は自分自身を許しても良いのだと、苦しみ続ける必要はないと、ヘルトリング伯爵夫人はどうしても伝えたかった。
「……信じられない……、私は、ただ、見守ることしかできなかったのに……」
「あなたが行方不明になってしまっても、ブラウン先生はあなたに頼まれたから、ずっと献身的に様子伺いをしてくれていたのよ。お父様が帰ってくるときまで、欠かさず、毎日、毎日、お母様のことを診て支えてくれていたの」
「ヘムルートが?」
「そうよ、異世界から転生してきた私は、お母様のことを気遣う余裕がなくて、ブラウン先生に任せきりで、申し訳なかったわ」
「……」
「シュピーゲル家は、心配しなくても大丈夫よ。私が心配なのは、あなたの方よ、エリーゼ。体調はおかしくない?」
「体調? 特に問題ないわ。モニカは健康で頑丈よ」
「そう……、私、あなたに伝えたいことがあるの」
「な……、何、かしら……」
「エリーゼ・シュピーゲルは、『妖精の愛し子』のギフトを持って生まれたの。私は15歳の時に能力が覚醒したのだけれど、もしかしたら、エリーゼの半身を持つモニカも、『妖精の愛し子』になる可能性があるの。モニカは、今15歳よね。覚醒するなら、いつしても不思議じゃないの」
「急に言われても……、どうしたらいいっていうの?」
「このギフトが覚醒すると、人間より妖精に近い体質になるの。私が経験した大きな変化は、食生活よね。植物に宿る妖精の性質に似るからか、動物性食品を受け付けなくなることだったわ。今では立派なビーガンになったわ。そして、植物や妖精の声が聞こえるようになる。『妖精の愛し子』だという自覚がなければ、ただの気のせいだと決めつけられてしまうこともある。それは、自然と共生する上で無視してはいけないことで、国は『妖精の愛し子』のギフトの持ち主を保護する立場にあって、ヴァルデック王国の国民は、ギフト持ちを国王に報告する義務があるの」
「――――国に報告って……、 エリは報告したってこと?」
「したよ、私と私の夫は、国が認めた『妖精の愛し子』で、二人とも覚醒しているわ」
「……」
モニカの中のエリーゼは、完全に理解が追い付いていないみたいで、戸惑いを隠せないようだった。
「エリ……、私ね、モニカの意識に必要以上に干渉しないようにしているの。たとえ、魂の一部である私が、ギフト持ちだとしても、今、この世に生を受けて生きているのはモニカなの。だから、モニカを無視して私がギフト持ちだと主張するつもりはないの。覚醒の説明は、モニカに改めて説明し直してほしい」
「モニカと記憶を共有しているんじゃないの? そんな、エリーゼは今ここにいるのに、存在を明かす気はないというの?」
「モニカは、はっきりと私を認識していない。だから、私が今聞いたことを封印すれば、モニカに伝わらない。あなたが、転生して私の魂をはじき出した時、私は私の生を終えたのだと考えている。だから、私のことよりモニカを支えてあげて欲しい」
揺るぎない覚悟をして生きてきた、エリーゼの想いに触れ、ヘルトリング伯爵夫人は安易に再会を喜んだ自分が恥ずかしくなった。
半身は生きているのに、もう自分は死んだとけじめをつけたことは、やはり苦しい決断だったと思うからだ。
「エリーゼ、ブラウン先生はあなたを待ち続けているよ。彼の想いに応えてあげないの?」
「あげないわ」
即答したことに、ヘルトリング伯爵夫人は強い意志を感じずにいられなかった。過去に囚われない彼女と、過去に囚われ続けているブラウン医師との繋がりが消え去ってしまうのか。考えるだけで、胸が張り裂けそうに痛んだ。
「モニカは、自由に恋をすべきだと思うし、ヘムルートもいい加減他の人と幸せを見つけたほうがいいと思ってる。モニカが成長したら、私は必要なくなって消えるべき存在なのだから、ヘムルートとの未来なんて、あるわけないのよ」
「――――今日、特別に出てきたのは、……なぜ?」
「エリが、しつこそうだと思ったから、モニカに迷惑がかかると思ったからよ。私は、モニカの記憶の一部でしかないの。今も彼女が眠っているから、現れることが出来ている。モニカの頭に宿る思念で実体はないの。だから、エリ……、エリーゼ・シュピーゲルの半身はもうこの世にいないと思ってほしい」
「そんな……、せっかく、会えたのに……」
「エリ、シュピーゲル家を支えてくれてありがとう。感謝するわ。そして、幸せになってくれて、嬉しかった……」
「エリーゼ、消えるつもりなの?」
「私の意志で消えることは出来ないと思う。けれど、私は、いずれ、モニカにとって不要なものとなる。知らなくていい、苦労をさせたくないから……、エリーゼ・シュピーゲルの記憶は残さないわ。希望としてはスッキリ綺麗にいなくなれるなら、良いのにって思っているわ」
「エリーゼ、あなたって人は、どこまでも優しくて、ズルくて、勝手ね……」
「褒められて……、は、いないよね。エリ、モニカをよろしくね」
「……」
15年前ブラウン医師を振った言葉に似たことを、また繰り返して彼女は消えようとしている。その残酷な態度に、ヘルトリング伯爵夫人はなすすべもなかった。
「そろそろモニカに意識を返すわ。エリ、フォローお願いね」
「ちょっと、エリーゼ!」
「……」
しばらく待ったが、モニカの中のエリーゼは、出てこなかった。
彼女は、意識の主導権をモニカにかえして、存在を完全に消してしまった。
モニカは、まだ眠っている。規則正しい呼吸音だけが虚しく部屋に響いていた。
酔ったモニカを寝かせて、夫人以外はお茶会を続けてたのんきな大人たち。
ブックマーク登録、評価等いただき誠にありがとうございます。
励みにしております!
不定期更新ですが、読んでいただけると嬉しく思います。
次回も、よろしくお願いいたします。




