ヘルトリング伯爵邸、訪問 ③ モニカside
生け花教室の体験講習を終えて、モニカとヘラは夫人の案内で庭園のガゼボに来た。立派な大きさのガゼボには五人が座れるテーブル席が設置してあり、豪華なスタンドにはキラキラとした菓子が美しく並べられていた。
「主人とブラウン先生は呼びに行かせたから、揃ってから始めましょうか」
夫人に促されて、席に着いた。
「はわわ~……、すごい。うちの子に見せてやりたい」
予想以上に感動したのか、ヘラの本音が駄々洩れになる。
「本当に……、ヨルクさんが見たら、間違いなく喜ぶ光景ですね」
モニカも思わず同意した。
「ヘラさんのお子さん、お菓子がすきなの? 何歳?」
「13歳です、うちの長男でヨルクといいます。お菓子好きというか、料理を作る方が好きでして、研究したいから持って帰って来てって、お願いされてまして」
「まぁ、勉強熱心なのね。分かったわ、持ち帰り用の分は別に用意させるから、気にしないで食べてね」
「何か……図々しくてすみません……」
ヘラがバツが悪そうに謝る。
モニカは、空気を読んで話した。
「ヨルクさん、共働きのご両親のために、美味しい夕飯作って待ってくれてて、ヘラさん自慢の息子さんなんですよ」
「そうなのね、息子さんの料理研究の手助けができるなんて、嬉しいこと」
「そう言っていただけると、ありがたいです」
「ふふ、どういたしまして」
夫人は貴族らしく、模範解答をする。モニカは裏がありそうで緊張感を高めた。夫人が纏う空気がなんとなく怖くて、心を許す気にはなれないので、モニカは警戒し続けていた。
「男性陣はまだかしら? ちょっと私、行って呼んでくるわね」
夫人が席を外す。
夫人の退席に、よそ行き感を無くしたヘラが垂涎ものの美しいスイーツを前にして訊いてきた。
「ね、ね、ね! モニカは何が好き?」
「私は、いちごのタルトと、あのピンク色の透き通ったゼリーが気になっています」
「確かに! このゼリー、果物がいっぱい入ってて美味しそう! このピンク色は何味かしらね?」
「うーーん、想像もつきません。こんな色のゼリーみたことありませんから……」
モニカの知るゼリーは、果汁味なのだが、こんなに透き通った果汁のゼリーは見たことがない。
「そうよね、さすが伯爵家は珍しい食材を使っているのでしょうね」
「そうですよね、食べるのが楽しみです」
「やあ! 二人とも、生け花教室はどうだった?」
ヘムルートが、独りでガゼボにやってきた。
そして、迷いなくモニカの隣に座った。
思いがけず近い距離で固定されてしまう事態に、モニカの心臓はドキドキと鼓動を速くしてしまった。
「生け花、すっごく楽しかったですよ! 先生も来ればよかったのに」
ヘラが、いつもの調子で先生を揶揄うように答えた。
「私は、芸術面はからきし駄目だからいいんだよ。モニカは、どうだった?」
「た、たのし、カッタ……デス」
(ひえっ、カタコト口調になってしまった)
「そう、良かったね」
ヘムルートの落ち着いた声は、何故かモニカの心をざわつかせる。何だか苦しくもなってきて、おかしい。
心を落ち着かせようとじっとしていると、ヘルトリング伯爵と夫人が席に着くのが視界に入った。
すると、姿勢が真っ直ぐで美しいヘルトリング伯爵が、話し始めた。
「お待たせしました。久しぶりの再会と、新たな出会いを楽しむ時間にしましょう」
正式なお茶会など出席したことないが、何となく自分でない記憶が、伯爵はお茶会開始の挨拶をしたのだと教えてくれる。
「ヘラさん、モニカさん、食べたいものを言って、サーブさせるから」
夫人が茶会に慣れていないことを察して、さり気なく説明してくれる。
「ヘラさん、お先にどうぞ」
モニカはヘラに先を譲る。彼女を手本にしようと、一挙手一投足を注視した。
「私は、ザッハトルテとレアチーズケーキと、あと、スコーンも」
控えていた給仕係の女性が、ヘラの選んだケーキを皿に美しく盛り付けて目の前に置いてくれる。
「お先でした。次、モニカ、どうぞ」
「はい、私はいちごのタルトと、そちらのピンクのゼリーを」
給仕係は流れるような動きで盛り付け、あっという間に注文したスイーツがモニカの前に置かれた。
モニカもヘラも、しばらく素晴らしい見た目のスイーツたちに視線が釘付けなった。
「いただきましょうか、モニカ」
「はい、いただきます……」
モニカは、煌めくスイーツにおそるおそるナイフを入れた。いちごタルトを口に運ぶと、香ばしいタルトと甘いクリームと、酸っぱいいちごがミックスされて堪らない美味しさが広がる。そして、ゼリーも少し苦みを感じたが、果物の酸味が合わさると、深い味わいになりのど越しも良くて、するする入って行った。
「ふぁ……、美味しい……」
モニカは思わず呟いた。
隣の先生が相好を崩し、目を細めてこちらを見ていた。
「ふふっ、今も好きなんだ、いちごタルト」
「はい、先生。とっても美味しいですよ。 先生も好きですよね? 食べないんですか?」
モニカは、先生がケーキを好きなのを知っている。なのに、今日は紅茶を飲みながら、サンドイッチを食べていることに違和感を持った。モニカの質問に先生は分かりやすくぎしっと体を固まらせた。
「モニカ、先生が何を好きって?」
話を聞いていたのか、ヘラが訊いてきた。
「え、いちごタルトですよ。私が5歳の時、一緒に食べました」
「へぇ……、そんなことしたんだ……」と、ヘラが何故か低い声で呟いた。
「はい、美味しいねって、先生、にこにこして食べたんですよ?」
「ほぉ……」と、ヘルトリング伯爵も含み笑いした。
「まぁ! ブラウン先生ったら、幼いモニカとそんな可愛い思い出があったなんて!」
「……」
先生は、三人の言葉を無視するように、紅茶を飲んだ。
なぜか先生が、不機嫌になってしまった気がして、モニカはこの悪い空気をどうすればいいか焦って考えた。そこで、昔のことを思い出して先生に提案した。
「先生、良ければ、いちごのタルト、半分こしますか?」
モニカは、皿の上に半分残ったタルトを見てピンと来て提案したのだ。
「ぶふっ」
モニカの提案に、先生は紅茶をふき出した。
他の人は、驚いた顔をしてモニカの方を見ている。
「モニカ、どうして、半分こなの?」
ヘラが、切り込むように訊いた。
「だって、前の時、半分食べて「後で食べる」って言ってたから、好きなのに一個食べられないんだって思ったんです。ここで残すのは駄目だと思って我慢しているなら、半分こすればいいのかなって思ったんですけど、いけませんでしたかね?」
「モニカ、私のことは心配しなくていいから……」
「半分こ、要らないですか?」
「先生、モニカの好意を断るんですか?」とヘラが。
「そうよ、好きなら半分こしてもらいなさいよ」と夫人が。
「優しいな~、モニカ嬢は」と、伯爵が言った。
三人の助言を受けた先生は、「半分貰って良いか」と言った。
モニカは嬉しくなって破顔一笑して、「はい」と返事した。
モニカが嬉々として、先生の皿にいちごタルトを乗せるのを、先生以外の三人が生温かい目で見ていたことに、モニカは気づかなかった。
(ずっと、緊張していたけれど、先生にいちごタルトを分けてから、この空気に慣れてきた気がする。ちょっとフワフワする不思議な感覚はなんだろう……)
一方で、先生がいちごタルトを口にするのを、ワクワクしながら見守る。
四人がかりで見守られた先生は、迫られる様にいちごタルトを口にした。
「美味しいでしょ?」
「うん……、そうだね」
「良かったぁ……、先生が我慢しなくてよかったぁ……」
「……」
「モニカは、いい子だねえ……」と、ヘラがしみじみと呟いた。
「先生想いの優しい子ね」と夫人が。
「己の汚れ切った心が、洗われるようだな」と、伯爵が言った。
みんな、毒気を抜かれた様にほんわりしていた。なぜだろう?
でも、ゆったりとした空気になったから、怒ってないっていうのは分かる。
それにしても、先生の近くにいる大人は、善良すぎて戸惑う。先生の人徳なのだろうと思う。
「こんなに楽しいの、生まれて初めてかも……」
「え?」
モニカの呟きは、先生にははっきりと聞き取れなかったみたいで、訊き返された。
「何でもありません」
モニカは独りごとを封印した。先生に知られたくない部分を晒してしまった不用意な自分を反省する。
(私は、今までただ生きることだけに注力して、なりふり構わずやってきたことを、先生やその周りの人に知られたくなかった。先生は、平民だが、生まれも育ちも悪くない。貴族の友人もいる富裕層で生きてきた人だ。
だから、手段を選ばず生きてきた私の過去を、決して受け入れてくれないだろうと確信している。私は私の生き方を後悔していないし、そんなに酷いものだとは思ってはいない。幼い自分が大人に対価として差し出せるものは、この体しかなかったのだから。他人同士で無償の愛情など生まれるはずないことは、母親が亡くなって独りになった時、私の心に深く深く思い知らされていたからだ)
考えすぎたせいだろうか、モニカは頭のフワフワが酷くなってきた。
それに、やたらと顔の辺りが熱い。
「モニカ? さっきから、ふうふう言っているけど大丈夫?」
「ヘラさん、さっきから体がおかしくて……、フワフワして熱いです」
ヘラがモニカのおでこに触れた。冷たくて気持ちよかった。
「本当、熱いわ。何でだろう、急に……」
夫人がモニカの食べた皿を見て「あ」と、声を上げた。
「モニカさん、ピンクのゼリー食べた?」
「はい、美味しかったです」
「ありゃ~、そうか。モニカさん、お酒は飲んだことは?」
「ありません、まだ、未成年ですから」
「だよねぇ……、ごめんなさい。あなたが今年成人するから、完全に失念していたわ」
「?」
「これね、ロゼのシャンパンゼリーなのよ。しかも、私好みのアルコール多め……、飲んだことないなら、酔っちゃうよね~」
「え? これ? 私も食べたけど何ともない」
「そういうヘラさんは、お酒強いんじゃなくて?」
「――――あーー、はい。弱くないですね……」
ヘラが、納得の声を上げた。どうやら、モニカ以外の四人は全員酒が強いとこが判明した。
「ね、モニカさん、気持ち悪くない? あんまりふらふらするなら横になって休む?」
「……」
酔いが急に回ってきて、モニカは言葉を失った。
「すぐ、部屋の用意を。モニカさん、もう少しだから、頑張って」
「……はい……」
返事をしたところで、モニカの意識はぷつりと切れた。
それから大人四人が大慌てして、右往左往したのだが、モニカの意識は戻ることはなかった。
ピンクのゼリーは、ドン○リのピンククラスの異世界産シャンパン。
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