ヘルトリング伯爵邸、訪問 ①
前半、ヘムルートside。
後半、===印以後、モニカsideになります。
よろしくお願いいたします。
馬車を降りると、そこはヘルトリング伯爵家のタウンハウスのエントランスだった。純白の外壁に、深い緑のアイビーが這わせてあって、まるで大きな生物を連想させる生命力に溢れた建物に圧倒される。
ラルフと彼の妻エリーゼは、二人とも『妖精の愛し子』のギフト持ちで、能力の覚醒もしている。妖精たちの加護を受けている彼らに相応しい邸の外観をしていると思う。
「みなさん、ようこそ。今日は楽しんでください」
ラルフが、微笑して言った。隣に立つエリーゼも静かに笑っている。
いつも居酒屋で会う時、平民服に身をやつしている彼より、五倍増しで輝いて見えた。貴族らしい上質なシルクのシャツに、紺色のトラウザーズというシンプルなスタイルだが、カフスは、大粒のタンザナイトが青紫色に輝いていて、格の違いを見せつけるような装いは流石だ。
「みなさん、こんにちは。今日は、いろいろお話を聞かせてください」
ラルフの隣に立つエリーゼは、相変わらず美しかった。30歳を過ぎたはずなのに、あまり年を取っていない。年齢相応の紺色の落ち着いたシンプルなワンピースを着ているが、20歳代前半と言っても通用しそうな若々しさだった。白い透き通るような肌に艶やかな金髪、そして、引き込まれるような紫色の瞳は、ラルフに愛されている成果を示すように、後光が刺しているかのような神々しさがあった。
「先生、夫人見すぎ」
「え? ちがっ……」
「あー、ヘラさん。これ、こいつの通常運転だから、休みの日だからぼんやりしてても、見逃したげて」
「すみません、反射でいじる癖がついていまして」
「ラルフ……、ヘラさん……、タッグ組んでいじるの止めてー」
「ふふっ、ブラウン先生に会う時、ラルフ様が楽しそうにする理由が分かった気がするわ」
「そうなんだ、ヘムルートの反応が楽しみで、こいつに呼ばれるとついつい、ふらふらと会いに行ってしまうんだ。この間も――――」
「わーーわーー!! ラルフっ!」
モニカがこの場にいるのに、モニカの話題で飲んだことを話そうとするラルフの言葉を、大声でかき消して遮った。知り合いのおじさん呼ばわりされてへこんで管巻いたと、彼女に知られるなんて、軽く死ねる。
「冗談だよ、怒るな、ヘムルート」
「……」
わきまえも、駆け引きも得意なこの男にかなわないことは、ヘムルートは自覚している。絶妙なさじ加減で揶揄われて、ヘムルートは来て早々すでに消耗してしまった。
「ラルフ様、それでは仲良しのブラウン先生とゆっくり話をしておいてもらっていいですか? 私は、こちらの方々と女子チームで生け花を楽しみますので……」
あり得ない者同士の嫉妬心を口にしたエリーゼに、ラルフは嬉しそうな顔をした。
「心配しなくても、私が一番愛しているのは君だよ、エリ。だが、こいつとの仲まで疑って嫉妬されるのは、悪くない」
「もうっ、何言って……」
エリーゼが白い肌を赤くして照れた。
ラルフはサラッと惚気るが、内容はどろっどろに甘い。特に最愛の妻への態度は、どんな砂糖菓子より甘く、目にしたこちらも赤面してしまうくらいだ。
その強力な攻撃を受けたエリーゼは、照れる姿も可愛いなと正直に思う。
遠き日に見たあの子の姿を思い出す。未練たらしくて女々しいこの気持ちと付き合い始めて長いが、一向に色褪せる気配がないことに、ヘムルートは苦笑いしてしまう。
「ラルフ様、早くブラウン先生を連れて行って下さいな!」
「はい、はい」
ラルフについて行きながら、ヘムルートは一度振り返りモニカを見た。
彼女もこちらを向いていて、目があったが、彼女の表情は硬く緊張しているようだった。ヘムルートが緊張をほぐすように笑いかけると、目を細めて応えてくれた。
「ヘムルート、なにやっている。こっちだ」
「お、分かった」
ラルフに導かれ、ヘムルートは応接室に向かう。
その二人を、女子チーム三人は見送った。
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「さて、ヘラさん、モニカさん、私たちは生け花教室のお部屋に行きましょう。こちらへ、どうぞ」
「「はい」」
ヘルトリング伯爵邸の外観は、緑の葉が白壁を埋め尽くしていたが、邸の中も壁や天井に木材が使われており、自然を感じる趣になっていた。
それにしても家の中に、生け花教室を作ってしまうとは、貴族のやることはすごいなと感じた。生きるだけで精いっぱいのモニカとは違う。
「こちらへ、入って」
玄関ホールから近い、木の扉を開けると、細長い机が5列並べてあり、部屋の奥には黒板と教壇らしき台も、きちんと置いてあった。
(本当に、学校みたい……)
モニカ自身は学校に通ったことはないが、学校に関する記憶は存在している。昔から少しづつ欠けた器の欠片をくっ付けていくように、一つづつ思い出すように頭の中に増えていく記憶があるのだ。
それは、誰のもので、どうしてモニカの頭の中に戻って来るのか解らないが、昔からこの記憶のおかげで、何度も助けられてきたこともあり、今では一つ記憶が戻るたびに受け入れて、記憶の持ち主である誰かに、感謝するようになった。
「道具は、それぞれ用意しておいたから、こちらへ一人づつ座って」
長机の上に、同じ道具が距離を取って1セットづつ置いてあった。
モニカとヘラは、夫人の言う通りに席に着いた。
「さて、今日は机や棚の上に飾る花を生けます。生け花は決して豪華に生ける必要はありません。気持ちを込めて美しく生ければ、花一本でも素敵な花だと感じることが出来るのです。ですから、花を色々買い込む必要ないし、何なら、庭で咲く花や、里山や野に咲く花でも楽しむことが出来るのです」
「野に咲く花でも?」
「そうです。人が育てた花より、自然の力で咲く花は、生けた後の管理が難しい点もありますが、ものによっては良い花材になります。今日は、出かけていく時間は取れないので、こちらで花材は用意しました」
夫人は、バケツに挿してある花と葉を教卓にのせて、ヘラとモニカに見せた。
「これは、カーネーションと……、この葉は?」
「ギボウシです。葉脈がすっとはっきり通っていて、丸くて可愛いでしょ?」
「「……」」
カーネーションは、華やかに広がる花びらはフリルの様で、間違いなく可愛いと即答するだろうが、夫人が一押しだと、可愛いと認定したのは、地味な見た目の葉の方だった。
「うん、今までの人と同じ反応ね。くじけないわ、私。葉はね、花と一緒に生けると、より、花の魅力を引き出して良い仕事をするのよ。私は、このギボウシの葉をこんもり単品で生けるのも好きだけど、ラルフ様にも好き嫌いが分かれるよって言われたから、王道の組み合わせで行くわよ」
「「はい」」
夫人のマニアックな話に、二人は若干引いたが何とか返事した。
ラルフとヘラのタッグいじりを完全スルーしたモニカ。
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