ろくでもない悪友
R15 残酷な犯罪的表現があります。
苦手な方はご注意下さい。
「――――で、私はお前の愚痴を聞くために、呼び出されたのか?」
久しぶりに飲もうと誘った友人は、相変わらず毒舌は健在のようだ。
「そういうなよぅ……、ただでさえへこみまくって、浮上できなくて困ってんのに……」
こういう言い方しかしない奴だと分かっていても、食らうとダメージを負う。
むしろ、笑い飛ばして打ちのめされたくて呼んだ自分も、大概あぶないやつだと思う。
「ふふ、そんなお前を見るのは久しぶりで、笑える」
「ラルフ、お前、人が真剣に悩んでいるのに……、お前はそういう奴だよね。知ってる」
目の前の銀髪で青い目の美丈夫は、昔から辛辣で口が悪い。この平民御用達の居酒屋に合わせた、ラフな白シャツと黒のトラウザーズという格好だが、高貴なオーラが全然隠せていない。貴族がお忍びで来てます感満載だった。
衆目の的になっているのに涼しい顔をしている、豪胆な彼をヘムルートは羨まし気に見ながら、ビールを飲む。
「久しぶりって、お前に醜態晒した記憶、ないんだけど」
「えーー、私は印象的で忘れられなかったんだけど」
「相変わらず、小さなことまで細かく覚えてんな」
「お前は、忘却スキルを養う仕事だから、覚えてなくて当然か」
「……」
単に物覚えが悪いとは言わないラルフに、ヘムルートは苦笑いした。
ヘムルートは、心療内科医で、色々な悩みを持つ患者と向き合わなければいけない。だから、患者の感情は、聞くと同時に書面にアウトプットし、自分の脳に患者のことを溜め込まないように気を付けている。
患者に会うたびに、感情を働かせていたら、自分の方が精神的に疲弊してしまって、心療内科医は務まらないからだ。だから、一通り患者の話を聞いて、アウトプットした内容を見て、自分の知識の中で適当な言葉を探し、アドバイスするのだ。治療に自分の感情を、決して持ち込んではいけないのだ。
忘却スキルは、確かに日々磨きをかけて生きてきた。一つは、医師として成長するためには必要な能力だったから。もう一つは、思い出を忘れないと、苦しくて死にたくなるからだ。
「その印象的な思い出とやらを聞かせてくれ。すっげぇ、気になる……」
「ヒントやるから、思い出してみ?」
「え?」
ラルフは、いきなりクイズ形式で仕掛けてきた。
「一つ目、ごっこ遊び」
「……そんな話したか?」
「したよ、ヒント二つ目、5歳児の告白」
ヘムルートは、ぶはっと飲みかけたビールをふき出した。
十年前に、この店でラルフに相談した記憶が蘇ってきた。
「思い出したか?」
「うん」
唇の上に乗ったビールの泡が弾けて、ピリピリとした痛みを感じる。
「お前、あの時と同じ顔してる」
「……」
ラルフは面白いものを見つけたと、目を輝かせている。
まさか、自分が十年前と同じ娘の対応に悩んでいるなんて、成長のない己に気づき、ヘムルートは言葉を失った。
「そんなに落ち込むなよ、お前、基本人に興味を持たない人種なのに、そんなに悩ませる存在が出来たってことは、良いことだと私は思うよ」
ラルフが、ヘムルートを微妙にディスりながら、慰めてくれる。
確かに、今も昔もヘムルートの心を動かす人間は少ない。一人は、行方不明でもう会えない人で、もう一人はモニカだった。
「同じ、なんだ」
「同じ?」
「十年前の5歳児が、15歳、もうすぐ16歳になって、また私の前に現れたんだ」
ヘムルートの言葉に、ラルフは瞠目した。
「それは……すごい、な。ずっと、会ってなかったのか? 確か、お前の診療所近くの孤児院の子だったよな」
「本当によく覚えているね。そうだよ、あの孤児院の不正捜査の混乱時、人身売買のブローカーに連れていかれて行方不明になった子供がいただろ? お前に頼んで、探してもらったけど見つからなかった。その時の子どもが、モニカだ」
「モニカって名なんだ。そうだな、あの闇ブローカー、国外の貴族との取引もしていたから、追跡しきれなかったんだよな……。でも、なんで今になって解放されたんだろう?」
「それは、私も不思議に思った。金をかけて養育し、やっと働き盛りに成長した使用人をあっさり解雇したんだからな。モニカは、納得しているようだけれど、妙だよな」
「本人が納得しているのなら、そこはツッコまない方が良いよ。何でも知りたがると、嫌われるぞ?」
「うっ……、気にしていることを……」
ヘラに口酸っぱくして叱られたことを、ラルフにも窘められてヘムルートは居心地悪く呻いた。
「まぁ、経験上、子どもを囲って、成人したら棄てるってケースはあるのは知っているが……、胸糞悪い話だ。酒が不味くなるから止めておこうか」
「なにそれ、気になるから、教えて」
ヘムルートの揶揄いのない真剣な目に、ラルフは絆された様に声を少しひそめて話し始めた。
「外国の貴族の話だが、その貴族が主宰する恵まれない子供を支援する団体があるんだ。表向きは慈善団体だが、トップの男に妙な噂があるんだ。あくまで、噂止まりだが。男は、子どもを加虐することで快楽を得る性癖の持ち主らしい」
「それって、犯罪じゃん」
「事実なら、な。でも噂だけで、証拠は掴めなかったらしい。我が王都にも、その団体の支部があるのだが、その調査に私も関わったが、子どもたちは手厚い待遇を受けていて、問題がなかった。施設に問題がないのに、男の邸、ましてや外国まで手を伸ばして捜査することは、叶わなかった。もし、その娘がその噂の男に囲われて、加虐対象になっていたなら、成人する年になって解放されたというなら、つじつまが合う。その娘は大人になったから、男の性癖対象ではなくなったから、手放したって構図が成り立つ」
「胸糞悪い」
「自分で聞きたがっておいて、そんな目で睨むな」
「そんなクソ野郎とあの子は関係ないと、思う」
「ちょっ……、私は断定したわけじゃないぞ。そういうケースもあるぞって、世間話をしただけだ。そんなに怒るな」
「世間話にしては、重すぎだ」
「同感、もうこの話は終わり! で、ヘムルートはモニカに何をされてそんなにへこんでんだ?」
やっと、話題の軌道修正ができたと、ヘムルートは悩みをぶちまけた。
「それがさ! モニカの成人式に、ドレスを贈りたいって言ったら、はっきりと断られてさぁ……、身分不相応とか言ってたけど、やっぱり、モニカに嫌われてんのかなぁ……」
「ヘムルートが!? ドレス?」
「何だよ、似合わないってか!? モニカは貴族の夜会とか憧れている感じだったから、絶対喜ぶと思い込んでいたから、断られて、ショックで、ヘラさんには、知り合いのおじさんがすることじゃないって怒られるし、もーー、散々だよ……」
「ヘムルート、お前、無自覚なんだな。ヘラさんが心配する理由が分かる気がした」
「え? 心配、されてたの!?」
「そうだねぇ……、男が女に服を贈るってことは、下心があるって示す意味が強いからねぇ……。告白もせず贈ると、向こうがヘムルートに好意を持っている場合ならいいが、何も思われてなかったら恐怖の対象になるからな」
「なんか、実感こもってんな」
「私も、妻に初めて服を贈った時、告白前だったから彼女は混乱して困ったと後で文句言われたよ。まぁ、今ではいい思い出だけど」
「ほぉ~~~、お前も贈ったんだ……」
「私は、妻のサイズを内緒で空間魔法を使って測り、ドレスを勝手に作ったんだ。後で、ブーツのサイズまでぴったりで怖かったと言われたよ」
うっとりとして色気駄々洩れで思い出を語るラルフに、ヘムルートは戦慄した。
(うわっ、ラルフ、何かやらかしてんな~。流石に、モニカに内緒でドレスを作ろうとは思わんな……)
「やっぱり貴族は、その点スマートに受け取るのかな。平民だから、ありえないことなんだろうか……」
「そんなに大事に思っているなら、告白して、恋人にすればいいじゃないか? 立ち位置をはっきりさせれば、ドレスも贈り放題だ」
名案を授けたと言わんばかりに、ラルフはにやりと笑った。
「はぁ!? 私とモニカが恋人同士にって……、25歳差だぞ!? ありえない」
「そうかーーー? 十年前、幼児相手だったから言えなかったが、貴族社会の婚姻で25歳差は結構ありだぞ。後継者を作るのに若い女性を娶るとか、後添えの女性を娶るケースとか、政略的に娶るケースとか、まぁ、いろいろある。だから、そんなにおかしい年の差とも言えないんだよ、ヘムルートくん」
「娶るを連呼するな」
「恥ずかしがる年か、純情おっさんのヘムルートくん」
「……」
厭味ったらしく、くん呼びする辺り、ラルフに揶揄われたと感じた。
そして、理論攻めでヘムルートの躊躇いを、うち砕いてしまった。
自覚せずにはいられない心のざわめきを止める方法は、さすがのヘムルートも理解している。
(分かっちゃいるけど、よし、告白するぞ☆って、ならんのは、私が年を取り過ぎたせいだろう)
「ヘムルート! 良いこと、思いついた」
ラルフの企み顔に、ヘムルートは悪だくみに巻き込まれる面倒な予感しかしなかった。
「ヘムルート、モニカさん連れてうちに遊びに来い。そうだな、妻の生け花教室の体験講習だと言って誘い出せ。退路を断つため、ヘラさんもダシにして誘って良い。お前が告白する前に、私と妻でモニカさんを見極めてやろう」
「――――お前……、絶対、面白がっているだけだろう?」
「お前がそこまで執着する女性に会ってみたい。久しぶりにお前に会えるというと、妻も喜ぶだろう。ヘムルートのこと、ずっと心配しているから」
ラルフの妻、エリーゼは、ヘムルートにとって特別な女性だった。
彼女は、ヘムルートが愛した人の半身を持つ人間だからだ。
ただ、彼女は自分が手に入れたいと願った女性ではない。ヘムルートが欲していたエリーゼの半身は、今も行方不明のままだ。
だけど、半身だけで、違う女性であったとしても、エリーゼがヘムルートのことを心配していると言われると、自然と高揚感が生まれてしまう。嬉しいと思ってしまう、難儀な自分がいるのだ。
久しぶりにエリーゼに会える機会を作ってくれるラルフに、まんまと嵌められた気分になりながら、ヘムルートは残っていたビールを一気に流し込んだ。
「モニカとヘラさんに訊いてみる。でも、確実に落とせる口実が欲しい。ラルフ、責任持って考えてくれ」
「そうだな、任せろ」
二人の悪だくみが、思わぬ結果に繋がることになるとは、今の彼らは知る由もなかった。
またもや、腹黒おっさんに相談し、墓穴を掘る純情おっさん。
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