妹が死んだ皇女様
『婚約解消された皇女様(短編)』関連の物語です。その物語を読まなくてもある程度分かるような内容にはなっています。稚拙ではありますが、最後まで読んでくださると嬉しいです。よろしくお願いします。
「第三皇女死んだ…妹が死んだ」
葬式を終え、一ヶ月経った今でも実感がない。妹と言っても私の母親は正妃で、彼女の母親はすでに亡くなっている側妃。だから彼女とは半分しか血がつながっていない。彼女の死を真剣に弔っている人間などこの王宮にいるのだろうか。彼女は、正妃と王たちから暴力を受けていた。私は悲しいのだろうか?ここ一ヶ月、公務にしっかり集中できたためしがない。そんな私の姿を見て、"仲良し王家"しか知らない人たちは哀れみの目を向けてくる。
「お姉様、そんな開けっ放しの窓の近くでぼ~っとしてたら風邪を引きますよ。お身体が弱いのですからもうちょっと気を付けてください。侍女も追い出し、ろうそくをともさず真っ暗な中で何をしてるのです。もしかして、また彼女のことを考えてたのですか?」
第四皇女がドアをノックせず無遠慮に侵入し、勝手に窓を閉めてきた。今年で11歳になる可愛い妹だ。
「…そうよ。実の母親、私たちの母親、父親と兄弟姉妹に色々な種類の暴力にあってた彼女は、最期はどんな想いでこの世を去ったのかなってね」
「そんなの怨み言を言って亡くなったに決まってるじゃない。あたしだったらそうしてるわ。特に第二皇女と第二皇子には強くね」
「あらあら。あなたはあの双子が嫌いなの?意外だわ」
母親そっくりの第二皇女・皇子は、洗脳にも似ている教育を母親から受けられている。父親似の私、第四皇女と第一皇子は母親とあまり接点がない。
「嫌いと言うより、妹だからという理由だけで好かれてるから苦手なんですわ」
「正妃の娘で良かったと思う瞬間よね。分かるわ。私もお母様から、姉様らしく生きないといけない制約を課せられた」
「あぁ、あたしもさせられましたわ。まだ5歳にもなってない人間が、あの誓約書全部読める分けないですわ!かわいそうなあたし!」
「「はあぁぁあ」」
第三皇女に対する傍観は仕方がなかった。仮に双子や両親達の暴行を止め彼女を救ったとして、あの契約から皇女としての人生が危うくなる。結局みんな、自分が一番なのだ。好き好んで、天国の道から地獄の道に変更する人間はいないだろう。
「お姉様、気分転換に紅茶はいかが?最近、侍女に教えてもらったのよ!」
「まぁ、凄いじゃない。紅茶の茶葉を侍女に持ってこさせましょうか」
私がベルに手を伸ばそうとすると、彼女はその手を制してドレスのポケットから茶葉を取り出した。
「いつからあなたは悪い子になっちゃったのかしら」
「ふふ、お姉様待っててくださいね」
無邪気な妹の姿を見てすーっと心が癒やされた。窓から見える家々の光を眺めていると、自分がずいぶんちっぽけな人間に感じて仕方がない。まぁ、多分その通りなんだろうけども…。まともな家族に囲まれていれば、こんな薄暗い悩みなどなかったのか。それとも、私の性格が元々暗いのか。今となってはよく分からない。昔はこんな悩みなんてなかったから、やっぱり環境のせいなのだろうか。
そんなことをぐるぐる考えていたら、少し甘い紅茶の香りが漂ってきた。
「お姉様、あたしとっても上手に出来ました!!」
「どうかしら?あなたはそう言って何回も失敗していたのだから心配よ」
暗くてあまり色の識別は出来ないが、私のお気に入りのティーカップに紅茶を淹れたようだ。コクリと一口飲む。ほのかに甘いが後味がさらりとしており、とっても濃密で滑らかな舌触り。私の好きな茶葉のようだ。
「どう?どう?おいしいでしょ?」
目をキラキラと光らせて私に問いただすとは、本当に愛らしい妹だ。
「ええ、とっても美味しいわ。ありがとうね、セレス」
むふ~んと鼻を膨らませ口角を上げると、少々不細工に見えるがそれもご愛嬌だ。
「さ、あなたはもう自分の部屋に戻ってちょうだい。今頃侍女たちが騒いでるわよ」
「そうね。じゃあ、おやすみなさいお姉様。紅茶、最後まで飲んでね」
「えぇ、分かったわ。おやすみなさい、良い夢見てね」
あの子は、少し自分の目線から話しすぎるわね。多分彼女の最期は私たちに対する怨み言よりも、開放感や元婚約者に対する気持ちの方が強かったのではないだろうか。そもそも、彼女が私たちを何番目の人間か認識していたのかすら怪しい。だって一回もまともに話したことないもの。
私もそろそろこの"仲良し王家"から出る必要があるかもしれない。家族に対する嫌悪は第一皇子よりも強いと自負している。自分の娘をいやらしい目で見る父親、愛と美に溺れる母親。公の場で演じている最中にボロがでるかを心配するより、物理的に距離を取った方が精神的に安定する気がする。
あぁ、でも。私はどこに嫁げば良いのだろうか。
自慢じゃないが、私はそこそこ人気がある。国王譲りの金色の目と髪の毛、母親並の美しい身体、皇后の面影がある優しげな顔。でも、この美しさも意味がない。
アルセーヌ・イズ・クレアン公爵。
私の幼馴染みであり、第一皇子の幼馴染みでもあった。くりくりの茶髪にグリーンの美しい目が彼の魅力を一層際立たせている。陽だまりのような笑顔で『フロランス、こっちにおいで』って言われた日は興奮しすぎて鼻血を出してしまった。彼が本当に好きだった。愛していた。この人となら素敵な家庭を築くとこが出来ると思って18歳の時に婚約し、もう少しで結婚できる時だった。
彼が殺害された。
多分、国王陛下によって。
第三皇女の元婚約者をみていて確信した。そして戦慄した。あの人は自分の娘を不幸のどん底に落とすことを心底楽しんでいる。第三皇女の元婚約者のマティアス・ラン・アルベール公爵は、陛下の娘を自殺に追い込んだとして、処刑された。そして、跡取りがいないためアルベール公爵家の所有物は全て王家のものになった。
私の婚約者であったイズは事故死として処理されている。
大雨の中、私が自国の秘境で監禁されているらしいから助けに行けという陛下からの命令があったらしい。王家専用の騎士団に隠密員が居るのだから、隣国の大帝国の貴族や伝説級の賊でもない限りそんな事はならないのに。国王陛下の命令を背いた罪で死ぬか、助けに行く最中で死ぬか。この二択に迫られたのだろう。彼は自分の家のために助けに行った。あわよくば、自分の婚約者を助けるヒーローになろうと。
街の明かりは先ほどよりもぐんと減った。綺麗なお月様と星々が鮮明に見える。あぁ、紅茶を飲んでから眠たくなってきた。せめて今日のことを日記に書いておこう。きっと書いておけば、誰かさんの役にはなるだろう。
「ごめんなさい、お兄様。一足先に幸せになりますわ」
ゆっくりゆっくり身体に力が入らなくなっていく。睡魔なのか薬の成分によってか分からない微睡みに第一皇女レリア・フロランス・ドリアーヌは身を任せ、眠りについた。
『フロランス、君にはもうちょっと長生きしてほしかったんだけど』
『あら?それは私にイズ以外の人間と結婚しろって事なのかしら?』
久しぶりに見る彼は大好きな彼のままで。私は『気高い皇女であれ』という母親の小言も忘れ、花一面の地面を走り彼に飛び付いた。懐かしい香りに、八年ぶりに涙が溢れた。
「ごめんなさい、お姉様」
彼女の贖罪は、フロランスには届かなかった。
[1×7×年10月△日
きっとこれが最後の日記になるでしょう。先ほど、第四皇女から毒入りの紅茶を飲まされました。毒入りと分かっていながら飲んだので、少しは減刑されることを可愛い妹のために祈ります。苦しまない薬だったこと、私に対する敬意が表れていたことも記しておきます。
私に恋愛を抱いている第二皇子から命令されてやったのでしょう?そう自分を責めないでください。私もそろそろ、ここから遠く離れたどこかに行きたかったのです。愛しのイズがいなければこんな世界、意味がないのです。
お兄様、申し訳ございません。あなたとの約束を守ることが出来ませんでした。お兄様、愛しています。もちろん親愛ですよ。あなたの婚約者に勘違いされては困りますからね。お兄様がこれから先幸せに生きてくださるのか、それだけが唯一の気がかりです。おやすみなさい、私は一足先に幸せな地に足を入れます。
P.S.私にお姉様が居たのは本当ですか?]
「気がかりなことは二つじゃないか、ばか妹が…」
苦痛にゆがむはずの顔は、普段から表情筋を動かさないせいで皮肉にも嫌悪を抱いてるようになってしまう。親友を亡くし、愛を抱かずにはいられない可愛い妹を亡くした第一皇子の心には憎悪しか残らなかった。
享年26。第一皇女リア・フロランス・ドリアーヌ殿下。皇国の天女とも歌われたその美しい姿は、死してなお宝石のような輝きがあったと言われている。彼女の亡骸は今現在見つかっていない。埋葬された後に盗賊に盗まれたか、王宮にあるとされている秘密の部屋に隠されているのか。謎は深いままである。