マンモス殺しの英雄と無名の石割り職人
「マンモスキラーだ!! マンモスキラーのユカラが帰って来たぞ!」
英雄の帰還に湧き上がる部族の人間達。今回は鹿狩りで捕えた獲物も一匹だけだというのにユカラ本人も鷹揚として彼らの声援に応えている。そんな姿を横目で見ながら、生まれつき右足が不自由で狩りに同行できない俺は、黙々と石割りの作業を続けている。マンモスに突き刺すためのヤリ先ではなく、あいつに教わった収穫道具を作るために。
確かにマンモスに止めを刺したのはユカラだ。ただ、それまで何人もの部族の勇敢な男達が命懸けで挑み、弱らせていたのも紛れもない事実なのだ。それに、最後の狩りで盾隊、威嚇隊、狩猟隊を編成し、マンモスを沼地に誘導する作戦を立案した、今は亡き俺の親友マキリがいなければ絶対に奴を倒すことなんてできなかった。
「そんな危険な計画を立てるのなら自分も責任を負うべきだ」という長老の的外れな意見のせいで、あの痩せてろくに筋肉も付いてない友人は盾隊の一人として配属された。実際には古くからの風習やしきたりを気にせず、論理立てて物事を考えるマキリのことを、部族の長達が目の敵にしていたことは誰だって知っていた。
一年前、今日と同じようにマンモスの討伐を終え帰還したユカラが拍手喝采で出迎えられたとき、何カ所も骨折して傷だらけになったマキリに駆け寄ったのは俺と恋人のキヤイだけだった。
「ははっ……やっぱり僕には力仕事は向いてなかったみたいだ……」
不自由な足を引きずり、真っ青な顔をして走ってきた俺と、今にも泣き出しそうなキヤイを心配させまいと気遣ったのか弱々しい笑みを浮かべたマキリは、数週間後、静かに息を引き取った。最期の瞬間まで、彼は自分が蓄えてきた知識を惜しげもなく授けてくれた。正直、凡庸な俺の頭では半分も理解できなかったが、何度も繰り返し口に出して覚えることにした。親友が残してくれた遺言であり、最後の贈り物だったから。
正直、俄かには信じられないような予言もあった。特に「北にある【陸の橋】が、もうすぐ海に沈む可能性がある」という彼の言葉には耳を疑ってしまった。【陸の橋】と呼んではいるが、実際はマンモスが縦に30頭以上並ぶことができそうな広さがある、あの大地が全て海に飲まれてしまうだなんて、疑って当然だと思う。
ただ、部族に伝わる古い伝承や、最近の流氷の様子から判断すると、そうなるに違いないと力強く言っていた。そして前触れとしてマンモスがこの土地からいなくなるとも。実際ここ数か月で目撃されたのは、やや狭くなったように感じられる陸橋を渡り、更に北へと向かった一頭だけだった。
マキリは更に変わった助言を残していた。この先、今までのような狩りができなくなったときのために貝や魚を採り、鹿やイノシシを罠にかけて捕まえる習慣をつけ、食べられる植物を育てておくようにとピヤパという穀物の種を渡してきたのだ。それだけの膨大な作業を一人でこなすことなど到底できないので、まずは長老に話を持ち掛けたが、マキリの案だと分かるや否や首を横に振った。
しょうがないのでキヤイを通じて、狩りに同行しない部族の女子供達と少しずつ準備を始めた。貝の採集は非常に簡単で、最初はその見た目に戸惑っていたものも多かったが、意外と味も悪くないことが分かると喜んで食べ始めた。
特に先入観を持たないチビっ子達にとっては、自分達で捕まえられる美味しい食べ物として瞬く間に大人気になった。長老たちや狩り担当の男共は「そんなゲテモノ食べるわけがないだろ」と突き返してきたが。
それに比べて罠による狩りやピヤパの栽培は難航した。マキリはかなり詳細に罠の組み立て方や設置場所、あるいはピヤパの育て方や食用までの手順について教えてくれたが、頭で理解するのと実際にやってみるのとでは大違いだった。一年間で罠によって捕まえたシカとイノシシは合わせて10頭、ピヤパに至っては未だに両手がいっぱいになる量すら収穫できない状態だ。
ユカラ達には「暇人は遊んで貝食ってるだけでいいんだから、楽だよなあ」といつも馬鹿にされ嗤われている。今でもマキリが傍にいてくれたら、どんなに頼りになっただろうと溜息をついてしまうが仕方ない。あいつが誰よりも賢い頭脳と優しい心を持っていたことを証明するためにも、俺は絶対に諦めるつもりはない。
部族長達は、近々姿を消したマンモスを追いかけ、陸橋を渡り移住する計画を立てているらしい。ここに残る予定なのは、俺とキヤイを含めたわずか十数名。身体のどこかに障害を抱えて狩りが出来ないもの、体力的に移住に耐えられそうにない年寄りや女子供達がほとんどだ。
「……大丈夫、絶対に生き抜いて見せるさ」
隣で貝の石蒸しを作っているキヤイの大きくなってきたお腹を撫でながら、そう呟いた。産まれてくる子供には彼の遺言通り、マキリの名を受け継がせる予定だ。今まで必ず有言実行してきたあいつのことだから、きっと俺達の子として生まれ変わってくるだろう。
だからこそ、マキリの望んだ「誰も犠牲になることなく安全に生活できる時代」に向かって、少しでも歩みを進めておかなければ。
俺は再び石をカツン、カツンと割り始めた。