警部過去編1
前回までのあらすじ。
(警察署連行編)
ロークタウンの郊外、外部森林と呼ばれる場所で煙草屋の商いをしていた魔女の元にある日突然警察官が現れる。
身に覚えのない事件の被疑者としてシス警部に警察署に連れられていった魔女は時に警部を言葉で弄りつつあれよあれよという間に事件の真犯人探しの手伝いをすると言い出した。
判断に困った警部は仕方無く上司に確認を取りに行くがどうやら警察署長は魔女の事を知っていたようで快く手伝いを許諾した。
(足跡追跡編)
魔女の相方に選ばれた警部は魔女を事件の現場の一つに連れて行く。
そこで犯人の足跡を追うために魔女が用意したのはタバコの煙で作られた兎だった。
兎を追いかけマンホールの中に飛び込み、下水を通り、兎の導くままに外に出、また兎を追いかける。
兎の足跡を追い続けた先にあったのは世界一の信者数を誇る双聖女信仰教会の修道院だった。
(修道院潜入編)
兎が足を止めた修道院に魔女と警部は足を踏み入れる。
途中、訝しんだ修道女に足を止められるものの、うまく誤魔化し入り込んだ修道院内で魔女の異能によりあっさりと犯人の居室を発見する。
だが、犯人の居室は犯人の魔女のトラップの温床だった。
小さな部屋に張り巡らされた異能の罠を抜け、辛うじて犯人の名前を知れる日記帳を手に入れた警部と魔女の見たのは、死んだ筈の魔女の名前だった。
それでは、前置きが長くなりましたがどうぞ本編をお楽しみください。
俺の頭の中に色々な仮説が浮かんでは消えていく。
死んだ者の名前だとこの魔女は言っていた、それにも関わらず何故、この場にその名前があるのか。
死人を生き返らせる能力を持つ魔女など居ない、それもこの魔女が言っていた。
それならば、この魔女自体が嘘をついている可能性、いや嘘を吐いているのではないかーーー
その疑念は魔女の顔を見て吹き飛んだ。
今までの余裕がある顔が消え、苦虫を噛み潰したかのような顔をしていたからだ。
声をかけようとして、かけれずに止まる。
今の俺がかけられる言葉は無い。
そう思った矢先、魔女は俺の方に向き口を開いた。
「シス君、犯人の名前は分かったからそれを渡してくれ、今はバレない様に戻しておくとしよう」
唖然とする。
「いやいや、待て証拠物品として押収するのが当然だろ」
死ぬ思いで手に入れた証拠品をわざわざ元の場所に戻せと言う。
いや、どうなってたかは分からんが俺は実際死んでいたのかもしれない。
そんな状況で手に入れた証拠品をーーー。
「...わしらはココにウサギを追っかけてきた善良な二人組じゃろ?
物がなくなってたら流石にまずいとは思わんのか?」
言われてハッとする。
異常な事が起こりすぎて忘れていたが、今回は令状も何も無い。
今の俺が見つかったらただの空き巣もいいところだ。
今度こそ刑務所にぶち込まれることに間違いはない。
「ワシも現状を整理する時間が欲しい、取り敢えずこの場は元に戻すからの?
大人しく戻るぞシス君。」
頭を掻き毟る。
納得するしか無い、こいつの言ってることは何一つ間違っていないのだから。
だがーーー
「せめて中を除くくらいは許されないのか?」
「やめておいた方が賢明じゃろうな、ここまでして見られたく無い日記の内容じゃ。
これのページを開いた時に何が起こるかは想像に難くないわい。」
いや、それでも数少ない魔女の資料だ。
俺の知りたい事が書いてあるかもしれない。
「もしかしたら次の狙っている相手とか、協力してる奴の名前とか書いてあるかもしれねぇだろ」
口から出まかせが飛び出す。
「...はぁ、頑固じゃのうシス君は、仕方あるまい。」
そういうなり魔女がタバコを1本咥える。
流れるような動作で火をつけ肺に煙を蓄えるとこっちを向く。
この流れはーーと考える間もなく奴は俺に煙を吹きかけた。
「それ、開けろ。」
俺自身の喉がなる音が聞こえる。
言い出したのは俺だ、それなのに今更恐怖感でも感じているのか。
ーーーええい、ままよ!
幸いにも日記を開いても何も起こらなかったーーーが、適当に開いたページを見て、後悔という言葉が俺の頭の中を蹂躙した。
其処には正しくミミズののたうったかの様な表記の、人間にはかけない様な筆跡で、辛うじて読める程度に人名と人間という単語と殺すと怨むと潰すと言った様な文字が幾重にも重なり合った殆ど黒色で占められたページがあった。
次のページも、その次のページも、前のページも捲れど捲れど人間に対する怨みだけが綴られている。
何が起きればこんなにも人を恨めるのだろうか。
このクラリスという魔女に人を圧殺したいと思う様な何かが起きていたのだろうか。
ーーー頭が高速で回転するのが分かる。
もし俺がーー、否、俺は、否、もしかして同じ様な、俺も?
無意味な問答がぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるーーー
「ーーーシス君!」
突然の鋭い声が俺を覚醒させる。
俺は吐き気と頭痛と目眩を堪えて日記帳を閉じた。
後ろから見ていた魔女の顔からは笑みが消えている。
「...シス君、満足したかのぅ。
満足したら渡してくれ。」
押し殺したかの様な声で魔女が俺にそういう。
なんとか俺はあぁ。とだけ返すと魔女に日記帳を渡した。
魔女が日記帳を扉の内側に置き、右手から出した葉巻に火をつけ一息吸うと煙を吐き出した。
煙が数秒をかけて部屋全体に行き渡り、ゆっくりと霧散していく。
煙が消える頃には何故か部屋は扉を開けた直後と同じ綺麗な状況になっていた。
物が崩れた様子も、机の上の状況も何もかもが元に戻っている様に見える。
当然入り口に置かれていた日記帳も机の上に戻っていた。
便利だとは思う、思うが何か引っかかる。
何がとは言えないがーーー頭を悩ましている最中、唐突に煙草の匂いが鼻についた。
見れば魔女が新しい煙草から兎を創り出している。
さて、と言いながら魔女が兎を抱えながら立ち上がる。
「さっさと撤収するとしよう、シス君。
ああ、くれぐれもその部屋の中に足を踏み入れようとするんじゃないぞ」
その言葉とともにひとりでに扉が閉まる。
一瞬閉まるドアを止めようとして反射的にドアノブに手をかけようとした。
「シス君。」
手を止める、後ろに目でもついているのだろうか。
魔女の方を振り向くと此方に背を向けた魔女が既に階段に向かって歩いていた。何事もなかったかの様に
少し早足で追いかける。
兎を抱えたまま歩いていた魔女が抱えたまま此方を片手で静止した。
「…誰かが上ってくる。」
確かに、よく耳を澄まし聞いてみれば階段をゆっくりと静かに、踏みしめながら上ってくる音が聞こえてくる。
生唾を飲み込む音が聞こえる。
まさか、クラリスという名前の魔女か?もしそうなのだとしたらーー。
ーー何かに手が止められた。
魔女の手だ。
自然とホルスターに伸びていた手を止め、そのまま右手に手を絡めてくる。
背骨の中を氷が通過したかのような怖気が走る。
手を振り払おうとするが、その細腕とは思えない力で無理矢理手を押さえ込まれた。
そのまま顔を耳の近くに持ってきた魔女が
「良いから調子を合わせるんじゃ、シス君。」
と小声で耳打ちする。
調子を? と悩んでいる暇すらなく、数メートル先の階段に続く曲がり角から人影が現れる。
それは見覚えのある巨体だった。
シスターフランシスと呼ばれていた筋肉の塊のような修道女だ。
俺達がいるのと逆側を見て次いで此方を見てきた。
此方を見つけるとゆっくりと此方に向かって歩いてくる。
「ロスさん、貴方にまでご迷惑をかけてしまって、申し訳ありません…。」
その最中、突如魔女が話し始めて面食らう。
ロス? 迷惑? ロスって誰だ、そもそも迷惑も何もーーと思い、違うことに気づく。
「あ、ああ。別に君の為なら迷惑だとも思っていないよ、アイファ。」
偽名で呼べという事だろう、咄嗟に口をついて出たのは同僚の名前だった。
巨体が近づいてくる。
「私だけだと捕まえられませんでした、貴方がいてくださって本当によかった。」
そう言うと、魔女が俺の指に指を絡めてくる。
再び怖気が走るが、よく考えれば最初にツレだと言い出したのは俺だ。
「兎とやらは見つかったみたいだね。」
ついに俺達の目の前にシスターフランシスが到着し、声をかけてくる。
「あー、迷惑をかけました。
えー、シスターフランシス?なんとか兎も捕まえられたのでここで我々はお暇させていただきます。」
なんとか言葉を絞り出す。
目の前に自分よりでかい巨体があると流石に口籠ってしまう。
その巨体が体を折り曲げてジロジロと此方を見てくる。
「…ふん、見つかってよかったね。」
そういうとシスターフランシスが此方を射抜くような鋭い目線で俺の目を見る。
その目線から逃れるように俺は魔女の手を引いて彼女の横を通り過ぎようとする。
「ーーーところであんたら、部屋の中には足を踏み入れていないだろうね。」
通り過ぎる最中、シスターが言う。
心臓が跳ね上がるのを感じる。
二人とも同時に足を止める。
実際、踏みいった。
魔女の異能で部屋の状況は元に戻ったとはいえ、だ。
犯人がこの修道院にいることが発覚している以上、このシスターが魔女である可能性は捨てきれない。
どう答えるのが正解なのだろうか。
誤魔化してなんとかなるのか、魔女であるなら心を見透かしてくる可能性もあるんじゃないだろうか。
いや、煙草の魔女の言う通りならばーー
「嫌ですわ、シスターフランシス。
兎が扉を開けられるわけないじゃないですか。」
俺の手を離し振り返りながらフフフと可愛らしく魔女が笑った。
今までの笑い顔とは全く違う可愛らしい笑い方だ。
どちらが素なのだろうか、などと余計な考えが頭をよぎる。
「ねぇ、ロスさん?」
ーーー此方に同意を求めてくる。
顔だけを横に向け、魔女の顔を見ながら俺は答える。
「ああ、そうだねアイファ。」
にっこりと笑いながらなんとか返事をすると訝しんだ面をしながらシスターが俺と魔女を見て、腰に手を当てて口角を上げ笑った。
「なら良いんだよ、私が思ってたよりも時間がかかったみたいだったからね。
余計な詮索をして悪かったね、さっさと帰りな。」
そう言うとシスターは俺の背後に近づき背中を叩いた。
背中に間違いなく型が付いているだろうと思えるほどの痛みが俺を襲う。
思わず声が漏れる。
「あんたには勿体無い器量良しだね、しっかり幸せになりな!」
そう言うとシスターは俺達が来た方向へと歩きだした。
背中の痛みを堪えつつ、俺と魔女は若いシスターとすれ違いながら階段を降りる。
土の匂いがする、何をしているのかは分からなかったが作業とやらが終わったのだろうか。
階下に降りると、外で作業をしていたシスターの姿が数名見えた。
そのままシスター達が魔女の元に駆け寄る。
やれ、かわいい兎ですね、触っても良いですか?抱いて見ても良いですか?などと煙でできた偽物の兎に群がっている。
やはり、動物は女性を惹きつけるのだろうか。
…まぁ良い、おそらくこの状況はしばらくかかるだろう。
魔女に目配せをし、右手の指を二本たてタバコを吸う様に手を動かし、修道院の入り口を指さす。
魔女は、手をひらひらとさせ、そのままシスター達との会話に戻っていった。
修道院の扉を抜け外に出る。
外にはまだ数名シスターが残り此方は此方で農具らしきものの後片付けをしている。
入ってきた時は魔女の尻を追いかけていたせいで見逃していたがどうやらシスター達が作業をしていたのは花壇だったようだ。
パンジー?だったか何かと名前もわからない白くて小さい花がいっぱいついた花束の様な花が咲いている。
この寒いのにご苦労なことだ、此方に会釈をしてきたシスターに会釈を返しながら俺は門扉をくぐり壁に背をついた。
シガレットケースを開け一本取り出し煙草を吸う。
肺いっぱいに煙を溜め、溜息をつくかのようにアスファルトの地面に向かい一気に吐き出す。
まだ夕方前だがいろいろな事がありすぎた。
魔女に出会い、魔法…本人曰く異能を目の当たりにし、兎を追いかけて下水道を移動し、修道院に飛び込んで、一旦死んだか気のせいかは分からないが手がかりらしき物を得て俺は生きてここに居る。
当然のことながら魔女を問い詰めたいと言う気持ちは非常に強い。
だが、それに触れて果たして俺は生きていられるのだろうか。
俺の根幹は一貫して今まで通りだ。
魔女に復讐をする、此れだけだ。
自身の半生を反芻するかのように思い出す。
14歳の夜にあの孤児院で起きた事件をこの街の誰もが忘れている。
あの事件の後に病院で意識が戻って以降、周囲の人間から孤児院の話は一切なくなった。
一時期は俺の気のせいだったのかもしれないと本気で考えた。
俺を引き取った俺の親戚だという叔父と叔母が気の毒そうな目で俺を見ていたからだ。
地盤沈下が起きた事による科学工場のガス漏れのせいで意識が混濁したせいだと、医者や叔父と叔母が言っていた。
同じ区画に住んでいた他の被害者にも同じ様な症状が現れ、病院はこの世の終わりのような状況だったらしい。
医者と叔父と叔母からは両親がその時死んだという話も一緒に聞いた。
だが、俺はどうしてもその時の状況が幻覚の類だとは思えない。
サムもクロエもリンもイングリッドもケビンもニコラスもマリーナ先生も、モリソン院長も。
死に逝く顔の眼窩からこぼれ落ちる血液の筋の数すら思い出せるというのに。
俺の脳内からこびり付いて離れない地獄すら生ぬるく思える光景。
ーー胃酸が胃袋から迫り上がってくる、飲み込む。
あの時、俺は声が枯れるまで泣いていた。
忘れたい記憶でも有るのは間違いない。
それでも何とか、漠然とだが奴らの事は覚えている。
黒人の大男、頬の痩けた長身の男、透明になれる女、赤いケーブの少女、金髪の少女、声だけしか聞こえなかった女、アイツらは自分のことを魔女だと言い、確かに今日見た魔女よりももっと悪辣な何かしらの異常な力を持って孤児院の子供達と先生を俺の目の前で惨殺していった。
流石に何を言っていたかまではもう思い出せないがーー。
そもそも俺の頭の中に両親の記憶はない。
俺は自分の記憶の正誤の区別をつけるためにも警察官になる道を選んだ。
警察署にならこれまでの様々なこの町の事件の記録が残っているはずだと。
記憶にない叔父と叔母は優しい人だったからか、勉強には惜しまず金を出してくれた。
そして、大学を卒業した後、キャリア組の試験には落ちたが巡査になり資料室で捜査資料を探った。
ーーーだが、資料はなかった。
俺のいた筈の孤児院、ローク孤児院の名前が扱われた事件は無かったのだ。
一度は絶望したが、逆にその年の資料を探していて違和感を覚えた。
現在は廃棄区画になっている化学工場周辺での捜査記録が一つたりともないのだ。
あったのは事故が起こるきっかり一年前からの分だけだった。
他の区のものはあるにもかかわらず、だ。
それから俺は、叔父叔母と警察の同僚から隠れて様々なものを探った。
が、この数年で分かったのは、警察学校で初めに習った魔女が実在すること以外に何も分からなかった。
その記載も僅かな物で、魔女という存在は実在しているから始まり。
曰く、一般人には魔女の話を漏らさないようにするべし。仮に漏らした場合は速やかに報告すること。
曰く、人間には行えないと思われる異常な殺人が起こった場合は魔女の所為だと考え速やかに報告すること。
実際、今までロークタウン警察署で働いていて魔女の足跡を見つけるために8年間ずっと全ての事件を確認してきた。
小さいものから大きなものまで、だ。
魔女に関わりがあるのならいつでも首を突っ込めるように。
だが、8年間過ごして出会った魔女の名前が上がった事件は三つ。
それも、周りから魔女と呼ばれる素行の悪い女性が起こした事件が二件と自称魔女の占い師が大規模な詐欺を起こした事件だけで本物の魔女が関わる事件ではなかった。
そして、先日ついに出たのがこの事件だったわけなのだが、まさか一発目から抜擢され魔女と関わりが持てるなど思っていなかった。
…もう一度思い返す。
あの夜にいた魔女達の中にはシガレットの顔はない。
俺の記憶が確かなものなのならば、間違いなくあの魔女は居なかったはずだ。
そこまで考えてーーーふと、いやな想像が頭をよぎる。
…まさか、俺の記憶と周りの記憶が違うのは記憶の魔女とかいう存在がいるからなのか?
いるかどうかは分からないが、いてもおかしくは無いだろう。
俺の記憶か、周囲、いや、この街全体の記憶を書き換えているからだろうか。
クソッさっきの取調室内で魔女の名前をもっとしっかり見ておけばよかった。
だが、そんな広い範囲での魔法の行使は可能なのだろうか。
いまのところ確認ができたのは、煙草の煙による生物らしき物の生成と遠隔操作か自動で作動する罠の類かは分からないが潰すという行為のみだ。
現状広範囲で魔法を…異能を発揮できる魔女は確認できていない。
あの夜の魔女達も個人に向かってしか異能を発動できていない。
いや、していなかっただけなのかもしれないがーー。
だが、もしーーー不意に肩を叩かれ、思考の渦から俺は引き戻された。
「待たせたのうシス君、どうした何か考えておったのか?」
気付けば雲と霧に隠れて見えないが空はオレンジ色になっていた。
兎を片手に魔女が此方を見ている。
気付かないうちに足元に短くなったタバコが二本落ち、新しい方ももう吸い終わりそうな短さになっている。
14、5分ほど経っていたのだろう。
ああ、とだけ言葉をなんとか紡ぎ魔女の背後を見てギョッとする。
複数名のシスターが門扉の内側からトーテムポールのように此方を見ていたからだ。
…こそこそキャーキャーと騒ぎながらこっちを見ている。
「おい、お前何を話したんだ?」
おそらく何か余計な話をしたのだろう、兎以外の話でシスターが聞くであろうことは俺たちの馴れ初め程度であろう。
「んん? ワシらの馴れ初め等を適当に脚色をつけて話しただけじゃよ。」
合っていた…が脚色?
「…因みにどんな脚色だ?」
非常にいやな予感がする、するが聞かずにはいられなかった。
「どうやらラブロマンスをお求めだった様じゃったので、深窓の令嬢だったワシをお主が連れ出して二人で逃避行をして、一度捕まった後お主が父親を説得して交際を認められた所までじゃな。」
ーーー話を聴くにつれて頭痛がゆっくり重くなっていく、何一つ合っている所が無い。
深窓の令嬢にしろ、逃避行にしろ、父親にしろ。
…今日初めて会ったばかりの人間との話の捏造をこんな勢いで行えるものなのか?
魔女が含んで笑う。
「すまんすまん、ちょっとやりすぎたのぅ。」
笑い事じゃねぇ、俺は今後街中でこいつらと会う可能性もあるというのに。
煙草を地面に捨て踏み躪《にじ》り、歩き始める。
そこではたと思い出した。
俺達は確かウェストサイド中心付近の川縁にパトカーを止めたはずだ。
ここはウェストサイド寄りとはいえ、サウスパーク。
行きはほぼ一直線に下水を通ったが流石に帰りは地面を歩くしかない、となると。
ーーー非常に長く遠い道のりを歩くことになるのは確定だ。
気付くと溜息を吐いていた。
そもそも、駐車場に戻るためにはこっちの道じゃ無い、下水を通らないのであれば逆側に歩き出さなければならないだろう。
後ろを振り向くと、魔女がやはり声を殺して笑っていた。
無視して歩き始めるが、修道院の門扉の前でやっぱりという声が聞こえる。
…やっぱり?何がやっぱりなのだろう。
魔女が俺のことを間が抜けているとでも伝えていたのだろうか。
…まぁいい、クスクス笑うシスター達と魔女を無視して早足で歩く。
後ろから、何者かが…いや、追いかけてくる魔女が俺の腕に手を絡めて歩き出す。
奴の嘘を真実にしたくは無いが、犯人も見ているのかも知れないと思い心を無にする。
修道院を後にしながら曲がり角を曲がった瞬間だった。
「なんとか切り抜けられてよかったわぃ。」
魔女がため息を吐きながら絡めていた手を離し、そのまま指を弾くと兎がいきなり霧散した。
ギョッとしたが、周囲には一応人は居なかった。
その辺りは折り込み済みなのだろう。
「まぁ、シス君がうまく意図を汲み取ってくれた様で何よりじゃったわ。」
驚いていないフリを装いながら魔女に声をかける。
「で、話してた中に例のクラリス・クランはいたのか?」
一歩後ろで魔女の衣擦れの音が聞こえる。
恐らくは腕組みでもしたのだろう。
「それがのう、ワシが話した者、見かけた者の中にクラリスの姿は見当たらなかったんじゃ。
背格好は愚か、声が聞けた者に関しては声が聞けた相手も含めてのう。」
…案外耄碌して忘れてるだけじゃないかーーーっ!!
尻に痛みを覚えて立ち止まる。
後ろを見ると俺の尻に魔女の手が伸びていた。
「だーれが耄碌しとるか。」
…気づかないうちにどうやら小さくでも口に出していたらしい。
そう言いながら魔女は手を離した。
「魔女に年の概念は余り関係ないんじゃぞ?」
相変わらず、じゃだのぞだのつけて喋っている。
聞いたことどころか本の中くらいでしか見たことがない喋り方だ。
「…その口調で年の概念だのなんだのと言われても違和感しかねぇぞ。」
仮にまぁ居たとしても老人にしか思えない。
いや、こいつはそれを狙っているのか?
「まぁ、ここで話す内容では無いのう」
そこまで言ったところで魔女が思い付いたようにな顔で此方を見てきた。
…何か嫌な予感がする。
「...シス君、この後時間はあるか?」
時間があるかと聞かれたと言うことはこの後どこかに連れて行くなりなんなりされるということだろう。
時間はある事はある、先程パトカーの中で携帯を確認した時に今日はそのまま直帰していいと言う連絡が署長から来ていたからだ。
なんだったらこの魔女を家に送っていけと。
後、ついでに捜査に関する事なら惜しまず協力しろとも書いてあった。
取調室での態度といい何か弱み…もしくは恩でも感じているのだろうか。
今日は色々ありすぎて正直疲れている。
…疲れては、いるが。
「まぁ、無くは無い…なんだ?家まで送れって話か?」
個人的な希望的観測を口にする。
これで済んでくれればありがたいと言えばありがたい。
「ふむ、家まで送っては貰いたいところじゃが、それ以外にも話があってな。
正直、どれくらい時間がある?」
明確に聞かれると困る。
恐らく直帰していいと言うことは明日出勤できればいいのだろうがーー
不意に携帯が震える。
短いのでメールだろう。
「すまん、少し待ってくれ。」
携帯を取り出すと魔女がおうと声を返してくる。
メールは署長からだった。
中身はーー
シス警部、今回の事件に関して明日以降もシガレットさんから要請、要望があった場合は捜査に協力すること。
要請があった際は把握できた時点で一報入れること。
また、要請があり出勤する際は一報が入った時点か通常勤務開始時間の時点で出勤と見なす。
また本日からシガレットさんからの要請があった場合は要請内容の全てが終了した時点で一報を入れた時点で退勤扱いとする。
夜中0時を超え、翌日午前4時を超えた場合はその時点で一旦前日0時で退勤扱いとし、通常出勤時間である休憩込みの8時間45分を超えた時点で一時間あたりの特別手当を出す。
午前4時を超えた場合は継続出勤中と見なす
特別手当の金額は現在調整中であるーー
以下長々と条件に関しては書いてあるが、つまりは魔女の言うことを聞けと言うことだろう。
タイミングが良すぎるがーー。
携帯を閉じながら一つ溜息を吐く。
魔女の方を見るといつものようにニヤニヤと笑っている
「どうやらお許しが出てしまっていたみたいじゃのう。」
まぁ、俺の今の調子を見ればわかると言えばわかるのだろう。
溜息も吐いてしまっていた訳だしな。
そんな俺の様子を見て魔女が楽しそうに俺を追い越し先んじて歩き出す。
「さぁ、シス君行こうじゃないか、我が家にのう!」
ーーーどこからそんな元気が出ているのか分からないが、まぁこれだけキビキビ動いているのだ耄碌したと言う言葉は取り消しておこう。
1時間かけてようやく車に辿り着く。
途中魔女の(どうでもいい)話をぼんやりと聞きながら、見かけた煙草屋でいつもの煙草を買ったのと、魔女がついでとばかりに食糧の購入を山程していたので実際歩いた時間は45分程度だろうか。
行きは20分ほどだったがまともな道を行くと遠い、そう言う意味でも犯人が下水を使っていたのは賢い判断だろう。
残っていなかった足跡を含めてもなかなかに頭が回ると言うイメージが思い浮かぶ。
「ふぅ、少しくらい持ってくれてもバチは当たらんのじゃないか?」
おおよそ2週間分はありそうな量の肉やら野菜やらを乱雑に詰め込んだ3つの段ボール箱を両手で抱え持ちながら魔女がやってくる。
肉、魚、野菜、小麦粉、パン、牛乳、卵、エトセトラエトセトラ。
「知るか、お前の買いもんだろうが。
自分の分は自分で持て当然だろ。」
普段はあまりに買いにこないのだろうか。
面の厚さの割には街の外に住んでいるという意識が邪魔でもしているのか?
か弱い女性に酷なことを言いおる、等と聞こえてくるがその実魔女は息の一つも切らしてはいない。
汗の一つすら掻いていないのだ。
矢張り人とは違うのだろう、いくら冬場とはいえあの重量の物を持ち歩き息も乱れず汗も掻かないのは些か異質に映る。
鍵の開いた車の後部座席に魔女が荷物を入れるのを確認し、俺は運転席に座り一服する。
新品の封を切り、一本取り出し火をつける。
ーーーー……?
何か違和感を感じ、箱を見る。
ストレイトスモーカー社製、赤の3番。
確かにいつも吸っているのと同じ煙草だ。
だがーーどこか、物足りない?
その時、冷たい外気が入ってくる。
思わず身震いし、外気が来た方を見ると助手席のドアが開き、魔女が助手席に座りに来ていた。
「おい、勝手に助手席に乗るな。」
魔女が親指で背後を指す。
つられて見ると、先程買った食料品の山で後部座席が埋まっている。
自然と出た舌打ちと共にキーを回す。
「いいか、事故るかもしれねぇから絶対に俺をおちょくるなよ。」
「まさかぁ、そんなことをこのワシがするわけがあるまい。」
一応、注意したつもりだったが返答は妙に棒読みに聞こえる。
ニヤニヤと此方を見て笑う魔女を横目に俺は今日何度目かの頭痛を感じながら車を発進させた。





