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足跡追跡編3

 私は彼の姿を煙草の吸い終わるまで見ていた。

シス・セーロスの姿を。

事前に事情を知っている署長から打ち明けられた通り、彼は私と一緒にいると常に体調が悪そうだった。

だが、それは19年前の事件に由来する、所謂トラウマという奴だろう。

彼の全てを奪い去った全てのコトが終わったあの孤児院を見た私の感想はーーーない。

どの様な言葉を並べ立てようと、あの光景を言葉で表すことはできないだろう。

それでも表現するのであれば、筆舌に尽くしがたい惨状だった。としか言えない。


だから、彼がまだ普通に生活しているのを確認した時には驚いたものだ。

その原動力がなんであれ、意識も精神もはっきりしている。

病み、死んでしまってもおかしくなかっただろうに。

彼に渡した煙草は、勿論ただの煙草ではない。

味は同じ、匂いも同じ、ただし私自身の異能と精神を落ち着かせることの出来る成分、カルシウムやらビタミンやらを少量混ぜ、ストレスの緩和をもたらす様に調整してある。

彼がゆっくりとタバコを吸い終わり、ポケットから出した簡易の吸殻入れに蓋をするのを見て声をかける。


 「さて、準備はいいかのう。」

ああ、とだけ彼はいう。

少しは信用してもらえた様だ、先ほどまでと違い真剣に私の目をしっかりと見ている。

私はウサギを一旦持ち上げ、頭の中にタバコの様に見えるただのしつこく巻いた紙を挿れると地面に離した。

鼻をひくつかせながらウサギがゆっくりと動き出し一旦彼の胸元に飛びつく。

「おい、なんで俺のところに…」

私は少し笑って

「おや、シス君が犯人なのかのう?」

ととぼけたフリをして話す。

手でウサギを掴み足下に離しながら彼がこちらを睨む。


「冗談じゃ冗談。

 ほれ、跳ね始めるぞ。」

ピョンピョンと先導する形で兎が前を行く。

川沿いを跳ね、現場からかなり先の方にある階段を登り、路地裏に入るとその先にあるマンホールの蓋の上で止まる。

そして、カリカリとひっかき始めた。

「なんだ、何してるんだ?」

と彼がウサギを怪訝そうな目で見る。

追跡は私が止めるか、追跡場所に落ち着くまで止まることはない。

それがこの場所で止まるのであれば、答えは一つしかない。

「なるほど下水道を使っておったのか。」

態々口にする、まぁ彼にもわかりやすく状況を説明するために。

「蓋開けるための道具とかあるかのう?」

「…あるわけねぇだろ、とりあえず連絡して開けるための道具をーー」

ふむ、と独り言つ。

仕方ない、彼ならば気付くまい。

「シス君、連絡はちょっと待つんじゃ。

 取り敢えずワシがなんとかしよう。」

持っていた煙管にタバコの葉に見せかけた鉄の粉を入れ火を付ける。


ああ、不味い、鉄なんてそもそも吸うものじゃないから当然と言えば当然だ。

肺に、煙に変えた鉄を流し込み、成型し、口の中で固形化し、彼に見えない様に後ろを向いてから口から出す。


「ほれ、これで開けられるじゃろ。」

と、マンホールフックを平気な顔をして渡す。

「…こんなもんどこに持ってたんだ?」

確かに当然の疑問だが

「それは…あれじゃ、乙女の秘密じゃよ。」

まぁこれで誤魔化せるだろう。

「自称年齢三桁で乙女を名乗れるのか?」

うぅむ、確かにそれは怪しいのは怪しいがまぁ見た目は乙女と言ってもいい外見のはず...

「何真剣に悩んでんだ、開けりゃいいんだろ? 開けるぞ。」

自分で言っておいてどうでも良いのか、まだまだ彼のことはイマイチ分かり切れていない。

取り敢えず弄ると楽しい反応は返ってくる、癖になる程度に。

彼がウサギを退けマンホールフックを引っ掛け、マンホールの蓋を開けると、汚水の匂いが鼻についた。

仕方ないのだろうが、ここに入るのか...うぅん、まぁ、仕方ない。

彼も眉を顰める。

ウサギは飛び込んでいく。

溜息が出る、二人同時に。


うん、まぁなんだ、ここはタバコの煙で鼻をごまかすとしよう。

さっきの煙管の中に詰まった鉄の残りカスをマンホールの中に捨て、今度は普通のタバコの葉を詰め、吐いた煙をマフラーの様に鼻と口元を隠す様に巻いていく。

煙管からもう一息肺にため彼を手招きして呼ぶ、彼は自身の顔を指差す。

頷くと彼は寄ってくる、面倒だから彼にはそのまま煙を口から乱雑に吹きかける。

「うぉっ!テメェ何しやがる!?」

まぁ、揶揄(からか)われたと思って怒るよなぁ…分かっていてやるのもどうかとは自分でも思うが、いちいち突っかかってくる彼はとても面白いので、取り敢えず笑う。

「匂いはマシになっとるじゃろ?」


 そう言いながらマンホールの梯子に手をかけそのまま降り、ライターの火をつける。

ザァザァと妙な色の下水の流れる音。

見てるだけで匂いが鼻につきそうなそれから私は目を逸らした。

「おい、勝手に先先行くな!」

そんな声が頭の上から聞こえる。

「早う行かんと、ウサギがどんどん進んでいってしまうから仕方ないじゃろ。」

そう言いながら梯子から彼がおり切る前にウサギを追いかけて歩き出す。

少し経った頃、急に後ろから光が当たり一瞬足を止める。


ああ、懐中電灯か。

…彼はいつも持っているのだろうか…?

などと一瞬どうでもいいコトが脳裏をよぎるが、まぁ本当にどうでもいいコトだ。

ピョンピョン前を跳ねる煙のウサギを追いかける。

ああ、そう言えばこんな感じの童話があった気がする、少女が木の虚の中に二足歩行の服を着た白兎を追いかけていって奇妙な体験をする話だ。

まぁ、私達は下水を歩いて殺人犯を追っかけている訳だから全くもって話とは違うか。

…あの話では最後は女王の前に引き摺り出され、凶悪犯に仕立て上げられ、処刑されるんだったか。

私達は、ウサギが追い求めている女王を追い詰める為にここを歩く、真逆の様に感じなくもない。


「おい、また止まったぞ。」

いつの間にか後ろにいた彼の言葉を聞いて前のウサギに目をやると、梯子の前に止まっている。

「まぁ、ここを登ったんじゃろうな。」

と言いながら私はウサギを手招きし、かぶっていたシルクハットの中に入れ、再度帽子をかぶり直す。

そのまま、梯子に手をかけようとすると、彼から声がかかった。

「待て、今度は俺が先に登る。」

何故かはわからないけど先に登りたいらしい。

「構わんが、落ちてきてくれるなよ?」

「誰が落ちるか!」

気を利かせてやったらこれだ、と小声で彼が漏らす。

ああ、一応女性であることを加味してマンホールの蓋を下から持ち上げるのが大変だろうと言う気遣いなのだろう。

カンカンカンといい音を鳴らしながら梯子を登っていく、フンッという声と共に、上から薄く光が降りてくる。

ライターの火を消し、彼が外に出たのを確認してからシルク

ハットを再度しっかりと直して梯子を登る。


 霧がかった街並が改めて目に入ってくる。

ある程度の距離を歩いたはずだが、此処はどこだろうか。


「サウスストリート2番地区か…。」

彼の口から答えがやってきた、サウスの2番という事は南西、サウスパークの中でもウェストサイドよりの方ということか。

取り敢えず、シルクハットを外し中からウサギを取り出そうとしたが、手を止める。

まずは、煙の外套を私と彼から外すべきだろう。

「シス君、ちょっと動かないでもらえるかのう?」

そう言いながら私は、彼に近づく。

相変わらずこちらを疑っているかの様な目で私を見る。

口ではああ言っていたが、まだ矢張り完全に信用する事は難しいのだろう。

仕方のない事だ、あの惨状の渦中に居たのだから。

手を、彼の顔に伸ばし、煙を掴む。

そのまま煙の外套をひっぺがし、ポケットから瓶を取り出し中に詰める。


「…何してんだ…?」

あ、訝しまれてる、そういえば結局説明していなかったかな…。

「必要であれば説明しても構わんが…。」

目を見開き、彼が私に詰め寄る。

「お前俺に何かしてたのか?」

意地悪したくなるが、まぁある程度警戒も解いていることだし普通に教えてしまうとしよう。

「下水道に入る前に煙を吹きかけたじゃろ?

 あれは鼻栓みたいなものでな、蓋が開いた瞬間から嫌な顔しておったから匂いをごまかす為につけてやったんじゃよ。

 今やってたのはそれの回収じゃな。」

一瞬、彼がたじろぎ、口元に拳を当て瞬ではなく数秒考える素振りを見せると

「あ、有難う」

と一言言ってきた。


「な、何してんだ!?」

そう言いながら手を振り払われる。

思わず呆けてしまい、気付いたら彼の頭を撫でていた。

「いやぁ、可愛らしいことを言うもんじゃからついな?

 童の様じゃと思って気付いたら撫でとったわ。」

クソッと悪態を吐きながら、私のお手製のシガレットケースからタバコを一本抜くと吸い始める。

結構な頻度で…いや、イライラすると吸い始める感じか。

渡したタバコは残り5本か、色違いの一本は最後まで吸わないだろうが。

そう思っていると、彼は地面にタバコを捨て踏みにじる。

私は内心ため息をつきながら彼の捨てたタバコを気づかれない様に煙を使って拾い上げる。


 「さて、行くとするかのう。」

シルクハットを取り、ウサギを放つ。

鼻を数度ひくつかせ、ウサギはゆっくりと跳ねる。

ピョンピョンと跳ねているウサギの尻を追いかけながら、私は今回の件について思いを巡らせる。

もしも、本当に相手がクラリスだったとしてどうして生きているのか。

生きているのだとしたら、どうやって私の魔法から抜け出せたのか。

最悪の想定はいくらでもできるが、もし本当に蘇生の魔女なんて存在が何かしらの異常で存在しているのだとしたら、果たして対処し切れるのだろうか。

彼は、あの時の、19年前の孤児院での記憶でどれ程の内容を憶えているのだろうか。

彼はーーー魔女とはなっていないのだろうか。

ウサギを目で追いかけ、歩く。

一瞬目を瞑り、軽く首を振る。

彼が魔女である事だけは有り得ない、彼が魔女ならそもそも私の小屋にたどり着くことさえできないはずなのだから。


そんな思考をしていると、気付けばウサギが跳ねるのを止めている。

今度は壁だ。

「今度は何だ?」

彼が、ため息混じりにそう言う。

「…...これはーー恐らくじゃがゴールじゃな。」

壁の前で止まると言う事は、此処に置いていたという事だろう。

そして、この前にあるのは。

「サウスパーク修道院…。」

そう、彼の言う通り目の前にあったのは修道院。

世界一の信者数を有する、双聖女信仰教会の修道院だった。


読了ありがとうございます。

キリがいいので今回は少し短めですが、後書きとさせていただきます。


今更ですが足跡追跡編は三人称視点から一人称視点に変えています。

今後も三人称視点になったり一人称視点になったりします。

まだまだ一章目の話自体はしばらく続きますので良ければ楽しんで下さい。


お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、冒頭で兎が胸元に飛びついたのはシス警部がポケットに保持していたからだったりします。


次回からはサブタイトルが変わる際に前回のあらすじを前書きに足して行こうかと思います。


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― 新着の感想 ―
[良い点] とりあえず視点変更に関して。 それまでに描かれてた彼女の言動から受ける印象と、彼女の視点に変わった時の心の声から受ける印象は、とてもいい意味でギャップがあると思いました。 ローファンタジ…
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