魔女の願望編20
ーーー煙に飲み込まれどれほどの時間が経ったのか。
「お、シス君気がついたか。」
気付けば隣に魔女が立っていた。
「ここ、は?」
「煙の中じゃよ。」
煙の中ーー。
「なんでここに?」
「ここでなら、誰もワシらの話を聴けんからな。」
…話を誰も聴けない、盗聴を危惧しているのか?
でもその割には爺さんと少女も巻き込んでいたような…?
「まぁ、お主の気にしている内容は分かるが、安心せい。
2人はそこで寝て貰っておるわい。」
煙に包まれた足元を指さされる。
全くもって見えないが、そこに2人ともいるらしい。
「さて、それでは今回、手伝って貰ったのでな、約束通りお主への報酬ーー情報を提供しようと思うんじゃが。」
確かに、そんなことを4日…もう5日か?
それくらい前の夜に言っていた覚えはある。
だがーー
「結局逮捕も殺害も出来なかったーー提供してもらう権利は無い。」
魔女が目を瞑り、ゆっくりと首を振る。
「ワシはこの事件の真相の解決に手を貸してくれるなら、質問に答えてやろうと言った筈じゃ。
ワシの言う真相とは犯人が何者であるかーー、きちんとシス君は真相の解決に手を貸してくれておるんじゃよ。」
そう言いながら上下前後左右全てが煙で覆われたこの場所でさらに煙を増やすつもりなのか、魔女がタバコに火をつける。
…そういえば、クラリスとの問答中に口をつけてからタバコを吸っていなーー。
「ほれ。」
投げ渡されるタバコと、あの場に置いてきていたと思っていたライター。
有難い。
火をつけ、吸う。
魔女の言う事も理解出来る。
だがーー
「って!?」
指で思い切り額を押された。
「いいから、聞きたいことを聞かんか。お主はすぐ悩むのう。」
ーーーそうだ、折角向こうから情報をくれると言っているんだ。
それなら俺は聞くだけで良いはずだ。
だが、何を聞くーー…考えても始まらない、分からないかもしれないが聞くだけ聞いて見るしかない。
「…シナゴーグについて、知ってる事は何かないのか?」
「ふむ、今の所魔女の過激派組織であること、人間を殺すために所謂テロ行為のようなことをしていること、オルガナでの厄災が起きた後、出来た組織であること。
それくらいしかしっかりした所は分かっておらん。」
しっかりした所は、と言うことはーーー
「曖昧な部分は何かわかってるのか?」
ニヤリと魔女が歯を見せ笑う。
「曖昧でよければな。
じゃがーー先にシス君に聞いておきたいことがある。」
「…なんだ。」
今更、俺に聞きたいこと?
「シス君はこの情報を聞いてどうしたい?」
そんなものーー答えは決まっている。
孤児院の子供達を殺した魔女の情報。
喉から手が出るほど欲しかった情報。
それを手に入れてすることは勿論ーーー。
「ーーー当然、復讐する。」
「クラリス1人でも死にかけ、手を出すことすらできんかったのにか?
お主が見ただけで何人おったのか分からんが、その全員を1人で相手にするつもりか?」
…実際グゥの音も出ない程の正論だ。
ーー俺は今回、何が出来た。
全部コイツと署長とリコとエンリケ、デニス、チェルシー、ベリーのお陰だ。
最初の事件を追いかけ始めた時に修道院に入れたのも。
囮作戦の提案も。
作戦を決行するために必要なものを提供したのも。
そして、予想外の状況に対応して、俺を生き残らせてくれたのもーー。
俺がした事は、なんだ。
捜査に協力すると言っている魔女に敵意を向けて。
シスターに、一般人に危険が及ぶという理由で皆を巻き込み作戦を崩壊させ、その所為でリコが死に、エンリケが死に。
時間稼ぎと言いながらドラム缶の中に隠れ、挙句見つかり、魔女に命を助けられた。
「ーー何も出来ていない。」
魔女の声が耳に響く。
ーーそうだ、俺には何もーー。
「ーーっ!?」
もう一度、額を指で押された。
「などと考えておるんじゃろうな、この頓知気は。」
目の前に心底人を馬鹿にした魔女の顔があった。
「確かに、今回お主が出来たことは結果としては何も無かったかも知れん。
寧ろ、一部を切り取れば邪魔もしていたように自分では思えるじゃろうよ。」
矢張り、そう映る。
誰の目から見ても俺のやってきたことは邪魔以外のなんでもない。
「じゃがな、それでもお主は命を賭してクラリスの居室に踏み入った。
結果、救えなかったとしてもシスターの命を救うために命を張った。
魔女に相対するだけでも膨大な精神を削られるだろうにな。
それは、美徳であり、勇気じゃろう?」
そうーーー魔女が続けた。
責めて、責めて、責め抜かれて、罵られて、縊り殺されてもおかしく無い俺の行動の中のたった一片を切り抜いて。
それを美徳だと云う、それを勇気だと云う。
「今回、ダメだったと自身で思うのであれば次に活かせば良い。
そして、1人で無理だと思うのなら、人の手を借りれば良いーー違うかのう。」
気付け、ば。
俺の目の、端から溢れる、のは涙。
頰を伝い、顎から雫となって、煙の中に、消えていく。
力が抜け膝から崩れ落ち、俺は泣いていた。
目が霞み、きちんと魔女の顔が見えない。
差し出された、手も、霞んで掴めない。
霞んだ景色のその先から、黒い色が俺を包む。
「泣け泣け、ワシ以外誰も見ておらんから。」
思えば19年前の皆が死んだあの夜から、まともに泣いていなかった。
出し尽くしたと思っていた、悲しみの涙も、怒りの涙も。
ーーーそう思っていたのに、止めどなく溢れてくる。
リコもエンリケもシスターも全員死んでしまった悲しみだけでも、何もできなかったことに対する自身に対する怒りだけでも無い。
ーーー言葉にできない感情が俺の目の奥から止めどなく涙を溢れさせた。





