魔女の願望編18
予想外だった。
いや、想定外だった。
ただ、人間共に復讐しようとしていただけなのに。
あんなのが居るなんて聞いていない。
煙草の魔女なんて言っているがあれはそんなヤワな魔女じゃない。
煙草とは言っているが、煙の中で死なず、上空に吹き飛ばし私の体を操り、物質のアポート、瞬間移動、そしてーー幻覚なのかなんなのか、人の顔を模したりもしていた。
煙草だけではなく煙まで利用する、いや、そんなモノではないことは明らかだ。
ーーだが、右手の一部を犠牲になんとか巻いた。
なんとか奴の領域から逃れられた。
この路地を突っ切れば、ロークタウンと外を分け隔てる壁があり、それを乗り越え暫く行けば郊外に出られる。
郊外に出て仕舞えば、シナゴーグの連中に連絡が取れる。
連絡さえ取れれば、まだ殺せる、人を殺せる、沢山殺せる。
エクシオの仇を取る、私はその一心だけで生きているのだからーーー。
ーー目の前数メートル先に人。
「ーーーーーシスターさんそんなボロボロの格好でどうした?」
身なりの整った老齢の男。
普段ならその場に応じた表情で応対するが今はそんな暇などない。
いつあの魔女に追いつかれるか分からないのだから、サクッと死んでもらう。
「潰れろッ!!」
ーーー違和感を感じる、が考える前に目に力を込め睨みつける。
一番早い二方向からの圧縮、完了時間は1秒。
ーーー消えた。
目の前で老人が。
潰れた山高帽。
後ろから衝撃。
目の前に灰色の地面。
地面に接触して、気付く。
背を蹴られた。
そして地面にひれ伏している。
私が?
「癖が悪いな、クラリス。
少なくとも「魔女集会」ではしっかりとマナーを叩き込んでいた筈じゃが。」
後ろから老人の声。
いや、この声はーー。
「ーーキヒッ、あの厄災から41年、恨みの火はいまだに燃え盛っておるか。」
地面に肘をつきながら、振り返り見えたのは帽子をなくした老齢の男性。
白く長い髭を蓄え、白髪を後ろで結わえている袴を着用したーーー。
ーーー彼方。
私の口からは自然と声が出ていた。
ーー違和感の理由は分かった、ここは廃棄区画、普通の人間はここに来ないはず、それも老人なんて来るはずがない。
「マナーは忘れてもワシの名前は忘れておらんか。」
忘れられるものか、忘れられるわけが無い。
魔女でありながら、純粋な技術だけで魔女を圧倒する「刃の魔女」。
ただの人間だった頃に刃一本で魔女を相手取り、魔女の首を切断し殺害した男。
別名、「剣聖」と呼ばれ、シナゴーグの中ではーー
「死神、と呼ばれている、と。キヒヒッ直球じゃな。」
嘲笑される。
狙われたら逃げられない、諦めてはいけないが諦めるしか無い。
シナゴーグの連中からはそう聞いている、特一級の危険な存在だと。
もちろん知っている、恐ろしく強い事も、昔から色々な所で暗躍して来た事も。
そして、私より強いだろう事もだ。
だが、それでも此処は私の庭だ。
侵入してきた時に不足の事態を想定して、初めから此処に来れば何とか抜け出せるように調整してある。
塀に繋げ置いておいた縄を右手で掴み能力で壁までの距離を圧縮する。
数十メートルを数秒で圧縮する、一瞬で迫る壁。
これで立ち上がって逃げる時間くらいはーー?
立とうとしたが立てない。
力を入れて立ち上がろうとしたが、体勢をなぜか崩した。
何故ーーー左手首がーーない?
自分の手首から先がない、切断面が見える。
痛みもーーない?
背後から足音。
背筋が凍る。
「痛みを与えると泣き叫ばれて質問に答えられなくなるからの、痛みは無いように切断しておいたぞ。」
さも当然のような離れ業。
神経も諸共斬れているはずなのに、一切の痛みが無い。
死神は背後から手首を持ってやって来た。
「うむ、綺麗な切断面。これならまだくっ付けられそうじゃな。」
赤い瞳が光って見える。
這いずってでも逃げなければーー
「さて、お前の協力次第では生かして置くことも視野に入れようかと思うんじゃが。」
五月蝿い、どうせ殺すつもりの癖に。
私にはまだまだ足りない、私達を裏切った人を殺すのだ。
「逸物ーーー腹に抱えてそうな顔をしておるな、まぁ良い条件は3つ。」
何か喋っているが気にならない、私が使うのは此処から抜け出すための最後の切り札。
あの男の時には使ったが煙草の魔女には使えなかった、反射越しの圧縮。
「1つは、首謀者の吐露。
2つ目は何故シガレット、煙草の魔女を巻き込み狙ったのか。
3つ目はーー」
「ーー魔女集会に戻れって話、ですか?」
精神を安定させる為に言葉を交わすことにする。
ーー反射越しの圧縮には多大な精神力を使う。
下手すれば鏡やガラスなどの反射している物質を壊してしまうことになるからだ。
先程の男の時はガラスを見つけてそれなりに時間はあった。
「...ワシはな、人と魔女の架け橋になれるように動いて来た。40年前から人の犬になってなんとか信頼を勝ち得るところまできておるのだ。」
ーーまだ、時間が足りない。
「高説を...そんなことをしてもエクシオは帰ってこない、人間共の裏切りで死んだあの子は帰ってこない!」
そう、何をしても戻ってこないのだ。
神に縋ろうがーー他の何かに祈ろうが。
だから私はーーーー。
「戻ってこんからこそ未来に目を向けてこれからを模索するべきなんだがなぁ。」
ーーー悪魔に魂を売ったのだ。
「さて、先の3つの条件。どうする?
ワシの強さはよく知っておるよな、飲めばいいとは思うんじゃが?」
私の答えがわかっているからかニヤついている。
歪む瞳が鼻につく。
刃を振るう時にもこの男は邪気に染まるように笑う。
断ることがわかっていてこの男は笑うのだ。
ならば、私もーーー。
「答えはーー」
左にある服屋のガラス、そこに反射する右側の美容院の全面ガラス。
「ーーー潰、れろッッ!!」
その二つから見える彼方の全身ーーー複数箇所からの圧縮を行い殺す。
反射を利用しての全面圧縮。
彼方の異能であの煙草の魔女のように抜け出す事はできる筈がない。
逃場などない、此処で殺しきーーー。
ーー異質な音。
空気が破裂するような、空間が悲鳴を上げているような。
思わず、掌と手首で耳を塞ぐ。
瞬間、銀閃。
ーー奥にも靡く白銀。
全ての速度が遅く感じる、急に記憶が逆流する。
嗚呼、これが所謂走馬灯。
間違いない、何らかの方法であの死神は空間の壁を破って私に刃をふるっているのだろう。
知覚の高速化、私の虐げられた記憶、魔女になり虐げた人間を虐殺した記憶、魔女集会との出会い、エクシオとの出会い、思い出ーーーーエクシオの最後の姿。
まだだ、まだ。
まだやられる訳にはーー。
「ーーーいかないッッ!」
目の前にまで来ていた銀閃の正体はいつの間にか鞘から抜かれていた死神の刀。
ーーー粉々にする!
限界を超えろ、超えなければ私は此処で死ぬ!
いつか聞いた言葉が、耳の中で木霊する。
魔女の力は知識と思い、そして思いのーーー想像の先にある!
ーー刃が、粉になる。
私に届く前に、圧縮され、消滅していく。
目を見開く死神、勝った、私はあの剣聖にーー笑顔?
「残念、もう少し早く覚醒しておれば出し抜けたかもしれんな。」
その言葉と死神の邪悪に笑う顔と共に、私の脳裏にズブリと嫌な音が聞こえた。
右半分、目の前が、真っ赤に染まる。
右目が両断されーーそのまま一気に横一文字にーー。
激痛。
気づかない間に喉から絞り出すように叫び声をあげている。
目がーー見えーーーー。
ーーそして、ワシはクラリスの首を両断した。
断末魔が消える。
ゴロリと、最期の時と同じ表情のまま落ちたクラリスの首と地面に崩れ落ちる身体。
血が灰色の地面に染み込んでいく。
此奴も、別に手をかけたかったわけではない。
強敵と戦うのは心が躍るが、それでも元同胞を手にかけるのは些か気落ちする。
嗚呼、嗚呼だがそれでも、なおだ、期せずして面白いものが斬れた。
あの女がいくら頼んでも斬らせてくれなかった物。
空間の壁。
理論は出来ていた、斬る為の武器の想定も出来ていた。
そして想定通りにうまくいった。
不思議と笑みが漏れてくる、まだ此の世には楽しいことが沢山あるのだとそう感じさせてくれる。
「お祖父様ーー。」
白い髪の少女が此方に向いて歩いてくる。
ーーー雪華。
赤の瞳、白い髪、白い肌。
太陽光に晒せば爛れてしまうためにフード付きの長袖をそうそう脱ぐことができぬワシの愛弟子。
キヒッと笑いが漏れる。
「良く、見ておったか?ワシの活躍を。」
雪華が頷く。
「覚えたか、空間の截り方と剪り方を。」
雪華が頷いた後、少し首をかしげる。
「きりかたときりかた...?二回斬ってたのと何か関係がありますか?」
少し言い方が難しかったか。
「あるが、叫ばれたのでな、面倒に巻き込まれる前に此処から立ち去るぞ。
違いは後でゆっくり話してやろう。」
はい、と雪華が相槌をうったのを確認して、その場から立ち去ろうとしたがーー。
「雪華、隠れておれーー客人のようじゃ。」
曲がり角にチラついた影。
2人か、丁度斬り足らんかったし恐らく魔女じゃろう。
ーー人間だとしても運が悪かった、と思ってもらうとしよう。





