表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/47

足跡追跡編2

 現場付近、川の真横の駐車場にパトカーを停める。

走行している間驚く程魔女は静かだった。

煙草を吸う以外、取調室とは人が変わったかのように。

幾度かバックミラーを確認したが、窓から外を見たり、小さく欠伸をしたり。

そして何度も目にして気付いた、警察内が騒然としていたのはコイツの見た目が原因だったと。

確かに、魔女であることを除けば、そしてこの姿になる前のボロ切れをまとった姿を思い出さなければ、成る程整った見た目をしている。

今まで仕事に明け暮れ女っ気のなかった俺がこんな女を連れていれば目につくのはわかる。

そんなことを思いながら俺はドアを開けて外に出る。

季節は冬、暖房を効かせていた車内から出た瞬間、コートを着ているにもかかわらず刺すような寒気を感じる。

霧も出ているからだろうか、温度には関係ないはずだが余計寒く感じている気がする。

扉を閉める音、おそらく魔女が外に出て閉めた音だろう。

ポケットから地図を出して広げ再度場所の確認をする。


「ほれ、いるじゃろ。」

地図と俺の顔の間に手が差し込まれる。

其処には手作りのシガーボックスがある。

「…なんだこれ。」

「お主の吸ってる銘柄の物を調合して、ある程度数を揃えておいた、此処まで煙草屋にも寄っていなかったからのう。

 一本おまけは入れておいたから気が向いた時に吸うと良い。」

シガーボックスを開くと、成る程確かに見た目まで全く同じ煙草が7本と先程俺に手渡そうとしてきた1番人気とやらが入っている。

そもそもどうやって俺の吸っている銘柄を…匂いか。

「変なもんでも入ってるんじゃ無いだろうな。」

魔女が目を少し見開く。

そして馬鹿にしたように笑う、否実際馬鹿にしてるのだろう。

「カカッ、馬鹿を言うもんじゃないのうシス警部、今更其処を疑うのかのう、仕込むつもりなら車の中でも、取調室の中でも幾らでもチャンスはあったというのにの。」

其処で気付く。

確かに、同じ車内に乗っていたのだ、いくらでも何か仕込むのなら直接可能なはず。

ましてやタバコの魔女だ、タバコの煙に乗じて何かをするのであれば、その時点で可能なのでは無いだろうか。

いや、だがタバコに関係する事にしかできないというのであれば何かしらの制約があってタバコに仕込むしか無い可能性も…


「怪しんでる存在に押されても意味はないかも知れんが太鼓判を押してやろう。

 ワシ、シガレットと自身の煙草屋の名にかけてその煙草は安全じゃよ、1mgすら妥協せずお主の銘柄に合わせてあるわい。」

一本、煙草をシガーボックスから抜き、それをじっくりと眺める。

「…そもそもお主が帰らんかったらそれはそれでワシにとってまずい事になるじゃろうに。」

そのまま、魔女に一本差し出す。

「…毒味しろということかの?」

そう言いながら魔女は俺の煙草を受け取り、指先から火を出し火を着けると煙草をを燻らせる。

一息吸い、煙を吐き出す。

そのまま、眉間にシワを寄せ、舌を出す。

「ストレイトスモーカー社か…作れたから作ったが、こりゃマズいのう、よくこんなマズい煙草を飲めるもんじゃのう。」

そのまま煙草をこちらに返してくるのでそのまま受け取り咥える。

確かにいつもの味だーーー…何故か魔女がこちらを見てニヤついている。


「なんだ、面白いもんでも俺の顔についてるか?」

そう言いながら魔女を睨みつける。

「いや、あれだけワシのことを避けておきながら、ワシが吸った煙草はそのまま口によく運べたなと思ってなぁ。」

何言ってるんだコイツ、と思って居ると魔女は自らの唇を指差した。

其処で気付く、ああ、成る程確かにこれはいわゆる間接キスというやつであると。

「悪いが其処まで俺はウブじゃねぇぞ。お前から見たらガキかもしれないが33だ。」

プッという噴き出す音。

何笑ってんだコイツは。

「何を言っておる、唇に薬を塗って居るかもしれんと言いたかっただけじゃぞ」

口から煙草を離し、煙草の咥えていた部分と魔女を見比べる。

「…アホか、普通に考えて俺に何かしらの効果がある薬を唇に塗っていてお前自身に何も無いわけがないだろう。」

そう言いながらもう一回咥えて肺に煙を溜める。

長く、煙を吐く。


「ところでシス君、童貞かの?」

吐いていた煙を呑み込み、俺は無様に咳をした。

「やっぱ喧嘩売ってんのかテメェ!」

自分で耳まで真っ赤になって居るのがわかる。

羞恥ではない、勿論怒りでだ。

「いや、だってのう、すぐ間接キスかと勘違いするし。」

「お前の動作が紛らわしかっただけだろうが!」

出来る限り無心を貫こうとしているのに、なんだコイツは人の神経を逆撫でする天才か何かか。

もう一息だけ煙草を吸うと俺は川に煙草を投げ捨てる。

「不法投棄じゃのう。」

うるせぇ、と声に出しそうになるが諦めた。

どうせまた揚げ足を取られるだけだ。

頭をボリボリとかきながらパトカーの鍵を閉める。


 「とりあえず署長から聞いたかもしれんが現場到着までの間にザックリ概要を説明しとくぞ。」

「ふむ、任せるとするかのう。」

その言葉を聞いて、俺は土手を降りながら事のあらましをざっくり話し始める。

今来ているのは第三の被害者のジョージ・リードの殺害現場であり、発覚したのは6日前の早朝に日課のジョギングをしていたモリー・ストローンという老人だった。

川を挟んで逆側の道をジョギングコースに選んでいたモリーは対面側の橋の下の異常な状況が目についたと言っていた。


「最初はペンキか何かがぶち撒けられているんだと思った。」

その後怯えながら、モリーはこう話した。

「だが、それが希望的観測だったことにすぐ気づいた、何故なら少し走ってーーーああ、注視してしまった事を未だに後悔している、潰れた状況から無理やり伸ばされたようにしか見えない人間だったものが其処にあったんだ。」


で、モリーは辺り一面に朝食に食った卵とパンとベーコンと牛乳を胃袋からぶち撒け、意識を朦朧としながらも警察に連絡、発覚に至る。

鑑識の人間の話だと橋の下に吊られていたのは元人間だった何かで、巨大なプレス機か何かを使った後、潰れた首だった部分を縄にひっかけて吊り下げて時間が経てばそういう遺体が出来上がるらしい。

被害者の名前は一緒に潰れていた近くのバッグの中に入っていた本人の免許証と辛うじて残っていた顎にくっついていた歯の治療痕で特定された。

だが、その遺体はその場で潰されたとしか思えない血の飛び散り方をしていたーー。


「って訳だ、それだけ派手に飛び散っていれば足跡くらい残っていてもおかしくないはずなのに残っていなかった。で、回収されたものの中に何故か全く血が付着していない煙草があったって訳だ。」

そう締め括ると同時くらいに清掃された現場に到着する

「ふむ、成る程のう。」

コンクリートで舗装された橋下の道は丁寧に清掃されたものの、薄らと染みが付いている。

最終的には塗り直して誤魔化すらしいが今はまだ所々に見えるソレが事件の悲惨さと生々しさを表している。

気付かぬうちに生唾を飲み込んでいた俺を尻目に悠々と魔女は橋の真下まで歩を進めた。


 「さて、シス君。ちょっと確認なのじゃが。」

そう言いながら魔女は此方を振り向く。

そして、ズボンのポケットから透明な袋を取り出し中に入っている先ほど一度吸っていた短くなった吸殻を手に取った。

「既に一度やってしまったが証拠物品として押収されておったこれ、使わせてもらうぞ。」

好きにしろ。

というや否や魔女はソレに火をつけ咥える。

そして、その吸い殻を一息で吸い上げ灰にし、ゆっくりと吐き出す。

その煙は取調室で見たのと同じように一瞬で小さな可愛らしいウサギの形をとり始めたーーー訳ではなかった。

煙で色がないままに、骨が形成され、内臓が盛り込まれ、筋肉がつき、皮が生成され毛が生える。

解体の逆回し、というわけでもない奇妙なソレを見た俺は少し気分が悪くなる。

待つこと数十秒ほどで、ぱっと見普通のウサギが其処には現れた。

「ふむ、少し色が足りんのう。」

そう言いながら、コートのポケットから小瓶を取り出し、中から非常に短い紙巻き煙草を取り出すと火をつけ少しだけ吸い、口から煙を出す。

それは赤い煙で、ウサギの目の中にするりと入ってゆき、ウサギの眼が赤く染まる。


「うむ、完成じゃ。」

満足そうに魔女が頷く。

「…その工程は必要だったのか?」

追いかけるだけの機能のものに必要あるとは到底思えない。

「まぁ、色々と理由はあるんじゃが取り敢えずそうじゃな…」

そういうと魔女の足元にできたウサギが此方に向かい走り寄ってくる。

そして、俺のズボンに頬をすり寄せてきた。

「撫でてみるといいぞ。」

その言葉を聞きながら俺はそのウサギに触れてみる。

毛の触感、ふわふわというかなんというか。

ウサギを今まで触れたことはなかったが、見た目通りの毛並みを撫でているかの様な感触が俺の手を襲う。

そして、俺の手をウサギが舐めた。

舐められた指先が濡れる。


「…!?」

濡れた?

これは煙でできた偽物のウサギのはずなのに。

そもそも、毛並みの感触がある。

「驚いたかのう、時間をかけて製法を凝るとこういうことも出来るんじゃよ。」

驚くと同時に、取調室での一件を思い出した俺はすぐに激昂した。

「つまりあの時は俺に嘘をついていたわけか、あの時点で俺を殺すこともできたわけだな!?」

魔女が俺の方を見て鼻で笑った。

「否定はせんが、見ての通り煙の濃度を上げなければ作れるもんじゃないからのう。

 それにああでも言わなければシス君は少なくとも納得せんかったじゃろう?」

確かにあの時の俺は今の俺と同じくらい怒りに支配されていた。

魔女を目の前にしたせいではある、それは間違いない。

「それに、ワシは君らの手伝いをしにきたんじゃよ?殺すつもりは一ミリもないわい。それにーーー」

そう言いながら俺の目の前に歩み寄ると、俺の腰のホルスターから俺の手を使い拳銃を抜かせ魔女自身の胸元に銃口を向けさせた。

一瞬のことではなかったにもかかわらず、何故か為すがままにされ、引き金を指にかけられる。

「気に入らんならその拳銃で撃ち殺してくれて構わんぞ、抵抗はせんからのう。」


生唾を飲む音が脳内に響く。

撃鉄を起こし、引き金を引けば殺せるーー勿論この距離なら魔女は避けることはできないだろう。

一瞬で様々な思考が俺の脳内を蝕む、取調室でのやり取り、踏み込んだ時の記憶、今朝呼ばれた時の記憶、そしてーーー赤い血と笑い声、人が人でなくなっていくあの夜の記憶。

脳内をめちゃくちゃに掻き回されたかの様な頭痛に一瞬襲われる。


 「…一つ聞かせろ。」

ソレを、その感情をーー表に出さない様に気をつけて俺は疑問を魔女にぶつける。

「どうして、お前はこの件に協力する、同胞を捕まえる様な話だろう。」

胸元に向けられた銃口にそのまま近付き銃口をフロックコートで上から押さえつける形で俺に接近する。

俺と変わらない身長の魔女は何時ものにやけた面から真面目な顔に変わり俺に顔を近づける。

「シス警部。ワシら魔女の中では殺人、特に異能を使えぬ一般人を殺害するのは厳禁なんじゃよ。

 何故なら絶対数の少ない我々は魔女狩りなぞ現代で行われたらあっという間に絶滅するからじゃ。」

「優れた異能を持つ魔女が、絶滅?」

俺は鼻で笑う。

だが、それを見ても魔女はその真剣な瞳を変えず此方を見ている。

そして一度小声でそうじゃといいながら頷くと、そのまま言葉を続ける。

「当然、少数の存在は消滅していくもんじゃろう。

 人のエゴで死んでいった絶滅種と同じじゃよ。

 ワシがどれほどいい魔女であることをアピールしようが、人間の中には少なからず反感を持つものがおる、それこそシス警部のような人間がのう。」

俺は顔を背ける、言葉が刺さるように感じたからだ。

気にせず、背けた瞳をその双眸で見ながら魔女が続ける。

「そういう人間が一人ワシらに石を投げれば一人また一人と石を投げる人間が集まり最後は全てが敵に回る。

 少人数の存在はそうやって数に負けるんじゃよ。」

口を開け、一瞬躊躇うかのように魔女が口を噤む。

眼が陰り、一瞬泳いだ様に俺には感じられた。

「故に、殺人を犯したならば、同胞といえども相手取らねばならんのじゃよ。

 裁きは受けてもらわんといかんのじゃな。」

おそらくはそこまで話したくない内容だったのだろう。


「…まぁ、そういう理由じゃ。

 じゃからワシはお主に協力は勿論するし、それこそ何かあれば命をかけてでも護るつもりじゃよ。」

まだ、確信ではない、確信ではないがーーーコイツは悪い奴じゃないのかもしれない。

少なくとも、異能を除いて見れば人をからかうのが好きなちょっと厄介な人間の様に感じられなくもない。

あの忘れもしない夜の、地獄の釜の底の様なあの夜の魔女たちとは違うのだろう。

「…分かった、分かったから離れろ。今回の件に関してはお前を信頼することにする。」

そういいながら、新しいタバコに火を付け咥える。

魔女が驚いた顔と共にゆっくりと離れていく。

「いいのか、そのまま吸って。」

俺は、魔女の瞳を見据える。


ーーーーああ、もう毒味は必要ない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ