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魔女の願望編11


ーー扉が破られる20分前。

リコが自爆して、数分後。


「ひっ、ひっ…やだ、嫌です。シスターフランシス。

 私、アリエラみたいに死にたくない…。」

薄い靄がかったアパートの一室。

そこで小さく涙を交えた高い声がマリエルという少女から発されていた。

「マリエル、双聖女信仰教会の教義を思い出しな。」

シスターフランシスが肩を両手で抑え、マリエルに言葉をかける。

「そ、そんなこと言ったって…!」

涙を浮かべた瞳で、マリエルがフランシスに訴えかける。

「良いから!」

マリエルの肩を持つフランシスの力が更にかかる。

涙を飲み込みながら、マリエルはぽつりと言葉を口にした。

「本当に苦しい時にはーー」


フランシスが首を横に振る。

「こっそり私が教えていた方があるだろう?

 ーー双聖女様は言いました。」

マリエルは震えながら首を縦に振る。


「じ、自分の身を自分で守れる術を身につけなさい。」

「ーーそうする事で君達が生きている間に私達が間に合うかもしれない

 故に、私達は努力を怠ってはいけません。

 逆境に負けぬように生きる必要があるのです。

 ーーー分かるね。」

フランシスはマリエルの言葉の続きを発した。

マリエルの体の震えが止まる。

「アーシア様もソリア様も、泥水を啜ってでも生き延びれば来てくれるかもしれないんだよ。

 無様でもなんでも、自分達で活路を切り拓けば、きっと助けがーーー。」


ーーカチャ。

そんな音が鳴った。

ドアノブが周る音。

フランシスとマリエルが扉の方を息を殺して凝視する。

フランシスはゆっくりと持ち込んでいた木材に手をかけた。

二、三度カチャカチャと音が立ち、その後窓越しに人影が右に去っていく。

マリエルが叫び出さないように口に当てていた手を下ろした。


ミシッ。

マリエルの体が跳ねた。

ミキッメキ、ミシッ。

フランシスが喉を鳴らす。

ベキベキベキベキベキベキベキ。


一瞬だった。

アパートの扉から、横繋ぎになっている窓に併設されたキッチン部分。

その天井と接地している壁に隙間が急に開き。

ーーーキッチンも、壁も、窓も、収納も全て縦に潰れた。


土埃の奥。

下部が破損したホッケーマスクと修道服。

ーーー見えた口元は笑みを浮かべている。

その笑みにいつの間にか詰め寄っていたフランシスが角材を振り上げ襲いかかった。

ーーーが。


メシャリッという音と共に、頭に触れる前に角材が消え去っていく。

「ふふ、いきなり襲って来るとか酷いですね?

 酷いから、私も酷いことしちゃいますね。

 ーーーシスターフランシス。」

「ーーーあんたーー。」

フランシスが目を見開いて魔女を見る。


「ーーーえっ?」

マリエルの足が空に浮かんだ。

「マリエル!」

フランシスが手を伸ばす。

が、見えない何かに阻まれて、マリエルに手が届かない。

「やだ、やだやだ、助けて、助けてシスターフランシス!」

「ーーーっ…ぁガァああああアッ!!」

叫びながら近くにあった椅子をフランシスが叩きつけるーーが、掴んでいた椅子の足の方から折れる。


「無駄ですよ?さぁ、一緒にーー」

「クラウディア!」

仮面のにやけた口がピタリと止まった。

「ーーーえ?」

マリエルが泣くのを止めて魔女の方を見た。

「気づいちゃいましたか、それじゃぁもうコレは要りませんね。」


カラン、とホッケーマスクが音を立てて捨てられる。

そして、被っていた血みどろのケープを投げ捨てた。

土煙と夜闇に輝く青い瞳と金の髪。

その奥から出てきた顔は間違いなく、ウサギが逃げ込んだと証言していたクラウディアだった。

苦虫を潰したような顔でフランシスがクラウディアの方を見た。

「なんで分かったんですか?」

「最初は半信半疑だったよ、だけどね声とーー私のことをシスターフランシスって呼んだだろ?」

「…ああ、そういえばそうですね。盲点でした。」

そう言いながら、口元がにやけていく

「クラウディア、今すぐ止めるんだよ。」

「嫌です、どうして止めなければならないんですか?」


マリエルの方から骨の軋む音が聞こえる。

「あっ、えっ、クラウ、ディア?」

マリエルが理解出来ないと言った顔でクラウディアと呼ばれている魔女を見る。

「人を殺そうとしているんだよ!?あんたの所為で既に今夜だけでも2人死んでる!人殺しは悪い事、なんて子供でも知ってるよ!」

「そうですか?」

「え、あっ、痛い、痛い。止めて?ねぇ」

ミシリ、ミシリと音が立つ。

へたりこんでいたマリエルが両手を上げて何かを抑えようとする。


「クラウディア。

 あんたは優しい子だったじゃないか!

 率先して嫌な事でもやるし、何かにつけて私の手伝いもしてくれたーー」

「そう、そうよ、私とアリエラと貴方はーー」


ボキンッ。

プシッ。


「あっーー。」

その小さな声の後すぐに狭い部屋の中で絶叫が木霊した。

肘から折れた骨が見え、血液が膝の上に垂れる。


「クラウディア!」

フランシスの平手が飛ぶ。

頰を張る音が響いた。

頬を抑えながら、魔女が笑う。

「ふふ、シスターフランシス。

 ごめんなさい、これが私の本性、本質なんです。

 貴方を騙せていたのなら完璧だったと思います。

 私はあの場所での私自身に反吐が出そうでしたよ。」

そう言いながら青い瞳が嬉しそうに踊り、フランシスを見つめるとーー。


ーー骨の折れる音と、肉の潰れる音と、血が出る音、そして2本目の腕が折れたマリエルの声がカルテットを奏でた。

「ーーーグギッァーー!」

歯を食いしばり、フランシスが魔女を睨みつける。

「ずっと我慢していたんです。

 隠れ蓑にするために4年間も、ようやく動き出せたと思ったらこんなに早くバレたのは予想外でしたけど、今から虐殺する方向にシフトすれば問題ないでしょう。」

そう言いながら、腕の潰れたフランシスの顔をか細い指で魔女が撫でる。

「ーーっ、あっ、あんたはーー」

そう言いながら、フランシスが魔女を見上げる。

その時、フランシスの背中に肩幅から背筋を通り、腰を通って何か気味の悪い物が落ちる感覚が襲った。


「ーーーあんたは、誰だい…?」

上を向いた三日月の様に歪む目蓋の奥で、深淵の底より尚暗い色なのに、爛々と輝く青の瞳。

其処にはフランシスの見知ったクラウディアの面影は既に一切なかった。


「私?私はクラウディアですよ?

 貴方の好きな、おっちょこちょいで馬鹿みたいな小娘のクラウディア。

 優越感に浸ることのできる、守ってあげたくなるクラウディアーー。」


「よくーー」

骨が折れ、肉を突き破る音、叫び声。

「できてーーー」

数十本の骨が断続的に折れる音、ゴポゴポゴポと息もできず、口から血液と胃液が逆流して来る音。

「ーーーーいたでしょう?」

1人の人間の圧縮が完了して、地面にマリエルが落ちるバシャッという音。

フランシスの背後に、マリエルだったものが飛び散った。

ーーその音を聞いて、フランシスは吐いた。


「うわっ、汚いですね…まぁ気持ちはわかりますけど。」

心底、嫌そうな顔で魔女が地面にへたり込んだフランシスを見下ろす。

「さて、さようならというのも変ですね。

 私は貴方に特別親愛の情を抱いていたわけでもないので。

 そうですね、あえて言うのならーー」

そう言いながら、微笑う。

クレバスの様に裂けたと表現したくなる笑顔で。

「有難う御座いました。蜚蠊よりも尚、醜悪な人間を潰すための隠れ蓑にしてくださって。

 お礼に特別、長い時間をかけて一部分ずつ、ゆーっくり潰して差し上げますね。」


「ーーーぁ。」


避けられぬ死を前にした時、底無しの悪意に晒された時、人はどうなるのか。


『諦観、狂乱、叫喚、無駄とわかりつつも逃走、命乞い』そう答えた者がいた。

ーーーだが、そのどれにも当てはまらない、答えがある。

彼女は、フランシスは『退行』した。


「ーーーママ、おててが痛いの。」

魔女の目が見開かれる。

「は」

「…ママ?ばんそうこうちょうだい?」

ーー高い魔女の笑い声が辺りに響いた。


「何がおもしろいの?ママ?」

「あー、ふふ、これがアレ?幼児退行ってやつ?イカれちゃったか。」

ある意味、狂乱と言って間違いでは無いのかもしれない。

巨躯で筋骨隆々の女性がこのような姿を見せているのは。


ーーーフランシスの巨体がゆっくりと持ち上がる。

「ママ?」

その状態で、魔女がフランシスに透明の壁の外から笑いかけた。

「心底面白いですよ?あれだけ厳格だったシスターフランシスがこんな醜態を晒しているのは。

 面白くて、面白くてーー手先が狂ったらごめんなさい。」

キョトンとした顔をしているフランシスを横目に魔女が含み笑いながら指を弾いた。


まず、右足の指先が潰れた。

「ママ!」

足首までが潰れ、含み笑いが失笑に変わる。

「いい子に!いい子にするから!」

太腿までが潰れ、嘲笑する。

「痛い!痛い!痛い!痛い!」

そして、股関節まで3cm刻みで潰されていったところでピタリと笑い声が止まった。


「ーーー飽きました。」

「ぇ」

と、フランシスが言ったのか、それともそれは喉から漏れた空気の音だったのか。

一瞬で体が肉塊に変わり、地面に撒き散らされた。

臓物と血と脂肪と骨が滅茶苦茶に混じったフランシスの体と、頭まで潰されてしまったマリエルだったものは、床の上で混ざり合いどちらがどちらか分からなくなる。

そしてグルンと目玉が上を向いたフランシスの頭が少し遅れてその臓物溜まりの中に沈んでいく。


「幾ら無様でも元のまま泣き叫んで、苦しんでくれないと、意味がない。

 私の復讐を果たさせて貰わないと、帳尻が合いません。」

心底つまらなさそうに、魔女が臓物溜まりに浸かったフランシスの頭を拾い上げた。

「分かります、シスターフランシス?」

焦点の合わなくなった目を指で弄り、無理矢理正面を向かせる。


「人の話はちゃんと目を見て、聞いてください。」

「ああ分かっ、て、る、よ、ク、ラ、ウ、デ、ィ、ア」

「ならいいんです」

「で、あ、のおとこ、は、ど、うする、ん、だ、い?」

「ふふ、向かっている先は分かっています。」

そう指でフランシスの口を動かし1人で掛け合いながら魔女は地図を取り出した。

それは、フランシスにシス警部が襲われた時に落とした地図だった。


「この中央にある、大きな建物。化学工場らしいですよ。

 シスターフランシスの頭を持っていったらどんな反応をするのか楽しみです。」

「ああ、そ、う、だ、ね、ク、ラーー…面倒なんで止めましょう。

 …頭だけだと面倒だから、次は腕と足だけ潰して芋虫みたいにして遊んでみましょうか…次の相手はそれで決定ですね。」


ふぅ、と魔女がため息をつく。

「それにしても思ったより重いですね、この頭。

 後で自分が楽しむためには必要経費なんですけど、本当に融通の効かない能力で辟易しちゃいます。」

そんな魔女の目の端にチラリと映ったのは、以前この場所に住んでいた住人が飼っていたであろう子供用の玩具だった。



ーーそれを見た魔女の顔が醜悪に歪んだのは言うまでもない。

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