魔女の願望編 9
無線もなし、赤と白、と言うことは。
想定外の敵との会敵若しくは何かしらの理由で戦闘不可能。
...不甲斐ない、というのは簡単だけれど。
既にデニスも指を失っているーー。
「甘く見てた、か。」
想定外ということは、別の敵か邪魔が入ったか。
「さて」
隊長の指示通りに考えるのであれば部下を見捨ててもう一方の方に行く。
一瞬逡巡したが2人を信じて、走り出す。
彼らもアレで一流だ、性格までは変わらなかったがそれは私も変わらない。
今も私は命のやり取りに興奮する。
大地を蹴って崩落音が聞こえていた場所まで40秒。
全部で4人の修道女、手前に1人、奥に3人。
狙うのは当然手前だ。
顔は見えないが怯えた2人と守る様に立っているやけにデカイ1人。
そして、それを見ている背中を見せる1人。
先ほど聞こえた狙撃の一撃で抉れた胸の部分の肉が蠢いている、これは昨日見たのと同じだ。
ーー足音に気づいたのか此方を振り向く。
ホッケーマスクが見える、顔を隠しているのか。
振り向き切る前に足を狙って二発。
乾いた音が鳴り響く。
それと同時に拾っておいた瓦礫を投げつつ、崩れ落ちるのを見ながら家屋の影に入る。
女の舌打ちとコンクリートが破砕される音。
M18(発煙手榴弾)のピンを抜く。
一息置いて陰から投げる、3個。
『圧縮の魔女は見た物をーーー』
頭の中で聞こえて来る今朝の声。
五月蝿い、今は邪魔だ。
咳き込む音、慌てる声が奥から聞こえる。
白のスモークが無風の狭い路地に蔓延する。
今日は霧がやけに濃いーースモークも合わされば姿を視認するのは困難になるだろう。
相手も、此方も、ではあるが。
殺し切るのは無理だとしても、時間は稼いであの3人は逃す。
エンリケからの最後の無線の時に聞いていた迷い込んだ3名。
恐らく、シスはあの3人を助ける行動を取るだろうと想定はしていた。
そして、その為に笛を吹いたのだろう。
ーー余計な手間だし、自身の命を危険に晒しているのも分かっているだろうに。
余計な正義だ。
五月蝿い、黙れ、足音だ。
背負っていたベネリ(イタリア製散弾銃)を路地の入り口に向かって構える。
ーー建物の陰から1人飛び出してくる。
スモークでしっかりは見えないが身長を鑑みるに恐らくこれは魔女。
頭の方を狙って一発、金属にぶつかったかの様な嫌な音。
気にせずそのまま胴を狙ってもう一発。
体が吹き飛び煙の中に消えていく。
ーー殺せないのが分かっていたから持ってきたゴム弾が功を称した。
念押しに倒れている方向に向かってもう一射ブチ込み、建物の陰から飛び出しながらF1(手榴弾)を投げる。
背後から炸裂音、ガタイのいい修道女の肩を叩き小さく声をかける。
「逃す、ついて来い。」
3人の手を引いて逃げることはできない。
こいつには走ってついて来てもらう。
頷いたのを確認して、残った2人の手を引いて走る。
目指すは下水道の入り口だ。
スモークを抜け、スモークの中にもう2つF1を投げ込む。
2人の修道女が悲鳴をあげる。
だが、気にしている暇はない。
曲がる直前、スモークの中に確かに見えた。
幽鬼の様に立ち上がる影が。
アレがどれくらいのスピードで走れるかは分からないがーー。
「は?」
思わず声が出た。
目の前に、ホッケーマスクの修道女。
手を離してホルスターから銃をーー。
グシャリ。
ーーーーッッッ
「ーーギィッ…ンッ…!」
痛みで目の前がチカチカする。
一瞬で右腕が潰された。
「あー、本当に…。」
すり込んだ行動でスペツナズ(ソ連製の刀身発射可能なナイフ)を残っていた左腕で射出。
目の前のホッケーマスクの胸に刃が突き立つ。
「ーー無駄、なんですよねぇ。」
その声と共に私の左腕が潰れて無くなった。
関係あるか。
「逃げろ!」
そう叫んで、蹴りを繰り出す。
狙いは胸に刺さった刀身、仮に当たらなくとも逃げ出す時間くらいはーー。
「えっ?えっ?何、何これ?シスターフランシス、マリエルーー。」
蹴った時の確かな手応えと吹き飛び壁に衝突する姿、そして背後からの声。
「アリエラ!?」
「やだ、やだやだやだ」
後ろを見ると、体を折り曲げて少し空中に浮いている手を引いていた茶髪の修道女。
ーー生木が折れる様な音が響いた。
絶叫。
「その子のことは諦めて!早く逃げろ!」
ーーだが、2人共動かない。
否、動けないのだろう。
『死ーーー避けられぬ死を目の前にした時に人はどのような行動を取るのか、知っておるか?』
昨日の魔女の質問が頭の中に思い出される。
だが、この状況は、そんなレベルじゃない。
私自身も一瞬思考が止まった。
ーーこの2人は一般人。
だからこそ、この訳の分からない状況に動ける筈が無い。
連れ出すための腕は失った、もう私に残っているのは肘から先と2本の足だけだ。
ミシリ、ミシリと浮いている修道女の骨が軋む音が響いていく。
心なしかもう、これ以上人体構造的に曲がれないところまで体が曲がっている様に見える。
「だす、だすげて、シズターフラ“ーー」
ベキベキベキッと、一斉に骨が折れる音。
大きく息を吸う声。
一瞬の叫喚、盛大に骨が折れる音、目を白くひん剥きながら、溢れ出す血涙、ゴポゴポと云う血の泡を吐く音。
最後には、体の中に頭が埋まり、目の前の少女がゆっくりと立方体の肉塊に変わる。
そして、突然重力を思い出したかのようにーー。
べちゃり、と音を立てて肉塊が地面に落ちた。
不意に、足首から先に激痛が奔る。
そのまま私も膝から崩れた。
ーーー異常な状況に失念していた。
「1分コース、楽しんでくれましたか?」
背後、耳元から声が聞こえる。
頭に衝撃、眼鏡がーー。
「次は誰がいいですか?誰も逃しませんけど。」
ーーそうか、私はココで死ぬのか。
思い返せばーー。
「ーーーろくな人生じゃなかった。」
「は?誰も貴方の話なんて聞きたいと思ってませんよ?」
イラついている声が聞こえる。
一瞬浮かんだ走馬灯、隊長に見染められるまでの糞の様な人生と、見染められた後の人を殺し続けて勲章を貰った手を血に染め続けた人生。
ーーーここ数年だけは、馬鹿な話と喧騒に巻き込まれて多少幸せだったのかも知れないが。
「おい、最後にもう一回言うぞ。逃げろ。」
その最後に自分の命で人を助けられるかもしれない。
最後の最後に良い仕事をもらえたものだ。
まぁ、少しはアイツらも怪我するかもしれないが、こいつが真上にいるのなら、少しはマシだろう。
「ーーそんなに先に死にたいなら、殺してあげますね、3分コースで。」
さようなら、くだらなかった人生。
「くたばんのはテメェだよ、バケモン。」
そう言った彼女は、笑いながら奥歯に力を込めた。





